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7.「 … 昆虫 … 」

 数日ののちのこと、クレイ達がイサリオス帝の動きを実際に探り始める頃になって、再び帝都に事件が起きた。といっても爆発騒ぎとかそういうものではない。今まで数週間に渡って閉鎖されていた帝都の城門が開き、都市内への帰還が許されると言うことになったのである。
 今まで不気味がって城壁に近づかなかった市民(難民と言うべきか)達も、いよいよ家に帰れるとなってさすがに喜びを隠さなかった。手に手にまとめた荷物やなにやらをもってぞろぞろと城門の側に集まってゆく。
 クレイ達はクレイ達で同じように隠れ家(ジークとレムスのしつらえた、例の洞窟)を出て、やはり市民達と同じように荷物をもって城壁のほうにやってきた。もちろん帝都に入って新しい拠点をしつらえると言うのも目的の一つだったが、それ以上に「長らく閉鎖されていた帝都に何が起きたのか」とか、「皇帝イサリオスが現在どこにいるのか」などを探るには、一刻も早く帝都に入ったほうがいいと言うわけだった。ピクニックとは訳が違うというわけである。

 帝都の城門の傍までやってくると、たくさんの人と(当然帝都に入城する人たちである)それから開け放たれた城門の間にみえる新しい街並みが見える。驚いたことにあれだけギルファーの軍勢に焼き払われ、被害を受けたはずの街は … 今やまったく元どおり … それ以上の状態になっていた。恐らく帝都を閉鎖している間に誰かが再建していたのだろう。どうやって、誰が再建したのかという点は、一切判らないのだが …

「外から見ても … かなり変わったみたいだな、レムス」
「そうですね。なにか … 雰囲気が違うみたいです。」

 クレイもレムスも、新しい帝都の街並みに何ともいいがたい違和感のようなものを感じていた。それは新築住宅に引っ越してきたばかりのときに感じる … そういう違和感というのもあるだろう。ただ、特にクレイにはそれ以上の何か … 何かにおいのようなものを感じていたのである。
 こういう動物的な感覚に関しては、クレイは自分の勘に絶対的な信頼を置いている。間違いなくこの街は「その存在そのものが」危険なのだ。彼の肉体に宿る獣のルーンがそうはっきりと告げていた。

「 … この街は … 人の住むところじゃない。もっと何か別の … 恐ろしい者のために作られた街のような気がする … 」

 クレイはそんな言葉を口にした。そして … それは後日になって判ったことだったが … まさしくクレイの勘は正しかったのである。

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*    *    *

 帰って来た市民たちは、例の … 門番をしていたロボット兵のような連中の指図で住む家を決められた。大抵はもと住んでいた家のあったところに立てられている建築物が新しい家として指定されるのだが、一部、別の家をあてがわれるものもいた。つまり旧宅のあったところが公共建築物になっている場合などである。
 昔帝都をにぎわしていた巨大公共建築物は、装いも新たにしっかりと立て直されていた。例の「コロシアム」は言わずもがな、「皇帝大浴場」や「アッピア街道」などの昔ながらの主要建築物である。ただ … これは一般民家もそうなのだが、デザインの方はいささか変わっていた。
 街をうろうろ周っているクレイには、この「微妙なデザインの変化」が容易ならぬ変化であるということが感じられる。そう … 美しい「帝国調」の建築物に、なにか別のデザインセンスが混じっている … そういう感覚がするのである。
 うまいことそれを言葉に出来ないクレイは、ぎらぎらした瞳で街並みを見まわすジークに意見を求めてみた。

「ジーク、どう思う?」
「 … 昆虫 … 」
「昆虫?」

 ジークだって口下手なのはクレイと同じである。「どう思う?」といわれて、やっと口にした言葉だった。そばにいたレムスはなんとなくジークの言葉を聞いて意味が判ったようである。

「あ、本当だ。昆虫ですよ、クレイさん。確かに … 」
「 … あ … 」

 クレイはようやく何か違和感のようなものの正体が判ったような気がした。そう…まるで昆虫の殻のようなデザインが混じっているのである。確かに普通の家そっくりなのだが、それでも時々節のようなものがあったりする。帝国風の建築物の上にヴェールのように昆虫のからだのデザインがかかっている … そんな気がするのである。
 特に一番はっきりとしているのは、完全な新築の建造物だった。たとえば新しく立てられた「真理の神殿」なる大きな建築物などは、それこそ昆虫の触覚のような塔が多数建てられていたし、材質も質感もなんとなく … キチン質っぽいところもある。街の北部にある巨大な皇帝宮殿だって、いくつもの尖塔がまるで昆虫の足のようでもある。サクロニアの昆虫種族である「インセクター族」だってこんな街は作らない。(彼らはむしろ砂を固めた城郭のようなものを好むのである。)

