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26.「おまえだけがリンクスを」

 タルトはジークの不思議そうな…丸っこい、意外とかわいらしい目にうなずくと、静かに目を閉じた。あの時…つまりさっきリキュアにも話したことだが …ドランをこの大神殿から助け出したときと同じ事…つまりあの指輪から知った力を使うのである。「移動と変化のルーン力」 …
 
 タルトの心の中にある何かを捜し求めた。その力…光としてしかまだ知覚できないのだが…がいったい何なのか、まだタルトははっきりとは判らない。ただ、いつのまにか彼自身の第2の天性として根づいている力だった。しかし、本当の意味ではタルトはその力を使ったことはない。しょっちゅうテレポートやなにやらで使っているようにみえるが、そんなちゃちな技とは違う…本当の「移動の力」である。タルトは自分の中に根づいている力が恐ろしいほどの可能性を秘めていることは、なんとなくは判っていた。しかし …
 タルトがその力をなぜ使わなかったのか…それは簡単なことだった。その力に浸ってしまうことが恐ろしかったからである。その力に浸ってしまえば、今の自分では…タルトではいられなくなる…人間ですらいられなくなってしまう 、そう感じていたのである。だからよほどのことがない限り絶対にこの力の中に飛び込もうとはしなかったのである。
 しかしタルトは今、その力に手をつけた。リンクスのために…リンクスを狂おしいばかりに求めるジークの、悲しすぎる心のために…そしてタルト自身の誓いのために…そう、自分が大切にしたいと思っている何かを守るために、である。そのためだけにタルトは生きることを決心していたからである。
 
「ジーク…俺の手を取れ。」
 
 静かに、殷殷とした声でタルトはジークに呼びかけた。いや、それは声ですらなかったかもしれない…心の、静かな流れ…さざなみ…波紋 …
 ジークはそのさざなみを動物的な感で察知したのだろう。まったく無意識的にタルトの手をつかんだ。そのあまりの強い力に一瞬タルトは痛みを感じたが、それ以上にジークの…暗く、焼け付くような熱い魂をはっきりと感じた。飢え…そう… 飢えとしか言いようがないなにかがジークの心を埋め尽くしている…
 
 タルトはそのまま今度は周囲を…この大神殿を見渡した。今まで見えていた、暗い…無数に分岐した洞窟と奴隷やそれを調教している神官の姿は見えない。そう…霊的視界で周囲を見渡しているのである。そこには…これは前にドランを助けたときに見た光景と同じだったが…天から地にわたって無数に渡された鋼鉄の鎖だけが見える…そう、それは隷属の鎖神が人々を捕らえている鎖そのもの …ヴィジョン …
 無数の鎖の中で、たった一つだけがリンクスを縛っている鎖なのである。それを見つけ出すことができるのは…リンクスを一番大切に思っているジークだけなのである。
 
「さあ、ジーク!リンクスを…おまえなら、おまえだけがリンクスを救い出すことが出来るんだ!」
 
 タルトがジークに呼びかけると、ジークはあたかも野獣のように鎖をじっとにらんだ。そして…まるでリンクスのにおいを見つけ出したかのように一瞬表情を輝かせると、乱暴に一本の鎖をつかんだ。そのとき…何かが…はじけ飛んだような…そしてショックと怒りの声のようなものが遠くで聞こえたような気がした。
 タルトはその瞬間を待っていた。今こそタルトの力を…「移動のルーン力」をスパークさせるときだった。タルトは彼の心の中にある…その力を燃えあがらせた。

*     *     *

「タルトっ!」
「…せ、成功したか?えっと…」
「ぼっとしないで!敵よっ!」
「えっ!!」
 
 タルトは…ルーン力を振り絞ったショックでくらくらする頭を抱えて周囲を見回した。そこはさっきとは違う、かなり大きな部屋だった。たくさんの松明…それから兵士たち…中央にある壁には手足を鎖に縛られたリンクスが、意識もないまま磔になっている。そして…タルトをかばうようにリキュアとジークが立っていた。
 タルトは自分の秘策が成功したことはすぐに理解できた。リンクスの鎖を見つけ出した彼らは、それを手繰ってリンクスのところまで瞬間移動したのである。
 当然のことながら、人質であるリンクスは厳重に守られている、というのは当たり前である。周囲にいる兵士たちはリンクスを守っていた連中だろう。
 
「うまく行ったな!ジーク」
「…」
 
 ジークはわずかにうなづくと、そのままファイティングポーズを取る。タルトは少しだけ微笑んだ。ジークだって…タルトのこの協力を少なからず感謝をしているのだろう。そういう感情が芽生えてきているというだけで、ジークが昔と変わってきているということが判る。
 タルトはリキュアとジークにかばわれながら、それでもシミターを抜いた。

*     *     *

 彼らを迎え撃つ隷属の鎖の兵士たち(スレイブマスターや司祭たちだが…)は彼らを取り囲むように武器を構えている。タルトやリキュアではこれだけの相手を打ち破るのはかなり難しい。しかし今回は頼もしい味方がいる。ジークである。
 ジークは襲ってくるスレイブマスターたちを圧倒的な力で蹴散らしはじめた。闘うために作られた戦闘マシーンである。並のスレイブマスターではとてもじゃないが相手にできない。見る見るうちにスレイブマスターたちは劣勢になってゆく。
 兵士たちを一通り蹴散らした後ジークは…驚いたことにタルト達のところに戻ってきた。てっきりリンクスのことで頭がいっぱいになって、背後の(兵士たちに苦戦している)タルトのことなんか気にもしないかと思っていたのだが…ちゃんと味方らしく二人を救援してくれるのである。
 
「ジーク!すまん!」
「…」
 
 ジークはにこりともせずタルトのところに戻ると、再びタルトを守るように身構える。もう…彼らの周囲には数えるほどしか兵士は残っていないし、そいつらも逃げだそうとしているようである。
 
「もうあらかた片付いたな。ジーク。」
「…まだだ。」
 
 ジークは警戒心をむき出しにしてタルトに答える。ジークの動物的な感がなにか危険の存在を察知しているのだろう。タルトは思わずつばを飲み込んで再び戦闘態勢に戻った。
 と、すると…彼らと、「壁掛け状態」のリンクスの間に…妙な揺らぎのようなものが一瞬湧き起こった。
 
「テレポートかっ!」
「気をつけてっ!」
 
 揺らぎはすぐに消えたが、その代わり…身の丈3mもある魔神が現れた。つい先日リンクスを連れ去った…あの魔神である。鎖の魔神ゾア…そいつが彼らの目の前に立ちふさがったのである。

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