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34.「俺は…おまえに合流する!」

 ナギとジークの果たし合いは…やはりジーク優勢だった。ジークはただ格闘だけを仕込まれた野獣といってもいい男だったのに対して、ナギはいくら格闘がうまいといっても呪術士である。もともとの地力が違った。力を込めると周囲で見ていても息が止まってしまいそうなほどの腕力のジーク相手である。ナギが苦戦するのは当然だった。
 苦戦するナギをクレイは祈るような気持ちで見つめていた。はじめから勝てるとは思っていない。同じ剣闘士だったクレイですら勝てなかったのである。そう …これはナギという青年が、自分というものをどれだけジークにぶつけることが出来るか…というものだった。ジークには肉体でしか、行動でしか気持ちを伝えることはできない…それはクレイの野生の勘がはっきりと知覚していることだった。おそらくナギもそう感じている…だからナギも言葉ではなく拳でジークに想いを伝えようとしているのである。しかし…

*     *     *

 烈はそんなクレイたちを冷ややかな目で見つめていた。烈にとってみれば、そもそもジークにもリンクスにも特別な感情があるわけではない。昔の仲間だからということで救い出すように…クレイ「様」に命令されたから、こうして協力しているのである。それ以上の意味はない。
 ナギがこういう風に、個人的感情で(烈はナギがジークのことに執心していることは認識していた)ジークに挑んで、それをクレイが認可した以上…烈がやることは何もない。いや、内心はパーティーを感情だけで危険に曝すナギを、如何にして除くかというところまで考えはじめていた。それほどまでに、彼らの無計画な思考と行動は、烈にとって目に余るものだった。
 とはいえ、今はそれよりも周囲の状況を良く監視しているしかない。ここは戦場なのである。事態がどう急変するかわかったものではない。
 烈はリンクスの様子をじっと観察した。
 
(全身に傷。見かけは少年…)
 
 少年という外見はあてにはならない。恐らくジークがこの少年の肉体を個人の好みで作り替えてしまっているだろうし(背が低くて、筋肉質で、子供っぽい顔立ちというのはそうとしか思えない)、変装や変身術のことを考えると、外見と能力はほぼ相関関係がない。少なくとも忍びの世界で、外見というものは「そういうイメージを周囲に与えたい」という意味で作るのは当たり前である。
 ただ、一番興味深いのは…全身の傷痕が強い魔法的な意味合いを持っているらしいことである。恐らく体に刻み込まれたルーン呪文だろう。
 烈は一通りリンクスの様子を観察して、それから今度は周囲の状況を見まわすことにした。ところが、その時恐ろしいことに気がついたのである。
 
(…何だ、あれは?!)
 
 烈がふと闇の方を(星の世界なので周囲は闇である)みると、遠くにはなにか動くものが見える。恐らくは普通の人間には見えないだろう。たぐいまれなニンジャの視力だけがそれを捕らえることが出来たのである。とにかくそれはどうも…集団のようである。そう…どこかで見たような …
 烈はその集団を見てはっと気がついた。…あの集団は…さっき立ち去ったはずの…マヌエルたち?
 間違いなかった。マヌエル率いる隷属の鎖の連中は立ち去るふりをして、ジークが来るのを待っていたのである…そして、いよいよ行動を開始したのだ!!
 烈は大声で叫んだ。
 
 「クレイ殿!マヌエルです!」
 「!?まさかっ!!!」
 
 次の瞬間、クレイは周囲に異様な魔法力の高まりが沸き上がるのを感じた。儀式呪文…罠?!!
 
「まずい!ジーク!ナギ!」
 
 マヌエルはさっき押し問答していたときに、手回し良く罠を置いていったに違いない。マヌエルに気を取られていたクレイたちは、周囲の連中が何をしていたかまで注意していなかったのである。クレイは自分の不注意に後悔した。しかしもう手後れである。今出来ることは、手にした「ガイアードの剣」の全力で魔法を防ぐ以外にない。
 ジークとナギはクレイの絶叫に…そして周囲の異変に戦いを止めた。周囲の魔法力は恐ろしい勢いで強くなり、もはや誰にも手をつけられないまでになっている。
 そして…そのエネルギーはほとばしる炎となって実態化した。地獄の業火と化した魔力は、魔法円そのものとなって空間を満たす。
 
「ジークっ!!!」
 
 ナギの目には既にジークの姿は、あまりに真っ赤に強く輝く炎の輝きの中に見えなくなっていた。

*     *     *

 ナギは猛烈な火炎の中…気力だけで立っていた。いつものことといえばそうなのだが、ナギはこう言う「絶体絶命のとき」の根性だけは半端ではない。今までも到底…普通の人ならショックだけで絶命してもおかしくないような事態に、(平然とというわけではないが)気力だけで立っていた。
 しかし、それは五体がバラバラにならない…という条件付きの話である。あまりに猛烈な呪文の破壊力をまともに食らって消し炭になってしまうような事になれば、いかにナギといえども、気力で立つ以前の問題である。
 
 ところが…この破滅的な火炎呪文の攻撃にもかかわらず、ナギは立っていたのである。
 
(いったい…何が…)
 