*    *    *

 しばらくして再びジークは … 今度はレムスに向かって言った。

「この街に住むつもりか?」
「 … そう思っているんだけど … 」
「洞窟の方がいい。お前もだ。」
「 …… ちょっとまってよぉ … 」

 レムスは頭を抱えてしまった。レムス自身、この街がなんとなく危険であることは良く判っている。クレイほどはっきりとしたイメージではないが、彼だって冒険者である。危険に対しての勘は十分養われている。だから「この街に住む」ということの危険性は判る。
 ただ、さすがにあの隠れ家に住むというのは、ちょっとやだな … と思わざるをえない。ジークと二人で隠れていた時期ならともかく、このパーティー全員が集まった数週間は、とにかく「狭い」という一言ですべてが表されるほど不便な住処だった。他の要因(水の便とか、街からちょっと離れているとか)は何とでもなるし、事実最初の(二人住まいの)2ヶ月は苦にならなかったのだが、今となってはとにかく狭い。せめて一人1部屋とはいわないが … 一人1畳程度の面積しかないあの洞窟では …

「この街に住むのは止めてもいいけど、あの洞窟は勘弁してよぉ。」

 レムスは正直な感想をジークに言わざるを得なかった。

*    *    *

 結局彼らは帝都の街中に住むことをあきらめた。危険だ … という直感もあったし、飛行呪文を使えば無理して帝都の街中に住まなくても大抵のことは事足りるからである。帝都の様子さえ判ればいいというのであれば、帝都の城外に住んで毎日通ってもいいのである。
 幸い旧難民キャンプには掘っ建て小屋のような空き家がたくさんあったし、水の便も非常に良い。つい先日まで多数の人が住んでいたのだし、いまでもまだ市内に移らない人もかなり残っている。(2ヶ月以上も住んでいたのだから簡単には引越しできない人もいる。)不便というわけではない。

 翌日からクレイたちは朝になると城門をくぐり、市内に入っては人々の様子や街の動きを観察することにした。次第に平静を取り戻してゆく帝都だったが、いくつか昔と違うところも見受けられる。たとえば … 奇妙な交通機関が登場したり、皇帝の居城の周りに例のロボット兵がいつもいたり …
 奇妙な交通機関というのは … これが大変気持ち悪いもので … 大きな昆虫だった。大きな箱型の昆虫の口が開いて、中に荷物を詰め込むことが出来るというものなのである。人も乗ることが出来るということなのだが、これは気持ち悪くて誰も乗っていないようだった。荷物の方はもう商人の一部が早速馬車代わりに使いはじめていたのだが …
 何でもこの巨大昆虫は、皇帝陛下が「上方世界」からもたらしたものだそうである。これを使ってイサリオス帝は都市をたった2ヶ月で再建したというのである。巨大な建築機械がない帝国では、普通に考えれば都市の再建は奴隷を使っても1年がかりになるのは間違いない。イサリオス帝の「新しい力」が遺憾無く発揮されたというわけだった。
 ロボット兵の方は、これはもう見慣れたので別段市民の方も何も言わなかった。とにかく兵員が激減してしまった現状では、宮殿の周りをロボット兵でまかなうというのは仕方がない。疲れ知らずのロボットだから、こういう時には非常に都合がいいのである。ただ、相変わらず市民はロボット兵を気味悪がって近づこうとはしなかったのは当然だが。

 それから街のあちこちに「神将候補募集」という高札が掲げられるようになったということも大きな変化だった。「帝国軍人募集」というのではない。帝国軍の中枢、そして強力なルーン力を持つ「神将」の候補を募集するというのである。

「世も末だな … 神将を高札で募集するなんて … 」
「そうですねぇ … 」

 クレイもレムスも高札の前に集まる人だかりと、そして高札の文面を読んでがっかりしたように言った。神将といえば帝国のエリートである。帝国のさまざまな社会集団の中でも優れた戦士達が、帝国女神の恩寵で特別に上方世界へ行くことを許されて … さらにルーン力を手に入れてようやくなることが出来るというのが神将である。もちろんクレイみたいな例外もあるが … いずれにせよ強力なルーン力を持つための、特殊な素質と訓練が必要なのだ。
 それが … 「候補募集」というのだから … 人材の枯渇が深刻というか、やはりクレイのいうとおり世も末なのだろう。まあ、考え様によれば今までほとんど外国人や下層市民には閉ざされて来た「出世」の道が、今回晴れて開かれたという見方もあるのだが … それはそれとしても …

 どうしてもクレイには釈然としないものがのこるのだった。

「なにか … 気になる。裏がある … 」
「 … やっぱりそう思うんですね … 僕もそう思います。」

 レムスもクレイの意見に同意した。この奇妙な街と、神将募集と … 皇帝の手に入れた新しい力と … なにかが後ろに隠れている …

「 … 明日にでも皇帝に会おう。何がこの街でおきているのか … 早く探らないと手後れになりかねない … 」

 クレイはそうはっきりと宣言すると、レムスは真剣な目で同意した。

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