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9.「お待ちしておりました。陛下」

(あれは!転送装置!?)

 タルトが見たものは明らかに転送呪文だった。どこか他のところから瞬間的に人や物を別のところに移動させる呪文 … タルトが得意とするテレポートと同じようなものである。ただ、それにしてもどこか妙な感じがするものだったが … いずれにせよその手の呪文であることは間違いない。
 しかし、いくら何でもこういった呪文を宮殿の中で … それもたかだか宴会の料理を運ぶのに多用している … これはさすがのタルトも驚くしかない。「移動と変化」のルーン力を身につけているタルトでも、テレポートという技は … 一人なら比較的気楽にできないこともないが … 料理を運ぶのに女官に使わせるほど安っぽいものとは思えないのである。魔力だってただというわけではない。
 それを平気で使うことが出来るということは … 考えられる可能性は少ない。あの女官が特別なのか、それとも … 人間じゃ無い何かが、このとんでもないサービスを提供しているのか、である。あの女官が特別なのかどうかならば、他の女官の様子を見張ればいい。

 タルトはしばらくこの廊下で、他の女官がやってくるのを待っていた。数分もしないうちに別の女官がやはり大皿を何枚も持ってやってくる。息を殺して様子を見るタルトの目の前を足早に通り過ぎてゆくのである。そして … やはり(予想どおり)彼女も突然光り輝く光の柱に包まれたのである。

(やっぱり!)

 タルトはそう心の中で叫ぶと、突然光の柱のほうへと飛び出した。理由は簡単である。女官と一緒に … 転送呪文の行き先にテレポートするのである。それがどこなのか確かめる必要がある … 無謀かもしれないが、タルトは一瞬の判断でそう決心していた。
 女官が瞬間移動で消えた後、まだ光の柱が消え去らないうちにタルトは輝く円柱の中に滑り込んだ。突然意識が遠くなるような強いショックがタルトを襲う。まるで五体がばらばらになりそうな、猛烈なエネルギーだった。

(まさかっ!なんだこれはっ!)

 それはタルトが経験したことが無い強烈なショックだった。何度も … 日常茶飯事のようにやったことがあるテレポートとは違う … 次元を跳躍する「移動」というのではない。これは … まるで身体をばらばらに引きちぎられる … そんなエネルギーではないか!!
 タルト自身の理性とはかかわり無く、動物的な本能が彼の移動のルーン力を呼び起こす。彼の身を守るためだった。移動のルーン力は彼の身体に降り注ぐ熱い光をはじき返す強烈な盾となった。はじき返された光は周囲の壁にぶつかって白熱した。そして …

 次の瞬間爆音が鳴りびびいた。移動のルーン力とこの「瞬間移動装置」が干渉しあい、爆発したのである。タルトは突然のことに … それでも物陰にとっさに飛び込んで姿を隠し … そこで焼け付く痛みを感じながら意識を失った。

*    *    *

 突然宴会場に響き渡った爆発音に誰もがとっさに席を立った。帝都はまだ完全に平穏になったわけではない。帝国皇帝を恨む敵も多いだろうし、先日のギルファーの攻撃で政情は十分不安定である。テロの一つだって十分ありえるのだ。
 次々と剣を取り飛び出してゆく神将達の中で、クレイは内心慌てていた。周囲を見回してすぐに気が付いたことだったが、タルトが居ないのである。

(まさかっ!タルトがドジを踏んだのか?)

 予感は … 的中していたのだが … とにかくクレイは何らかの善後策をとる必要があった。タルトが神将たちに捕まってしまうと面倒なことになる。といってもこうなってしまうとあまり有効な策があるとは思えなかった。
 クレイがかたわらのリキュアを心配そうに見ると、意外なことにリキュアはあまり心配をしていないようだった。

「リキュア!?」
「タルトなら大丈夫。あたしが面倒見るから、あんたはこのチャンスを生かして。」

 リキュアのいう通り、この動揺に乗じて皇帝の秘密を探ることが一番いい結果を生む … クレイも彼女の冷静な判断に納得せざるを得なかった。それに、同じテレポーターのリキュアなら、タルトを確実に救出してくれるだろう。
 クレイは席を立つとガイアードの剣を手に、皇帝イサリオスを守るように近くに駆け寄ることにしたのである。

「皇帝陛下。」
「クレイ殿。不粋なところをお見せしたな。ご覧のようにまだ帝都は不穏なのだ。ギルファーの手下どもが隠れているようだな。」

 イサリオスはそういっていささか不快げにうなずいた。皇帝ともしてみれば、このようなテロを客の前で見せられる事ほど恥ずかしく思うことはないだろう。自らの統治能力を疑われてしまうからだ。
 クレイは何もいわずそのまま皇帝の側に立った。じっと皇帝の様子を観察していたのである。いや、観察している、というより … 嗅覚で探っているのに近かった。

(やはり … 違う … )

 クレイは確信した。目の前に居るイサリオスは … なにか変わってしまっていた。前に一度あったときの皇帝らしい威厳と … 「責任感」に満ちた雰囲気はない。今までにあったことが無い別人 … それが目の前に居るイサリオスだった。

「皇帝陛下。ここは危なくないか?」

 クレイは皇帝に声をかけてみた。口実は簡単だった。「まだテロリストがいるかもしれない」という一言なら誰もが納得する口実だ。
 イサリオス帝はわずかな間、全くの無表情で何も反応しなかった。しかしその直後、まるでスイッチが入ったように笑顔を見せて答えた。

「貴君のいうことはもっともかもしれぬ。取り敢えずもう少し安全なところに身を避けることにしよう。」

*    *    *

 イサリオスとその側近、そしてクレイは連れ立って廊下を歩き、そのまま宮殿の中央部 … 先の宴会場から見ればいささか奥になるのだが … に向かった。側近というのはクレイも良く知らない相手が多いのだが、その中で一人だけ知っている相手がいた。シザリオンである。
 クレイは神経をとがらせてイサリオス帝とシザリオン二人をじっと見ていた。誰かにのっとられている事が確実なシザリオンは言うまでもないが、イサリオス帝だって何かおかしい。このままついていって二人がどういう行動をするか、確かめてみるつもりだった。
 イサリオス帝達は大きな … ちょうど直径10m程もある円形の部屋に入った。そこは天井がちょうど半球形で下に出っ張っている … 乳白色の石で出来ているという部屋だった。部屋の中央に一人の男が立って彼らを出迎えているようである。
 その … 男の姿を見てクレイは一瞬全身が震えるほどの衝撃を受けた。

「お待ちしておりました。陛下 … そしてクレイ様。」
「烈!!!」

 彼らを出迎えたのは他でもない、姿を消した烈だったのである。皇帝イサリオスは … 出迎えた烈に微笑みを返して言った。

「烈 … 彼は新しい我らの同士だ。天空城への回廊を。」
「かしこまりました。」
「いったい!!!」

 驚愕したクレイに烈はうなずき、右手を上げた。それと同時に天井の乳白色の石がまばゆく光り輝き、彼らを包む光の柱となった。同時にクレイの肉体にバラバラに引き裂かれそうなほどの熱いエネルギーが降り注ぐ。

「烈っ!!!」
「抵抗しない方が楽です … クレイ様。これが、天空城への回廊です。」

 光の柱が更に輝きを増すと、クレイの全身は激痛に襲われた。それと同時に烈も
 … 皇帝イサリオスもぼんやりと姿を消しはじめる。そして …
 烈たちが姿を消したとき、クレイの中で眠っていたルーン力はクレイを守るために力強く脈動した。白い光を打ち消すように青い … 月の光が彼を包んだのである。

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