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27.「ずっと前に…根を上げるかと」

「ふっふっふ、やっぱり来たのか、ジーク…」
 
 ゾア…鎖の魔神は腕組みをしながらタルト達を見回した。身の丈が3m近いその魔神は…スキンヘッドで、頭に独特のヘッドギアが特徴的な大男の姿だった。革らしき大きな分厚いベルトを腰や肩から渡しているので筋肉がひときわ盛り上がってみえる。…自信たっぷりに組んでいるその腕は、黒光りして黒檀のようである。
 タルトは思わず頭を抱えたことは、どうして隷属の鎖の連中、特にスレイブマスターの「男」はどうしようもないマッチョな奴等が多いのだろうということである。ジークは当然のことながら、このゾアという魔神もちょっとあきれてしまうくらい筋肉質のレスラー的な体つきである。同じ魔神でももうちょっとスリムな(といってもやはり筋肉質なのだが)、若々しい青年的な感じのするやつもいるのだが…(少なくともタルトはそういう魔神の知り合いがいるのは事実である。)これは…恐らく隷属の鎖という教団がこういったスタイルを美徳とするというところがあるのだろう。
 まあ、とにかく魔神ゾアは、彼らをどういう風に料理しようか考えているようである。対するジークは無言のままゾアを睨み付けている。もうこれは完全な決闘の体勢である。といっても、ジークに比べてゾアのほうは…それほどまで闘おうという気ではないようだった。
 わずかな時間のあと、ゾアは急に笑い出した。それこそばか笑いというべき、豪快な笑い方である。ジークはそんなゾアの様子には…まるでそんな事実すら起きていないかのように無反応だったが、周囲の…つまりタルトやリキュアはびっくりしてしまった。
 
「何がおかしいんだ?」
「ふっふっふ、おまえたちが…何を思ってこの地下の奴隷調教所に乗り込んできたのか判らんが、ここから出れると思っているのがおかしくてな。」
「…」
 
 ゾアはそう言うと再びさも可笑しそうに笑い続ける。タルトは腹を立てたり、そういう感情を持つよりも先に戦慄を感じた。そう…魔神ゾアのいう通りなのである。この隷属の鎖神の巨大な魔力によって閉鎖されたこの地下迷宮からは絶対に出られない…ゾアの笑いはその絶対の自信から来ているのである。だから、全く戦闘をする気も、それどころかリンクスを守る気すら無いようではないか …
 ゾアは笑うだけ笑うと、今度は大きなコウモリのような翼を広げ、軽く空中に飛び上がった。リンクスへの道を開けたとしか思えないその態度に、さすがにジークも怪しいと思ったらしい。目の前のリンクスに突っ込んでゆくことはしなかった。
 ゾアは空中でタルト達を見回すと、言った。
 
「ふっふっふ、おまえたちと無駄な戦いをする気にはなれんな。このままこの地下をさまよっていれば、いずれは疲れ果てて降参するだろうからな!」
 
 ゾアはそう言って笑うと、かき消すように虚空へと姿を消したのである。後に残されたタルト達には…そこ知れない恐怖感だけが残されたのである。

*     *     *

 壁に括り付けられたリンクスのところに近づいたジークは、そのまま乱暴に …まるで忘れ物をようやく見つけたかのように少年を引っ張り上げた。意識のないリンクスは無反応で、ジークは仕方なく彼を肩に抱える。まるで重さを感じていないかのように…その様子は軽々としたものだった。
 ジークはリンクスを抱えるとタルトの方を振り返った。
 
「行くぞ。」
「…判った。」
 
 といったのはいいものの、タルトはわずかに不安そうな目でジークを見る。さっきの…ゾアの言葉が重くタルトの心にのしかかっている。ジークは…この調教所から出る自信があるのだろうか…ジークの瞳はタルトに何も物語ってはくれないようだった。
 ジークとタルト達は地下の迷宮を…今度は逃げも隠れもせずに歩き続けた。来たときのように物陰に潜んで、というわけではない。もはや隷属の鎖の神官たちや魔神ゾアに見つかっているのである。今更じたばたしても始まらないというわけである。
 幸いというか…これは作戦なのかもしれないが…彼らに突っかかってくるスレイブマスターも兵士もいないようだった。それでもこの地下迷宮を歩くと、気のせいだろうか全身がつかれてくるような気がするのである。まるで…激しい戦闘をしているような疲れである。全身が…特に足や腕が次第にだるくなってくるのである。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ジーク…」
「…」
 
