田舎のショタに脳を破壊されるRPG――DLC前編『碧の仮面』感想【ポケモンSV】
『ポケットモンスタースカーレット』DLC『ゼロの秘宝』前編にあたる『碧の仮面』をプレイしました。林間学校で訪れたキタカミ地方、そこで待ち受けていたのは、よそ者を嫌う姉ゼイユ、そんな彼女にいつも振り回されている人見知りの弟スグリ。相棒のポケモンたちと共に彼らとのバトルを制した私は、無事におもしれー女認定され、ゼイユからスグリを託されることになった。
最初は後ろから離れて付いて来るだけだったスグリだが、二人で林間学校の課外活動に取り組むうちに、少しずつ心を開くようになる。いつまでも姉に任せきりじゃいけない、一人前になりたい。そんな凛々しい思いを胸に、私のことを「憧れ」の相手として、そして対等な「友達」として認識し、絆を深めていく。
あたしもスグリくんと一緒に住みたいなあ~……な、なーんちゃって(笑)
本気にしてくれるじゃん❗❓
(えっ、ちょっ、近っ……/// ってかこれ、ご実家へのご挨拶ってことだよね!? も、もしかして、スグリくん、あたしのこと……)
お姉さん公認❗❓
こんなん林間学校で現地の純朴なショタとひと夏の恋に溺れる乙女ゲーやん……DLCはエリアゼロやパラドックスポケモン関連の謎の掘り下げが中心になるかと思っていたので、まさかこんなにも私の性癖にこうかばつぐんのストーリーになるとは。まさに寝耳にハイドロポンプ。Oh! スグくんコライドンの背中から振り落とされないようにあたしの身体をHolding……カワイイカワイイね……😊と妄想に耽けりながら、キタカミ地方の冒険を楽しんでいました。のどかな田園風景にヤンヤンマとかヘイガ二みたいないかにもなポケモンが溶け込んでるの、めちゃくちゃ良いよね……
しかし、いつまでも鼻の下を伸ばしてばかりではいられない。今の私は、田舎に遊びに来た都会の優しいお姉ちゃんだ(中身は成人男性だけど)。この思い出が心の片隅に残り、あなたが優しくなれる理由のひとつになれるのなら。いつか訪れるであろうお別れに切なさを感じながらも、だからこそ、今この瞬間を目いっぱい楽しもう。そう決意した。
今夜からキタカミ地方の名物、オモテ祭りが催される。甚平をお借りして、髪を結ってもらう。うん、準備は万端。素敵な夜にしよう。風にそよぐ草木の音。眼下に広がる河原を見渡せば、イルミーゼとバルビートの仄かな光が飛び交っている。そんな涼しげな風情を道中の上り坂で味わいながら、お祭り会場に向かった。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。それがこれから始まる冒険の序章に過ぎなかったことを――
(※以下、『碧の仮面』の重大なネタバレを含みます。未プレイの方はご注意ください)
そう、これは罠だった。『碧の仮面』は、純朴な少年がBSS(僕が先に好きだったのに)に始まり、闇落ちするまでの過程を描いた物語なのである。
平穏ながらもどこか閉塞的な田園風景での冒険から一転、背筋から冷たい汗が滲み出るような、さながら怪談のごとき急転直下の展開。救済措置はない。プレイヤーは不安で宙吊りのまま、真っ黒な画面で小さく表示される「後編に続く」の文字を見届けることになる。ショタとイチャイチャできる乙女ゲーなどとおめでたい勘違いをしていたプレイヤーほど、この落差が深まる仕様になっている。
😇😇😇
………………
どうなってんだポケモンさんよお❗❓❗❓
未だに頭が混乱してますね……あらすじを振り返りつつ、私のなりの解釈を交えて感想をまとめてみます。何かしら参考になれば幸いです。まずはキタカミ地方に伝わる「鬼」の伝承について。
今は昔。キタカミの里は、オーガポンという鬼のポケモンに襲われた。そこで命を賭して追い払ってくれたのがイイネイヌ様、マシマシラ様、キチキギス様の三匹。里の住民たちは感謝の意を込めて、三匹の亡骸を弔うために像を立てた。その三匹のポケモンたちは、今でも住民たちから「ともっこさま」と呼ばれて信仰されている。しかし――
新ポケが発表された時、「なんか桃太郎の雉・猿・犬っぽいよね」「にしては悪そうな見た目だな」「これ本当は鬼が良い側で、桃太郎側が悪いやつっていう逆転の構図なんじゃない?🤔」というストーリー事前予想を見かけたことがありましたが、まさにその通りでしたね。ゼイユとスグルの実家であるお面職人の家系には、村とは全く異なる鬼の伝承が代々語り継がれていました。
今は昔。キタカミの里に、異国からひとりの男と、その相棒であるオーガポンが訪れた。当時の里の住民にとって、異国の人間というのは見た目が異なる、非日常的な恐ろしい存在であった。ゆえにその来訪客を里から遠ざけた。男とオーガポンは裏山でひっそりと過ごすことになった。
