見出し画像

24.「おまえたち…なぜここに」

 リキュアの勘は大当たりだった。
 
 宿屋から出たタルトは、早速大神殿の近くの物陰に隠れるとリキュアに自分の考えを言ったからである。リキュアはやっぱり、という表情をわずかに示したが、それ以上の反対はしない。代わりに彼女はどうやってこの「奴隷調教所」に忍び込み… そして脱出するのかという問題を切り出した。
 
「何とか…なると思う。」
「根拠、有りそうね…」
「実は、俺…一度この地下、行ったことがあるんだ。」
「本当!?」
 
 タルトの言葉はさすがのリキュアも驚きだった。リキュアの仮説から行くと、タルトは…実はタルトが剣闘士奴隷だったとかいうとんでもない秘密が無い限りだが…絶対に出られるはずはない。それが意外なことに「昔、この地下には行ったことがある」なんていうのである。これはさすがのリキュアも目を白黒させるしかない。思わずリキュアは黄色い声を上げてしまった。
 
「いったいどうやって出てきたの?!」
「…それは…その…」
 
 タルトはあの時のことを思い出してみた。そう…あの時はドランを助けに行った時のことだった。傍らにはあいつが…今では敵になってしまった仲間、雷王丸がいた。

*     *     *

 地下神殿…そこは剣闘士の養成所でもある。隷属の鎖の神官以外はその神域に入れば、二度と自由な身体ででる事は出来ない。魂にまで鎖をかけられ、永遠の奴隷と化してしまうのだ。ただ…彼らだけは特別だった。最高神官の許しがある彼らだけは …
 上方世界までつれてこられた剣闘士奴隷達である。雷王丸はその一人一人が地上ではすばらしい剣闘士であろうということがすぐ理解できた。
 汗と革と鋼鉄のにおいが入り交じったような独特のにおいで空気は汚れきっている。獣脂で作られたろうそくだけが照らしている洞窟と部屋…そして絶対に得られない自由をむなしく求め、もがく奴隷達 …
 そんな陰惨な光景の中を彼らはひたすらドランだけを探し、先を進んでいった。
 
「どこだ?ドランは!?」
「わからん…ここも行き止まりだ」
 
 行けども行けども迷宮は続いている。彼らの中には次第に焦りがつのりはじめる。ドランはこうしている間にもどんなひどい目にあっているか…いや、ドランにとってはそれは元の…見なれた地獄に戻るだけのことなのかもしれない。少なくともドランのあの逞しい腕や胸、そしてあくまでも漆黒の瞳はこの地獄からやってきたということをはっきりと物語っている。しかし…いや、それだからこそドランをこの永遠の牢獄から救い出さねばならないのである。
 彼らの心は早鐘のように警鐘をならしつづけていた。
 
 ついにタルトは意を決して、あの…銀色の指輪に指を滑り込ませた。盗賊である彼に不思議な…瞬間移動の能力を与えてくれる指輪…しかし、彼のこの指輪は彼の体力を極度に必要とする。長い間使えば…彼は命すら吸い取られて死んでしまうだろう。それに…ましてやここは上方世界である。この上方世界では指輪はどんな働きが有るかわからない。ひょっとすると全く効果が無いかもしれないし… 最悪の事態になればタルトはいきなり命をすべて吸い尽くされてしまいかねない。しかし …
 しかしドラン!おまえを見捨てる事は出来ない!タルトには絶対にできなかった。だから…彼は指輪を使ったのである。
 
 タルトの目に無数の鎖が見えた…その中の一つ、「灰色の勇者の銀の鎖」がドランだった…そう、タルトはあたかも「はじめから答えを知っていたように」 …それがドランであるということを知っていたのである。タルトはドランの鎖に手をのばした。重く、冷たい銀色の鎖の先に燃えさかる炎が …

*     *     *

 後のことはタルトはよく覚えていない。とにかく、彼はドランを見つけて…そして助け出した…それだけが事実だった。
 
 淡々とかたったタルトにリキュアはどうしたものかと困惑したような表情を示した。まさか…隷属の鎖の大神殿から脱出することに成功した者がいるなど…にわかには信じることができないほどの衝撃的な話だったのである。
 
「…でも、それはかなり希望が持てる話ね。地下牢側が『絶対に』脱出不能というわけじゃないんだってことは…」
「ああ。俺は…その道に賭けてみたいんだ。リンクスを助けるのは… 俺の責任だ。」
 
 タルトの瞳には決意の色がありありと浮かんでいる。リンクスのことは…タルトやリキュアと、そして死んだランドセイバーとの約束だった。必ずあいつを …一人の人間として自由にすると…あいつの遺言が今でもタルトの心に焼き付いている。

