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1.「皇帝イサリオスは帰ってきた」

「おいっ、起きろっ」
「クレイさんっ!」

 クレイの頭の中にがんがんと響き渡るように声がする。一人は低い、ドスの聞いた声 … もう一人はまだ若い、幼さが残る青年の声だった。
 クレイはその2つの声が自分の眠りを妨げていることが苦痛だった。甘美な … 死へ彼をいざなうような眠り … このまま永遠に眠ってしまえば、楽になれるだろう。そう … 目を覚ませばまたあの空虚な飢えが彼を待っているのだから …
 だから … 眠らせてくれ …

 しかし、そんなクレイの願いを声の主二人はまったく理解してくれそうになかった。低い声のほうの男はいらいらしたようなうめき声を上げて、行動に移ったからである。
 バシっ!クレイの五感に痛みが走る。まるで顔を殴られたような痛み … いや、そうではない。本当に顔を殴られたのだ。

「もう一度殴るぞ!」

 そう言うや否や、もう一発のパンチがクレイ目掛けて飛んでくる。クレイはとっさに目を覚まし、そのパンチを際どいところでよけた。丸太のような太い腕がクレイの眠っていたところに突き刺さる。

「ひどいな、せっかく気持ち良く眠っていたのに … 」

 クレイはふてくされたように言いながら目を覚ました。目の前には大きな獣のような表情をした金髪の大男と、小柄のこれまたきれいな金髪の青年が彼の顔をのぞき込んでいる。その組み合わせの意外さは、体格の好対象以上にクレイを驚かせた。その二人というのは … ジークと、レムスだったからである。

*    *    *

 クレイは周囲の様子を確認しようと思ったのか、身を起こそうとした。しかしその瞬間全身に激痛が走り、思わず再びベッドに(どうもそこはベッドだったらしい)へたり込む。何とか首だけはまげて、自分の身体のほうを見てみたのだが、たくましいクレイの身体は白い包帯でぐるぐる巻きになっていた。首からしただけ見ればミイラそのものである。
 そんなクレイの様子を見てジークは言った。

「まだ無理だ。相当ひどいダメージだったようだな。」
「 … そうなのか … 」

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 きれいな包帯がきちんと巻かれているところを見ても、どうもジークとレムスは二人でクレイの手当てを相当しっかりやってくれたらしい。確かに体術にかけてはジークはクレイよりも上手であるのだが … こういうことも体術の技のうちなのだろう。
 それよりもクレイがびっくりしたことは、あの犬猿の仲、リンクスを巡っての恋敵(というと当人達は怒るのだろうが)のジークとレムスが、妙に息があっていることである。まあぎゃんぎゃんヒステリックに文句を言うレムス相手でも、聞いているのかいないのか判らない(おそらくクレイの推定では聞こえていても理解していないというのが一番ありえるのだが)ジークならば、かえっていいのかもしれない。まあ、代わりによほどのことが無い限り感謝の言葉とか、そう言ったせりふも出てこないのだろうが … そう言うかざりっけの無いほうがまとまるということもあるのだろう。
 さて、感慨のほうはともかくとして、一体クレイに何があったのかという話をしなければならない。いや、正直な話を言うとジークやレムスが一番知りたいと思っていることもそれなのである。この二人、森の木陰に倒れているクレイを全くの偶然に見つけたのだから …

「で、クレイさん、何があったんだよ。」
「どうしておまえたち、俺を見つけたんだ?」

 クレイはジーク顔負けのとんちんかんな返事をした。クレイに何があったのか知りたいというのに、クレイは「俺はどうしておまえたちの所にいるんだ?」といっているのに等しい返事をされては、レムスも困ってしまう。
 しかし、自分がこういう間抜けな返事をする代表選手であるジークは、クレイの問いに、全く当たり前のように素直に答えた。

「おれたちの隠れ家の前に、倒れていた。」
「隠れ家?」
「帝都の近くの森の洞穴、俺とレムスの根城だ。ヴィドもいる。」
「ヴィドもいるのか!」

 ジークとクレイの会話がスムースにいっているのを見て、ようやくレムスも「先にクレイに状況を理解させたほうがよい」ということを納得したようである。
 ジークとレムスは代わる代わる状況をクレイに説明しはじめた。

