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30.「海の最高神官に」

 一行のところに…「平然と」戻ったタルトとリキュアの淡々とした報告を聞いて、仰天したのはクレイたちの方だった。大体絶対に逃げられないと噂の地下の奴隷調教所に挑んで、スレイブマスター・ジークと仲間になって、堂々と外に出てきたというだけで十分驚くべきことだった。元々剣闘士奴隷だったクレイなどは、もう全身から冷や汗がでそうになるほどである。
 一番最初にこの…ほとんど恐慌状態というべき状態から脱出したのはナギだった。
 
「それじゃ…タルト、君を助けてくれた…ジークの体に宿っている魔法使いは…スカールって名乗ったのか?」
「ああ。そうだけど…」
 
 ナギはかなり困惑したようにタルトの方を見た。既にご説明したように、伝説では「スカール」という魔道士はサクロニアを混沌の神々の攻撃から守り、人々を脱出させたエピックヒーロー、ダン・スタージェムの宿敵である。大脱出の伝説はサクロニア人であるナギは他のメンバーよりずっと知っている。だからスカールという名がタルトの口から飛び出したときには、さすがにびっくりしてしまったのである。
 しかし、たしかに…この伝説となるほどの調教所からでもスカールの力なら脱出することが可能だろう。今更ながらスカールという魔道士の強大さと、そのスカールを呼び寄せたジークの…「思い」の強さをナギは肌で感じざるをえなかったのである。

*     *     *

 一行はそうそうにマヌエルの都を退去することにした。そもそも…この街に長居したいと思っているものは誰もいなかったし、それにスカール/ジークが指摘したように、彼らの行動に気がついた魔神ゾアがもうすぐ活動を開始するだろうからである。「脱出不可能な」地下調教所を破られたということで、メンツにかけてゾアは彼らを襲ってくるだろう。
 一行は街から立ち去ると、ヴィドの飛空船で一目散に飛び去った。目的地というものは全く無い。それよりもとにかくこの街から遠ざかることが最優先なのである。
 
 しばらく全速力で飛んだ飛空船の中で、ようやく一行は安堵のため息を吐いた。
 
「ふう…ヴィドさん。今、どこに向かっているんだ?」
「えっとですねぇ…帝都ですね。」
「ええっ?帝都??それじゃ…出発地かぁ…」
 
 何でもいいから脱出…ということで飛び出した彼らである。宛てなんかまるで考えていなかったのは当然である。となると…船を預かるヴィドとしては、一番道が良く分かっている帝都へ向けて飛び出すのは当たり前である。しかし…これはこれで、まるで「振り出しに戻る」という感じで、あまり面白いものではない。
 
「…なんとかジークを追うことはできないかな?」
「無理ですねぇ。第一ジークはどこに向かっていったのか判らないのですよ。」
 
 ヴィドはにべなくクレイの希望を退ける。まあ、テレポートで逃げてしまったジーク/スカールをあても無く探すというのもナンセンスな話である。
 
「あいつら、皇帝シザリオンの時代に行くって言っていたんだろ?どういうことなんだろう…」
 
 もちろん…スカールが消え去る前に言った言葉をタルト達は黙っていたわけではない。「皇帝シザリオンの時代に行く」というキーワードである。それを探し出せばジークもいるということになるのだが …
 確かに、上方世界においては時間の流れが不確実である。過去と現在が入り交じっているのだ。だからこそ…適切な場所に行き、適切な儀式を行えば(下手をすると儀式すら抜きの全くの偶然で)過去の世界に行くことが出来る。ナギだって一度過去に行ったことがあるのである。
 
「じゃあ、僕達も追いかけることは出来るんですね?」
「うん…まあ、そうなんだけどなあ…」
 
 何も知らないレムスが真剣な目をして言うと、タルトはかなり困惑したような表情を浮かべた。実際のところ手段はまだはっきりしていないし、ましてや「どこからゆけばいいのか」ということも判らない。それに一番の問題は…目的地がよりによって「シザリオン皇帝」の時代であることだった。

*     *     *

 「背教者シザリオン」ともよばれる帝国第47代皇帝シザリオンは帝国最後の皇帝だった。帝国を守る神将の一人だった彼は、第46代の皇帝イサリオスに反旗を翻し… 内戦のすえ帝位に就いた皇帝である。
 イサリオス皇帝は後に「魔道皇帝」と呼ばれるほど魔道に造詣が深かった人物である。彼の強大な魔力は、帝国に勝利と…そして無限ともいえる富をもたらした。
 ただ…問題はその魔力は、今から考えると異様としか言いようが無いものだったのである
 