 ジークはやや遅れ気味のタルトに、仕方が無いな、というように振り返って立ち止まった。
 
「どこかで、休憩できないか?さすがに…俺、つかれてきた。」
「…そうか。判った。」
 
 ジークは傍にあった小部屋の木の扉を乱暴に開けると、タルト達をそこに連れていった。そこはどうも物置のようなところらしい。木箱やらなにやらがたくさんおかれている。タルトがその中の一つを開けてみると、中には訓練用の剣などが入っていた。さすがにちょっとうんざりしてタルトは箱のふたを閉じてその上にどっかと腰を下ろした。
 
「あまり…体力はないようだな。…タルト、だったな。」
「いや、その…俺はおまえさんみたいに鍛えてないからなぁ…」
 
 ジークはタルトの傍の床に腰を下ろすと、ぼそぼそと…これはタルトとしてもびっくりするくらいのことだったが…言った。大体つい先日まで(いや、正確には現在でも)敵同士のジークとタルトが、こんなところで四方山話をしているということ自体すごい話である。それにジークがタルトのことに…少しでも関心を持ってくれている、ということもタルトにはうれしかった。
 
「いや、それでも最初思っていたよりも…ずいぶんがんばっていると思う。もっとずっと前に…根を上げるかと思っていた。」
「えっ?どういうことなんだ?」
「この地下調教所は…地上よりも体重が重くなる。筋力をつけるためにそういう魔法がかかっているのだ。」
 
 タルトはびっくりした。いわば今まで…まるでおもりをつけて運動していた、というわけなのである。それなら全身がつかれてしまうのも当たり前である。逆に言えばジークやリンクス、そしてここで生活している剣闘士たちはこの荷重をずっとうけて暮らしていた、というのである。思わずタルトは自分の手足がどうかなっていないか心配になって見回してしまう。いささか筋肉が張ってパンパンになっているみたいだが、別段何も変わっていないようである。
 ジークはそんなタルトの様子を見て笑う。
 
「大丈夫だ。1日や2日では何も起こらない。まあ、1ヶ月もいれば少しは筋肉もついてくるだろうが…」
「1ヶ月はちょっと勘弁…」
 
 タルトが苦笑いを浮かべると、ジークはつられて笑みを漏らす。なかなかその笑顔は素直でかわいらしいところもあるのをみて…タルトはちょっと考えた。
 
(これで…リンクスともっといい形でつきあえるんだったら、いい仲間になれるんだろうがなぁ…)
 
 無口だが…いっしょに戦ってすごく安心感があるし、それに意外と人間味もあるところまで見えてしまうと、どうしてもタルトには「敵」という気がしなくなってくる。問題は…いまだに眠ったままで意識を取り戻さない(どうも魔法で眠らされているみたいだったが、今はあまり時間をかけていられそうにない)リンクスを片時も手放さず、まるでぬいぐるみみたいに抱えているところだったのだが …

*     *     *

「そのさぁ…今のうちに聞いておきたいんだけれど…」
 
 タルトとリキュアが持ってきたわずかな食料と水を三人で分けて、簡単な食事を取りながら、タルトはジークに聞いて見た。ジークは…(あまりおいしいものとはお世辞にも言えないはずの乾パンをうまそうに平らげながら)…きょとんとしてタルトの方を見る。
 
「なんだ?」
「この地下迷宮から出る方法だけどさ。何かあてとか…考えているのか?」
「…」
 
 ジークはタルトの質問にほとんど困ったとかそういうそぶりも見せず、首を横に振った。
 
「歩く。」
「やっぱり…」
 
 タルトは…まるでジークの分まで代わりに「困らないといけない」ように頭を掻いた。タルトには想像がついていた。ジークという男の性格から考えて…たとえこの地下迷宮から出られる算段が全く無くても…リンクスを取り戻したい、ただそれだけで…そして罠だと判っていても…飛び込まずにいられないのである。狂ったように…飢えた獣のように…彼の大切な何かを取り戻すために …
 そしてジークは既に罠にかかっていたのである。リンクスを腕に抱きしめながら… ただ歩き続けることしかできない …
 そんなジークにタルトは悲しい気持ちでいっぱいになった。そして…あることを決心したのである。彼の切り札…あの「石」を取り出したのである。

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