*    *    *

 帝都がギルファーの軍勢によって陥落したことまでは既にお話した通りである。ジーク達は危険な帝都にとどまることを避け、さっさと近くの森に隠れ家をもうけてしばらく様子を見ていたのだった。ところが …
 ギルファーの蛮族軍の帝都支配は長くは続かなかった。いや、正確に言うとあっという間に終わりを告げたのである。それも意外過ぎる終わり方で …

 帝都が陥落して半日ほどして帝都を占領してからギルファーは姿を消した。帝都陥落の混乱の中、ギルファーがどこに行ったのか誰も判らなかった。しかし、その後に起きた大変なことを思えば、ギルファーの失踪などどうでもいいことかもしれない。
 ギルファーが姿を消して代わりにやってきたのは、驚いたことに巨大な空飛ぶ… 城塞だったからである。

 「空飛ぶ城」という、飛んでもない話を聞かされて、さすがのクレイも目を丸くした。

「空飛ぶ城?本当か?」
「ああ。ここからでも見える。」
「 … すまない。俺にも見せてくれ。」

 ジークは無言でうなずくと、レムスと二人でそっとクレイを抱えると、洞窟の出口へと運んでいった。外に出るとジークはいきなり空のほうを指差す。クレイは半信半疑でジークの指差した方向を見てみた。
 南のほうの空、太陽のやや下のほうに何か黒い大きな固まりのようなものがある。大きさは … この距離からでは全く判らないのだが雲とは違うのは間違いなさそうである。そして、その巨大な物体の上部にはいくつもの尖塔のようなものが生えているように見えるのである。
 クレイは無言のままその物体を見つめた。確かに、確かにその形には見覚えがある。クレイの遠い記憶の中に、その巨大な物体の記憶があるのだ。

「あれは … 天空城か … ジーク」
「そうだ。間違いない。あれは天空城だ。」
「あんなものを、誰が … 」
「天空城の主だ。」
「 … 」

 またしてもジークは大ボケな答えを返してきた。天空城を持ち出したのが天空城の主であることなど間違いない。「天空城の主が誰なのか」ということが知りたいのである。レムスはあきれたように助け船を出す。

「それが、皇帝陛下なんだよ … 」
「皇帝陛下?」
「うん。帝国皇帝イサリオス陛下。」
「生きていたのか!イサリオス皇帝が!」

 ギルファーとの戦いで消息不明になったはずの皇帝イサリオスが生きていて(それは目出度いことなのだが)天空城を持ってきたと言うのである。クレイは驚き、レムスとジークの顔を交互に見た。レムスもジークもうなずいたが、その表情は真剣そのもので、単純に「皇帝が生きていてよかった」という話ではすんではいないのだということを表していた。
 クレイは二人の表情の意味を聞こうと思ったが、どういう質問の仕方をすればいいのか迷った。迷ったあげくクレイはそのあとの顛末を素直に聞くことにした。

「それなら … その、帝都はどうなったんだ?帝都を占領していた蛮族達は?」
「うん … 」

 レムスとジークは互いにまた顔を見つめ、困惑したような表情をする。クレイはおとなしくレムス達の返事を待った。しばらくしてレムスの口から出てきた言葉はクレイの予想をはるかに上回る異常な答えだった。

「消えちゃったんだ。」
「消えた?」
「うん。」
「まさか?十万人以上の蛮族兵だぞ。それに市民もいたはずだ。じゃあ、市民はどうなったんだ?!」
「 … 」

 口ごもったレムスにかわって、ジークはクレイに静かにいった。

「クレイ。 … 蛮族兵も、市民も一夜のうちに忽然と消えてしまった。帝都の城壁の内側にいたものは、鼠一匹ものこさず … 消えた。」
「!!!」
「皇帝イサリオスは帰ってきた。天空城と、そして何十万人もの人間を一瞬のうちに消し去る魔力を携えて帰ってきたんだ。クレイ。」

 いつに無く雄弁なジークの言葉は、彼の動揺と事の異常さをはっきりと表していた。


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