 イサリオス皇帝のもたらした魔力というのは…あまり詳しいことは記録に残っていないのだが…端的に言って「魔道装置」ともいうべきものだったのである。
「考える機械」「生身の義手」「生ける城塞」などという名前だけがのこっているのだが、いずれにせよ現在の帝国には全く痕跡すら残っていない技術だった。あえて名前から想像すると、リキュアやタルト達が長い間住んだイックスの街の魔法技術に似ている。「考える機械」というのは精霊による制御機構だし、「生身の義手」は人工の腕、生ける城塞というのはエレベーターや自動ドアがたくさん入ったビル…そう考えることができる。そう、恐らくはさまざまな高度なマジックアイテム文明が栄えた時代なのだろう。
 しかし、次第に皇帝イサリオスの帝国は、恐るべき色彩を帯びはじめたのである。
 
 次第に人の領域を侵食してくる機械…そう、「考える機械」という禁断の魔法装置が次第に人の精神や肉体すらむしばみはじめたのである。その一番最初の犠牲者が皇帝イサリオスその人だった。彼が宮殿に作り上げた巨大な「考える機械」がいつしか皇帝にすりかわっていたのである。そして…その恐るべき魔手は貴族たち…市民たちにまで及びはじめたのである。人々は次第に…精神を「考える機械」にあやつられるという恐ろしいことになったのである。

*     *     *

 騎士だったシザリオンもその魔手にかかりそうなったのは言うまでもない。宮殿付きのこの神将は、恐るべき儀式…精神を「機械宮殿」に吸い取られ、狂った皇帝の忠実な僕になるという…の直前にすべてを知った。そう…機械宮殿とイサリオス皇帝は…「混沌神」だったのである。混沌の神がいつのまにかこの帝都に潜り込み、皇帝に成り代わっていたのである。
 シザリオンは単身帝都を脱出した。秘密を知るシザリオンにイサリオスは追手を差し向けた。そしてこの時からシザリオンの戦いが始まったのである。
 
 長い苦闘のすえ、遂にシザリオンは皇帝イサリオスと混沌の神を倒し、帝国を正常な姿に戻した。しかしあまりに激しい戦いに、新たに皇帝となったシザリオンも正常な精神のままではいられなかったのである。混沌神と戦うという驚異的な力を得るためには…シザリオン自身も狂気に落ちなければならなかったからだった。そうすることによってのみ…シザリオンは混沌神と戦う力を得ることが出来たのである。
 狂える新皇帝シザリオンは帝都の玉座を得た後、今度は恐ろしいことに帝国女神に対して反旗を翻した。彼が混沌神を倒す力を得たのは、帝国女神の助力があったからこそなのに、である。戦う鬼と化していたシザリオンは…戦う敵がいなければ自らを押さえることができなかった。そして …
 
 皇帝シザリオンは帝国女神が遣わした神将「ジャコビー」によって倒されたのである。ジャコビーは始めシザリオンの皇后となるべく女神が遣わした半神だった。しかし、狂えるシザリオンが女神を襲うという事態に陥って、ジャコビーは自らシザリオンを倒したのだった …
 
 恐るべき「魔道皇帝イサリオス」と「背教者シザリオン」の時代は、それ以来帝国のもっとも恐るべき時代として、再び到来することがないように固く戒められ、何者もその魔道や技術に手を触れることがないように、すべての文献や遺品は封印されたのである。
 
 今から…わずか100年ほど昔のことである。

*     *     *

「ふうむ…なかなか物騒な時代なんだな…」
 
 タルトの説明を聞いたナギはうなるようにそう答えた。ナギのようなサクロニアの人間には初めて聞く帝国の歴史である。うなるのも無理はないかもしれない。
 
「まあ、それはいいんだけど…ジークがこの時代に行くっていうのが…なぁ…」
「ああ。そうだな…」
「とにかく、俺はジークを追跡するというのは…反対する気はないんだよ。だけど、どうやって…上方世界のどこへゆけば、過去に潜り込むことができるのかって問題はぜんぜん解決していないんだよな…」
「…それはそうだなぁ…」

 どうすれば、どこにゆけば過去に戻れるのかさっぱり判らないことにはお手上げなのである。 
 ところが…その時クレイが思い切ったことを言った。
 
「…海の最高神官に聞いて見よう。」
「?えっ!」
「帝都の…海の最高神官なら何か知っているかもしれない。まずはそこから始めてみよう。」
 
 タルトはびっくりした。確か…クレイは帝都の3神官の一人、海の最高神官とは仲が悪いはずだった。大地の最高神官であるクレイとライバルといってもいい。
 しかし…今はそんな事を言っている場合ではないような気がした。ジークはリンクスを連れて目的地に急行しているのだし、恐らく帝国女神神殿を土足で踏みにじったジークのことなら、海の最高神官も協力してくれるはずだろう。それに…不気味な隷属の鎖の死せる最高神官マヌエルの動きも気になる …
 
 クレイがうなずくとタルトはOKというように微笑んだ。合意が成立したのを見てヴィドは安心したように頭を掻くと、そのまま飛空船を一路帝都へと向けたのである。

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