不憫に思ったお面職人は、その来訪客とポケモンのために、宝石をあしらったお面を贈呈した。誰もが見とれるほどの美しいお面だ。お祭りの時だけ、そのお面をかぶって素顔を隠すことで、男とオーガポンは住民たちと交流することができた。
しかし、そのお面を我が物にせんとする欲深いポケモンたちがいた。それがあのイイネイヌ、マシマシラ、キチキギスの三匹だったのである。男は三匹に襲われて行方不明に。お面を3つ奪われてしまった。残ったのは碧のお面だけ。
返せ、返せ、あの人のお面を返せ――オーガポンはたったひとりで三匹を相手に戦った。数的不利はもちろんだが、こちらが草タイプであるのに対して、あちらは全員毒タイプ。タイプ相性でも圧倒的に不利である。それでも立ち向かった。そこにはどれほどの悲壮な覚悟があっただろう。結局、お面を取り戻すことはできなかった。
お面職人は住民たちに真実を伝えた。しかし、誰も信じようとしなかった。なんせその男もポケモンも、住民たちが追い払ったのだから、「あのポケモンは悪鬼だったのだ」と合理化したがるのが人の性というものだろう。以来、オーガポンは今でも悪鬼として地元住民に語り継がれており、ひとりで山奥をさまよっている。男と祭りで過ごした時の楽しい思い出がそうさせるのだろうか、今でも碧のお面をかぶって、オモテ祭り会場の片隅に時々現れているようだ。
時として、歴史は「何が語られているか」ではなく「何が語られていないか」が重要である。私たちが所属している文化的集団において暗黙知やアイデンティティになっているものは、進化の果てに辿り着いたものではなく、分化の可能性を切り捨てた結果辿り着いた袋小路であったりする。当時と今とでは異国の人間に対する心構えが違う、だから決して一方的に責めることはできないが……キタカミ地方の鬼の伝承はまさに、先人達が己の罪を決して知るまい・語るまいとする勤勉の結果として生まれた歴史であった。
本当に恐ろしいのは「鬼」ではない、鬼を生み出した「人」だ――それこそ現実においても、桃太郎の伝説が、戦時期にプロパガンダのアニメーション映画として換骨奪胎されたように。何を正義とするか、何を悪として排斥するか、その善悪の基準こそが「鬼」という記号にあてがわれるのである……いやもうすごいな。スティーブン・キングの小説とか、『Skyrim』『ウィッチャー3』のサブクエストとかにありそうなお話だ。
そして現在。裏山をさまよっていたオーガポンは、奇しくもあの男と同じよそ者としてキタカミ地方を訪れた主人公に出会う。主人公、ゼイユ、スグリは力を合わせる。復活したあの3匹からお面を取り戻し、住民たちに伝承の真実を教え諭した。かくして、オーガポンは平和を取り戻し、主人公に懐いて共に旅をすることになった。何だかアニポケみたいなストーリーですね。めでたし、めでたし――
とはいかなかった。BSS(僕が先に好きだったのに)を先に挙げましたがまさにそれで。スグリは真実を知る前から、人間にいじめられてもへっちゃらな鬼さま(オーガポン)のことが大好きで、小さい頃から憧れていた。一人前になって鬼さまと友達になりたいと語っていた。自分の弱さにずっとコンプレックスを抱いていたのだろう。その穴を埋め続けていたのがオーガポンの伝承だった。
ところが、実際にオーガポンに出会ったのは、ぽっと出のよそ者である主人公。しかも(スグリが伝承の真実を知ったらショックを受けるだろうからというちゃんとした理由はあったのだが)おれに黙って、鬼さまと仲良くしている。あの時の鬼さまと同じようにおれものけ者にされている。そんなの見過ごせるはずがない。仮面に覆われた本性を剥き出しにする――
違うよぉ❗❗❗❗
違うんだってぇ❗❗😭
諭そうとしても無駄だろう。岡目八目という言葉があるように、当事者視点では冷静な判断ができないもの。ましてや、この年頃の男の子だ。自分の感情をコントロールすることにはまだ慣れていないだろう。
大切な鬼さまを奪われた。憧れの存在がすぐ目の前にいることはわかっているのに、何もできない。それはおれが弱いからだ。スグリは主人公とのポケモンバトルに負けたことで自分の弱さをさらに痛感する。スグリのコンプレックスは、目の前でオーガポンを奪われたことで、どこまでもどす黒く染まり、捻じれて歪んでいく。皮肉なことに、伝承の真実に秘められた醜さや憎しみに、彼自身が吞み込まれていくことになった。本当に恐ろしいのは「鬼」ではなく「人」、それを自ら体現するかのように。
