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56.「『結果』が … 既に決まっているのです」

 レムスはギルファーと呼ばれる英雄の姿を、もう一度改めてつくづく眺めた。巨人というほど背が高いとかそういうことは決してない。大柄のジークを見慣れているレムスにとってはむしろ意外なほど小さいなと思えるほどである。ただ、その漆黒の鎧に身を包んだ姿は何ともいえない強烈な威圧感がある …
 レムスはかたわらで無言のままたたずんでいるジークのほうをちらりと覗いてみた。一番ギルファーに会いたがっていたのはジークである。そのジークがどういう風に感じているのか興味があったし、一種不安でもあった。
 ところが肝心のジークは、彼らがフレイムベラリオスに助けられてからというもの、終始無言のままである。いつもならば … 確かに無口なのだが、少なくともレムスからみれば無言ということはない。言葉にこそ表さないのだが、意外と多彩な表情を見せるのである。「~を食べたい」とか「~に行こう、いいな、レムス」とか … レムスにだけは少なくとも何かの意思表示を見せている。
 ところがさっきからジークは全くの無表情で黙り込んだまま、レムスのほうすら見ようとしない。これはレムスにとっては大変なショックであるし、それ以上に何か異変が起きているということを暗示しているとも思える。
 ただ、現時点では … 目の前に当の目的であるギルファーがいる以上、うちわの問題を云々している暇はなかった。実際にはそれが … レムスにとってはギルファーどころではない厄介な問題になるとは予想も付かなかったのである。

「あの … ギルファーさん、ありがとうご … 」
「さっさと失せろ。小僧ども。」
「 … 」

 明らかにギルファーはレムス達のことをうっとうしがっているようである。まるで彼らのことをゴキブリか何かを見るかのような目で見ているのである。レムスは取り付く島がなく、一瞬黙ってしまうしかない。
 レムスの代わりに口を開いたのはナギだった。

「ギルファー、おれたちはあなたを探してここまできたんだ。」
「誰がそんな口の聞き方を許した?」
「すまない … ギルファー将軍 … 」

 たしかに誰とでも同等の立場としての口の利き方をしてしまう悪い癖があるナギである。ギルファーの憮然とした声を聞いて今更ながらぎょっとしたのは当然だった。まだ30歳になったばかりのナギと、半神よ、英雄よと呼ばれる(そしてナギ達の仲間でもあるクレイの父親とも噂される)冒険者としてみれば大先輩に当たるギルファーとなれば、対等の口の利き方をするというのは非礼であろう。
 ギルファーはナギ達のことを見ただけである程度彼らの正体についても気が付いているらしい。じろりと彼らを睨んで一言言った。

「このおせっかい魔神に感謝するんだな。さっさと未来に帰るがいい。」
「!!」

 まさか未来からやってきたということがばれているとは思わなかったレムス達はギルファーのこの一言に息を呑んだ。恐らくこの歴戦の冒険者の耳にも少しは噂が聞こえていたのだろう。ということは … 彼らの目的についても、隠し立てすることは不毛かもしれない。
 そういうわけでレムスは手短に彼らの目的をギルファーに話した。とにかく少しでもギルファーの興味をレムス達のほうへと引かないことにはどうにもならない。
 しかし … ギルファーはレムスの説明を聞くだけ聞いたのだが、全く興味を示す様子はない。それどころかレムスのほうを馬鹿にしたような目で睨みつけ、一言こんなことをいったのである。

「俺は忙しい。おまえたちのくだらんことに付き合うつもりはない。」

 「くだらん」とあっさりと言い切られてしまうとレムスはどうしようもなくなってしまった。それどころか、あのとんでもない「魔道皇帝」のことすら問題ではないといわれると、レムスはなんだか惨めになってしまう。思わず彼は顔を紅潮させ何か言おうとしたが、背後から誰かに止められた。

