骨折日記7(最終章)〜愛しいヒギー〜

ヒギーと共に暮らすようになってから気付いた事が、色々ある。
「普通に歩けるって凄い事なんだ」
足が折れていては、家のトイレに赴く事すら一仕事なのである。
インドア派の私だが、インドアでありながらやはり、足は使っていたのだな…

それから、
「今迄生きて来た内で、一番、見ず知らず人に優しくして貰った」
乗り物で、席を譲って下さる方のなんと多かった事か。
電車内、お仕事帰りの、疲れ切った目をしたサラリーマンの方が、わざわざ少し離れた私の所まで来て「座って下さい」と一言。
私は一駅だけの移動だったので、御礼と共に丁重にお断りした。
夜の混み合いまくる時間帯の東西線。一度誰かに席を譲れば、そこから、座れない可能性の方が高いのに。

私が優しくして貰った、と今まで感動していたが、書きながら気付いた。
ヒギーが優しくして貰っていたのだ……。
「ヒギー、お前、ずるいぞ!私より、人に優しくして貰って!この」
『ダッテ、ヒギーダカラ。』
「ぬぬ…」

それから、外をノタノタ歩いていて、目に止まった景色もある。
道路脇の空き地とも言えぬ位の小さなスペースにひしめく、背の高い雑草の群れ。
その群れの中に、毅然として立つ、一本のムクゲの木。胸のすく様な白い花を幾つも咲かせ、夏の風に身を任せて揺れる様子は、それはそれは美しく、胸を打たれた。
「こんな所でも、こんなにも白く咲くんだな」
ヒギー、お前はギブスに守られてノンビリとしているが…少しはムクゲ殿を見習いなさいっ!
『ヒギーノ包帯モ、白イ』
そういうんじゃ無いけど、ま、所詮私の分身の考える事は知れている。

朗読なみさんとの本番。
ギブスを取り外され、テーピングでカチカチに固定されたヒギーは、無事役目を終えた。
その夜、お風呂で少しムクムクしたヒギーを洗い、労った。
「ヒギー。良い子にしてて偉かったぞ」

最近、ヒギーはよく眠るようになった。
ヒギーの足に体重をかけても、飛び上がる程の痛みは感じられない。
色はまだ紫だし、やはりギブスを長時間取ったままだと痛みは出る。
それでも、折れた直後2.3日の地獄とは比べ物にならない。

「ヒギー。お前が居なくなっても、忘れないよ。一緒に頑張ったもんね。でも、居なくなった後で、また会いたいか、て言われたら、まあ、会いたくない。ごめん」
『謝ルナ。オレモ会イタクナイ』
ヒギーは少し痩我慢をしている様でもあるが。そんなヒギーが可愛いのだ。

「ヒギー、いつか、ヒギーの事を、朗読劇にするよ。友達がね、ヒギー物語、聞きたいって。リクエスト貰ったんだよ!良かったね」
『トモダチ…リクエスト、沢山キタ?』
「…一人です」
『……』

あと少しの間であるが、
私は、ヒギーと呑気に暮らして行く構えである。

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