そこにさらなる不運が重なる。スグリはオーガポンが住民たちに迫害されないように、伝承の真実を一生懸命説いて回った。オーガポンが平和に暮らせるようになったのはスグリのおかげだ。しかし、繊細で丁寧な仕事ほど見えづらいもの。ましてや種族の壁があれば。スグリはオーガポンの隣にいることができなかった。その結果、
大切なお面を取り戻した時の写真にスグリは映っておらず、
オーガポンが自分を奮起させる時に回想する思い出の中にも、スグリはいなかった。「みんなでお面をとり戻した思い出」の「みんな」とは、私とゼイユのことであり、スグリは含まれていない。その場にいなかったのだから。
もし何かが違っていれば。もしオーガポンに最初に出会ったのがスグリだったら。もし最初からスグリに真実を伝えていれば。オーガポンが懐いてたのはスグリだったのか? 彼はただ運が悪かっただけなのか?――いや、きっと何も変わらなかっただろう。オーガポンが懐くにしては、スグリはポケモントレーナーとしては未熟だし、まっすぐな人間であるとは言えなかった。キタカミ地方の住民だから懐かなかったというのもあるかもしれない。経験、環境、生来の能力。そのどうしようもない現実の前に、彼は立ち尽くすことになった。
こんなセリフもありますが……なんかすごくメタ的なセリフですね。そうなのよ。マジで主人公なのよね。こう言ってはなんですが、確かにポケモンシリーズでは主人公がひょんなことから、事件に巻き込まれては解決し、伝説のポケモンに出会っては仲間にする。しかし、主人公以上に長年の憧れや理想を抱いていた人間の感情はどうなる? 主人公という光があれば、その背後に必ず影が生まれる――スグリという少年は、まさにその象徴と言える。何とはなしに『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を思い出す。前作『ポケットモンスター ソード/シールド』における、ダンデという完全無敵のチャンピオンである兄、その影に潜んで自分が進むべき道に悩んでいた弟ホップ、あの二人の関係がさらに捻じ曲がれば、主人公とスグリの関係になるだろうか。
「主人公」には勝てない。それはわかっていた。スグリは地に伏せて負けの味を噛み締める。目の前にいる相手は「憧れ」であり、「友達」であり、そして今、打倒すべき「仇敵」になった。倒したところで何も変わらない。自分は鬼さまに選ばれなかった。それでも。このアンビバレントな感情を清算するために。部屋でひとりつぶやく。おれは弱い。もっと強くならなきゃいけない。もっと強く強く強く強く――
かくして、田園風景でノスタルジーに浸り、ひと夏の淡いラブストーリーが待っていると思い込んで浮かれていた私は――理想と現実の狭間でもがき苦しむ少年のありったけのぐちゃぐちゃな巨大感情を真正面からぶつけられたことで、無事に脳を破壊されたのであった。
……書いてると余計に胸が苦しくなってきたな。いやだってまさかこんなのが待ってるとは思わないじゃん。さも「本編に残された謎をさらに掘り下げるやで~期待しとってな~❗ 新しいポケモンもぎょうさん出るやで~❗😀」みたいな顔して油断させておいてさ、隠し持っていたドスで急に腹を刺しに来やがったよゲームフリーク。マジで勘弁してくれよ。「後編に続く」じゃねえんだよ。それまでずっと私の脳内では、歯を食いしばりながら、ハイライトが消えた目でこっちを見据えるあの表情がこびりつくんだよ。なんてことをしてくれとんねん。これほんまに子ども向けのゲームか???? まあでも脳を破壊されたのはスグリくんもそうなんだよな、私だけが被害者ぶっちゃいけねえな……
てらす池の謎、3匹が突然復活した理由、色々と考察の余地はありそうですが、私は脳を破壊されてしまったのでこれ以上何も考えることができません。落ち着いたら諸々の考察を見たり、キタカミ図鑑を埋める作業をしたいと思います。最後にこれは蛇足ですが、
色違いポケモンを見つけたらまずはレポートを書きましょう。取り返しがつかないです。つれえよ。なんでストーリー以外でもこんなダメージを受けなきゃいけないんだ……そうか。私が弱いからだ。もっと強くならなきゃ。もっと強く強く強く強く――はっ、いかんいかん、私も呑まれるところだった。
さて、DLC後編『藍の円盤』の配信は今冬。今回の『碧の仮面』で良くも悪くも続きがとても楽しみになりました。エリアゼロに秘められた謎、そして「物語の主人公」とスグリの対立はどこに辿り着くのか。――少なくとも3か月は待たされるのか。しんどいぜ……でもねスグリ、私もオーガポン構築パでマスボ級昇格するまでは頑張るから。そこまで上がって来いよ。今度こそ、お前が持ってるもんを全部真正面から受け止めてやるから。それではまたどこかで。