「まあまあ、ここはわたしが … 」
「テレマコスさん … 」

 年齢のほうは … パーティーの中ではまあ年上なのだが、それでも決して年寄りとは言えないテレマコスだったが、交渉術のほうは老練といってもいい。そのテレマコスが出てきた以上、レムスは引き下がらざるを得なかった。
 渋るレムスを引き下がらせて、テレマコスはギルファーに向かった。ギルファーの方はもう既に彼らのことなど眼中に無いのだろうが、それでもまったく話だけは聞いてやろうというようにテレマコスの方を見た。
 すると … テレマコスは今までのレムスの交渉条件をいきなり変えたのである。

「それではギルファー殿。よろしければ我々をあなたの作戦に同行させていただけませんか?」
「? … ふん」
「えっ!テレマコスさん!?」

 レムスは仰天したが、テレマコスは右手でレムスを制止した。そう … はっきりとした考えがある … レムスはテレマコスの目がそう言っているのを見て、不安を感じながらも黙り込まざるをえなかった。

*       *       *

 ギルファーはじろりとテレマコスの方をねめつけたが、その後馬鹿にしたように言った。

「死にたいようだな?魔法使い … 」
「そう思われますか?」
「お前ら程度の実力では邪魔になるだけだ。弱い奴は死ぬ。」

 ギルファーはパーティーのことをじろじろ、冷たい目線で眺めていたが … 冷酷にそういった。確かに … 噂で聞くギルファーの実力と、それからこれからギルファーが向かおうとする所 … 帝国女神の本陣 … の危険度を考え合わせると、テレマコス達の力ではとても生き残る可能性があるとは思えないのも間違い無い。
 ギルファーは残忍な笑顔を浮かべ、腰の剣に手をかけた。さすがのテレマコスも一瞬びくりとする。ギルファーの殺気のようなものを感じたのである。

「どうせ死ぬなら今ここで俺の手にかかった方がいいだろう?俺の魔力の足しにしてやる。」
「それはごめん被りたい … 」
「おまえたちが俺についてきても、俺の役に立たない。今ここで死んでもらったほうが俺にとっては都合がいい。」

 冗談ではなかった。ギルファーはレムス達の実力を … 一目で見限っているのである。そしてレムス達を同行させるくらいなら、さっさと殺して魔力を奪ってしまった方がいいと判断しているのである。ほとんど追いはぎか何かの論理だった。
 テレマコスは平然と … しかし内心あわててだろうが … ギルファーに言った。

「お待ちください、ギルファー殿。」
「?」
「私達を殺せば、あなたは帝国女神に勝てないのですよ!」
「!?」
「テレマコス!?」

 テレマコスの言葉にギルファーはわずかに表情を変化させた。いや、ギルファーだけではない。そんなことをテレマコスが言い出すとは予想もしていなかったレムスやナギも驚いた表情を見せた。
 ギルファーは剣を抜いた。言葉にするまでもない … テレマコスの返事次第ではただちに … この場で切り捨てるという強い意思表示である。ギルファーの剣は不思議な蒼い色に光り、強烈な魔力を帯びている … アダマントのやいばの剣であろう。
 テレマコスは腹を括ったように一瞬ため息を吐くと、もう一度はっきりと確信を込めてギルファーに言った。

「そう … ギルファーどの。我々を殺せばあなたは決して帝国女神には勝てないのです。なぜなら … 」
「 … 」
「判っておられるとおり、我々は未来から来たのです。そして我々は未来の … 120年未来に帝国女神がいることを知っている。あなたが女神を倒すことができなかったからです。」
「!!なんだと!?」
「我々とあなたが出会わなかったら … 歴史を変えなければ、あなたは帝国女神を倒せないという『結果』が … 既に決まっているのです。」

 テレマコスの声は … あたかも取り憑かれたような響きを持っていた。それはまるで予言者の声 … 未来を知っている者だけが持っている深い、夜の奥底から響く声だったのである。
 

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