 そう思いながらもナギの強力な霊的視界は、周囲の状況を正確に把握していた。
かなり遠い距離にマヌエルたちがいる。魔法の罠を仕掛けたのは奴等だった。それはナギにははっきりと判る。しかし、なぜ自分は助かったのか …
 周囲を見回すと、クレイやタルト達も無傷ではないが立っている。目の前にいる敵ジークもリンクスも無事だった。誰かが強力な結界を張っているのだろう。そう、目の前のジーク…いや、スカールかもしれない…その誰かが、マヌエル達の強力な攻撃呪文を食い止めたのだ。
 そして驚いたことに、ジークが張ったその結界はナギも含めて全員を包んでいたのである。
 
「ジークっ!!!」
 
 ナギは驚く以上にジークのこの行動に胸が熱くなった。ジークはようやく理解しはじめてくれている。「仲間」という言葉の意味を!必ず…俺の気持ちを判ってくれるはずだ!同じ戦士としておまえを見捨てておけない俺の気持ちを…
 冷静に考えると、それはナギの自分勝手な思い込みだったろう。しかしそう信じたナギはジークの近くに走った。そしてジークの傍らに並ぶと、驚いたことにこう言ったのである。
 
「ジーク!追手は少ない方がいい!今のうちにマヌエルを始末するぞ!」
「?」
「クレイにも協力させる!戦闘中にあいつを出し抜いて結界を強行突破すればいいだろ?俺は、おまえに合流する!」

*     *     *

 ナギのこの行動をみて、一瞬クレイは我が目を疑った。いや、クレイだけではない。タルトもレムスもナギの言葉を一瞬理解できずにいた。
 当のジークはといえば、じっとあの燃えるような瞳でナギを見つめている。ナギの言葉の意味を理解できない…この男は何をしようとしているのか…それが理解できないことを表情が示している。
 
「俺に合流する?」
 
 ジークはますます意味が判らないような表情をあらわにした。この男はリンクスをジークの手から奪い取ろうとしていたのではなかったのか?だから俺の敵だ。いったい何を言っているのだ?

 実際の話、マヌエルたちが彼らをジークごと焼き殺そうとした以上、彼らはが目の前にいるジークと手を組んで、マヌエルを攻撃するというのはおかしな話ではない。しかし「ナギがジークに合流する」とか、「クレイをだしぬいて門を突破する」となると、ぜんぜん次元が違う話になる。

 クレイも周囲の全員も、いましがた食らった巨大呪文のことを忘れてしまったかのようにその場に凍り付いた。ジークも含めて…凍り付いたのである。
 
 実際のところナギはこの話をジークの耳元でささやいて、パーティーには聞こえないようにするつもりだった。しかしこの戦場でジークに聞こえるように話そうと思えば、よっぽど接近するか(それはさすがにジークは警戒してしまう)大声で怒鳴るかしかない。やむなくナギは後者を選ばざるをえなかったのだが、周囲のみんなは当然それを聞きつけてひっくり返ってしまったわけである。特に出し抜かれる側のクレイはといえば、それこそハトが豆鉄砲を食らったかのように、目を白黒させる。
 一番最初にショックからさめたのはタルトだった。
 
「いくらなんでも無茶だっ!」
 
 タルトはナギの表情を見て叫んだ。ナギの提案…つまり、マヌエルを倒してから「クレイを出し抜いて」扉を突破する…という話は、どう見てもナギの激情が生み出したその場の思い付きだろう。
 
(いくらなんでも、それをしたらクレイ、怒っちまうぜ…)
 
 帝国女神の結界であるこの「大いなる大三角形」…魔道皇帝の時代へと続く時間の扉を、クレイの目の前で突破してしまえば、帝国最高神官である彼は立つ瀬がなくなってしまう。いや、それはそれとしても…万が一にもこの結界の向こうにある「魔道皇帝」の時代で、マヌエルや他の敵が好き勝手なことをしたら、その反動で今の帝国が、そして世界がどういう影響を受けるか判らない。だからこそクレイは帝国に疑問を感じているにも関わらず、戦うことを選んだのである。
 
 とはいえ、ナギの考えはタルトにだって判らないわけではない。ジーク …この狂った勇者は、人の心に飢えているのだ。ただそれだけ…それがジークをここまで狂わせているのである。タルトには理解できた。混沌女神に魂を売った母親であるマリアと相容れぬゆえさすらうタルト…両親の姿を知らぬがゆえに、幼なじみのパラスをたった一人の兄弟とまで思い、命をかけるナギ…
 ジークの瞳と同じ何かをナギは持っているのだ。だからこの暴走はナギの中では正当なのである。

 それに考え方を変えれば、ナギのアイデアというものも捨てたものではない。この騒ぎというのは、元はといえば帝国の過去に潜む秘密を暴き、悪用しようということから起きたのである。そもそもの原因である「帝国の過去…背教者シザリオンと魔道皇帝」の正体をつかまない限り、この事件は解決しない…それはタルトが亡きランドセイバーから教わった貴重な経験だった。
 
(しかし…このやり方じゃ遺恨が残るぜ。パーティー同士の切り合いなんてごめんだぞ)
 
 タルトは、このどうしようもないアプローチ方法では、うまく行くものも行かないと知っていた。

「まさかジークといっしょに駆け落ち、ってわけじゃあるめぇし…」
 
 タルトはそういうと、左手を出して卑猥なしぐさをした。ジークがリンクスを溺愛するあまり、リンクスを自分の欲望の対象にしてしまった…その事実が念頭にあったのは言うまでもない。この手の事は知識だけはあるもののあまり得意な方ではないナギは、タルトのゼスチャーに真っ赤になる。しかし…
 タルトの言葉の裏に隠れた深い憂色に気がついていたのは、リキュアだけだった。

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