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百年の孤独を読み終わった夜

・えっと…………とりあえず…………
新生児を!ひとりで放置!するな!!!!!
そりゃ滅びるわ!!!!!


・「百年の孤独」のタイトル回収……… 

百年目にして、ついに「愛によって生を授かった赤子」が誕生した…ということは、今までのアレもコレもすべて愛じゃあなかった……ってコト……?!
え、ちょっと待って…!

 ウルスラとホセ・アルカディオも?
(愛よりもプルデンシオへの罪悪感で結ばれていたということ……?)
 アルカディオとサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダも……?
(憎んでいると思っていた相手を愛していたんじゃないのか、アルカディオ?……あ、憎んでいたのはブエンディア家の皆だけで、嫁のことは憎んですらいなかったということか……?)
 アウレリャノ・セグンドとフェルナンダ・デル=カルピオは……(ここは、まあ、愛ではないのわかる……)
 メメとマウリシオ・バビロニアも違うんか?そうか。あれは反抗と欲望なのか……う…、それはそうかも…「春にして君を離れ」の次女みたいな話だな……

 百年目にしてやっと生まれた「愛によって生を授かった赤子」をあっさり放置して蟻にむさぼらせるアウレリャノ・バビロニアよ!!!

なぜ???なぜ新生児を放置する?????

 もうダメ。ほんとダメ。そら滅びるわ。秒で滅びるわこんな一族。よく百年も保ったわ。
 いや、これを百年保たせたのはウルスラとウルスラ的な力で、もしそれが生きていれば豚のしっぽのアウレリャノも生き延びたかもしれない……ウルスラは偉大だから……

・思うんだけど、アマランタ・ウルスラの一番天才なところは、アウレリャノもアルカディオもレメディオスも子供に名付ける気がなかったところじゃない…?


アルカディオもアウレリャノもあまりにも何回も出てくるので、転生しては人生をリトライしている錯覚に陥ってしまった……違うんはわかってるんやけどね。まあこの物語はね、繰り返しの物語ですからね…

・ウルスラ(初代)が「アウレリャノを名乗るものは、内向的で頭が良く……」の発見をするところも非常にメタかった。あそこ興奮したな…。作者の手の内を読んで運命の手をすり抜けようとする女、賢すぎる……!

・でもそんなウルスラも、最終的には白蟻と赤蟻と紙魚と雑草に負けちゃうんだよなあ〜〜〜
……くそ……!!


 途中から、屋敷を荒廃させブエンディア一族を絶やそうとする作者 VS そうはさせないウルスラとの戦いを見守るような気持ちで読んでいた。
だってウルスラじゃん?すべての崩壊を食い止めていたのは…。偉大なる母にしてこの物語が結末にたどり着くための最大の障壁、いわば彼女がラスボスなんよ…。なぜならウルスラの加護を失ってやっとブエンディア家は滅びることができたと思うので。ブエンディア一族を滅ぼすには、ウルスラとウルスラ的なものを打ち負かすことが必要だったと…
あ〜〜〜〜〜〜

・ウルスラに勝って欲しかったな〜〜!!!

・あと、大佐にも勝ってほしかった。
しかしこの本はおとぎ話ではないので、大佐が勝つことはない。だからこの物語は読者の胸に迫る事ができるのだとも思う…。三千人の死体の山みたいに、現実の残酷さを容赦なく描くし、そこに手心は加えないから…たぶんそれは実際の死者のためにも、なかったことにしないためにも……

・ウルスラは負けるし、大佐も負ける。
大佐に手紙は来ないし、バナナ列車は三千人の死者で満員で、しかもそれすら「なかった」ことにされる。ブエンディア家もマコンドも滅びる。マジックリアリズムでさんざん不思議なことに慣れた読者は、しかし一ミリも動かすことのできない現実の冷たさと厳しさに打ちのめされる。



 たとえ空いっぱいの黄色い花が雨のように降りそそいだとしても、大佐に手紙は来ないんだ。
これは、敗北して滅び去るものたちの物語。
 …………だからこんなに胸に迫るんじゃない?

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