「リンクスに…誰よりも自由に生きろと…伝えてくれ…」

 そう…この言葉をリンクスに伝えるために、タルトはリンクスを捜し求めている…少なくともタルトはそう自分に言い聞かせている。リキュアはそんなタルトを見て、ちょっとさびしそうに微笑んで言った。
 
「じゃあ、行きましょ。」
「リキュア!マジかよ!」
 
 今度はタルトが驚く番である。この…果てしなく危険性が高い作戦に、子持ちであるリキュアが参加する…万一のことが(万一所の騒ぎではなかったが)あれば、いったいクーガーはどうなるのだ …
 しかしリキュアは引っ込む様子はなかった。元隷属の鎖の女神官…そしてセイバーたちの敵だった「神将ヘカトンケイル」を、一人の人間として救ってくれたのは、セイバーと、そしてリンクスだったのだ。リンクスの温かい言葉と心こそがリキュアを救い、そして彼女はセイバーと結ばれ、クーガーが生まれたのであるのだから …
 
「リンクスはあたしの恩人だからね。そうよ、あたしはリンクスに心を助けられたのよ。」
「仕方ないな…」
 
 リキュアがこう言い出すと絶対に後へは引かない。それを良く知っているタルトは降参せざるをえなかった。
 二人はそのまま虚空へと…瞬間移動で姿を消した。

*     *     *

 そこは…薄闇と血と汗の臭いと…そして悲鳴や怒鳴り声だけが聞こえるところであった。隷属の鎖の大神殿地下…奴隷調教所とはそういうところだった。
 タルトとリキュアは物陰に潜みながらリンクスを探し続けた。元隷属の鎖の女祭であるリキュアがいっしょなので、それほど姿を隠すのが難しいということはない。言い方は悪いがリキュアにとっては見慣れた風景であるし、どうすることもできないというのも事実だった。周囲にはスレイブマスターやら神官たちがごろごろいるのである。
 
「こまったな…リンクスみたいな奴はぜんぜんいないな…」
「あの子は珍しいタイプよ。全身傷だらけなんてめったにいないわ、売り物にならないわよ」
 
 そういってリキュアは少し困惑したようにタルトを見る。たしかに周囲で調教されている剣闘士奴隷といえば…たいていは背が高く、そして逞しいレスラーのような体型の若者ばかりだった。顔も…いろいろタイプはあるが押し並べて悪くない。リンクスのような小柄な豆タンク風の青年は一人としていないのである。ましてや全身にあんな稲妻傷があるというのは論外である。要するに…剣闘士にはかなり見てくれの要素も大きいというわけである。かっこいいとか、勇ましそうだとか…そういう部分が客にうけるのだから…リンクスのように背が低いとかなり不利なわけである。
 それにこの「上方世界の隷属の鎖の大神殿」にまで連れてこられて調教を受けるということは、それだけで間違いなくすばらしい素材であるということである。王侯貴族、それから上方世界の魔神とか…そういう相手に売却するような、最高品の奴隷なのだ。リンクスみたいにぼろぼろの体のわけがない。
 
「まあ、それだけ目立つはずなんだけどなぁ…」
 
 もしリンクスがこの地下の調教施設にいるとすれば、もうそれだけで目立って仕方が無いはずなのである。要するにタルト達はそれを頼りにこの地下調教所に挑んだわけである。
 ところが…ところがこれがなかなかうまく見つからないのである。
 
 どうも、この地下迷宮というのは「建て増し」の連続で作られているらしい。当初計画というのがそもそもあったのかどうかも良く判らない。神殿というものは普通は「幾何学的な美学」というのをかなり気にするはずなのであるが、こいつだけは例外なのだろうか…とにかくあまりに雑然とした立て方なのでいったいどこにリンクスが居るのかさっぱり判らないのである。もちろんそれならそれで誰かに聞けばいいのかもしれないが、まさかスレイブマスターに聞くわけにもいかないし、奴隷の方には聞いたとしてもろくな返事が来るわけもない。
 次第に二人とも疲労感が募ってきた。食料や水などはかなりしっかり持ってきたのだが、こんなところではあまり食べる気にもならないし…そうなるとますます疲れはたまってくるし…というわけである。
 
「さすがに疲れた…ここらで休むかぁ?」
「そうね、もう私もへとへとだわ…」
 
 二人はぐったりと物陰に潜んで休息を取る事にした。壁にもたれかかるとバックパックから水と簡単な食料などを取り出して食事を始める。といっても食欲がわかないのだから食べられるわけが無い。ほとんど何も手をつけず、ただじっとしているのが関の山なのである。
 ところが…その時二人は何か気配のようなものを感じた。すぐ傍の薄暗い陰に… 誰かがいる …
 
 驚いて気配の方を見た二人は…そこに一人の半裸の男が座っているのを見た。
 
「おまえたち…なぜここに来た。」
「ジークっ!!」
 
 そこにじっと座っていたのは…よりによってジークだったからである。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?