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31.「ジークよりたちが悪い奴じゃねぇかよ」

 帝都に帰ったクレイたちは早速…あの苦手極まる「海の最高神官」殿のところに向かった。何度かお話しているとおり、帝国を支える三神官の一人であるはずのクレイだったが…困ったことに後の二人とはすこぶる相性が悪い。いや、後の二人…天空の最高神官と海の最高神官の間もギクシャクしているところを見ると、要するに3人3様で牽制しあっているのである。
 が…ともかく今回の場合は、海の最高神官ははじめから非常にクレイの作戦行動に理解を示していた。単なる狼藉物ジークを追撃する…というのにしてはあまりにも積極的な協力ぶりである。まあ、実際の話は海の最高神官はジークよりも背後に居ると目される魔道士…海の最高神官はアスラームだとにらんでいたが …に警戒しているのである。サクロニアの伝説の魔道士がジークを操っているのであれば、これは大変な問題といえる。下手をすると帝国の魔法的な心臓部が揺らぐような事態と言えないことも無い。もっとも他にもどんな下心があるのかは判ったものではないのだが …
 まあ、いずれにせよこの女神官さまは快くクレイたちの質問に答えてくれた。といっても…かなりの困惑と共に、である。
 
「それは…大変危険なことです。過去に…それもあの魔道皇帝の時代に戻るというのですか…」
 
 なぜ彼女が困惑したのかというと、これは非常に単純なことである。過去に戻り冒険をする、ということは下手をすると過去そのものに影響を与えてしまう可能性がある。つまり…過去を変えれば現在までその影響が及ぶのである。もちろんその波及効果や…そもそも本当に過去を変えることが可能なのかですら判らないのである。「過去に戻ることは可能」なのだが、それはまるで大きな川の流れに飛び込むようなもので、結局は何をしようが何も結果は変わらないのかもしれない。とにかく不確定要素が多すぎるのである。
 それに、もう一つの問題は戻る時代が悪い…帝国が一番混乱した、そして忌み嫌う時代「魔道皇帝時代」だというのである。「機械宮殿」という名の…明らかに混沌神が帝国を占拠した時代である。そこにわざわざ向かったジークとそれを追うというクレイ…最悪の事態になれば、現代にこの混沌神「機械宮殿」がよみがえるということになりかねない。これはさすがの海の最高神官が渋るのも無理も無い。
 
「そうです、海の御方…あまりにも危険なたくらみです…だから… 」
「…判っています。」
 
 大魔道士に支援されたジークを阻止するためには、その目的地である過去への扉か…最悪でも過去世界で待ち伏せするしかないのである。それに…不気味な隷属の鎖教団の動きも気になる。
 
「…判りました、クレイ殿…過去への門のありかを御教えしましょう。」
 
 海の最高神官は意を決した。そして…引き出しの中から羊皮紙を取り出し、クレイにそれを手渡したのである。

*     *     *

 というわけで、再びクレイたちは上方世界に上った。当然ながらヴィドの飛空船で、である。
 
「こりゃ、星の領域ですなぁ…えらく深いところですな。」
 
 ヴィドは羊皮紙にかかれた地図を見ながら感心したように言っていた。星の領域…というのは、上方世界でもかなり奥の方にあるところで、「星の神々」が住んでいるというところである。「天空のさそり」「大いなる大三角」「龍の牙の灯火」などの星座の神々がそこにいて、地上を見つめているのである。
 ヴィドの飛空船は次第に真っ暗な空間に入っていった。星の世界…というのだから夜の闇に包まれた空間なのだろう。確かに周囲…まあ、かなり遠くにだが… 星のような光が瞬いている。まあ、確かにロマンチックといえばロマンチックなのだが、見方によれば恐いような気もする。
 
「この先に…過去への門をまもる星の神々がいるということだ。」
 
 クレイは海の最高神官に聞いたとおりにみんなに説明した。星の神々、というのはあまり地上界には知られていないが、星占いをする人々にはなじみが深い。その中で帝国女神につながりがある「大いなる大三角」星座の神が、この過去の門を守っているのである。
 
「あっ…向こうの方に確かに明るい星が有りますな。あれですかねぇ?」
「俺にも判る。強力な魔法力が前の方にあるな。」
 
 ナギがお得意の霊視能力で前方の「星の神」と「過去への門」を見つけ出した。間違い無かった。あれこそがジークの目的地、そしてシザリオンの時代へと続く時間の扉だった。光り輝く星と、その向こう側にある神秘的なヴェール…それが時間の扉だったのである。

*     *     *

 星の神の一人「大いなる大三角」は、クレイが誰であるかをすぐに理解したようだった。つまり帝国女神の最高神官…そしてエピックヒーロー・ガイアードの後継者として認識したのである。
 星の神は光り輝く姿をあらわして、クレイたちを出迎えた。ちょうど…光り輝く羽を持った戦士風の姿だった。
 
「クレイ・クレソンズ…良く来た。おまえのことは知っている。」
「星の神…ありがとうございます。」
 
 クレイは丁寧に礼を述べた。星の神は大体のいきさつを既に聞いているようである。恐らくは海の最高神官あたりから連絡が行っているのだろう。
 
「ジークという奴が…この扉を破るためにやってくるらしいな。」
「そうです。恐ろしい魔力を持っています。半神といってもいいでしょう…」
 
 クレイは星の神にいきさつを改めて説明する。ジークの恐るべき戦闘能力と魔力は、連絡で聴いていたのと実際に対戦したものの口から聞くのとはかなりギャップがあったらしい。星の神は次第に危機感をあらわにした表情を浮かべはじめた。
 最後にクレイがスカールという名を出したときに、星の神は眉を吊り上げた。
 
「スカール?!スカールだと!?本当なのか?」
「間違いありません。あの大魔道士…サクロニアのエピックヒーロー・ダンと戦ったあの魔道士スカール…それがジークの背後にいるのです。」
 
 クレイが畳み掛けるように言うと、星の神はショックを受けたらしい。神々といえども大魔道士スカールとなるとさすがに慌てたらしい。伝説の、混沌の力すら自在に操ったスカールが相手となると…並の神一人では(星の神も、格としては普通の神である。大神というほどの力はない)スカールの巨大呪文と呼び出す魔神の連合軍とを相手にするのは荷が重い。
 うめくように星の神は言った。
 
「それでは…私にどうせよと?」
「…スカールは俺達が引き受けます。万一魔神を呼び出したときには…お願いします。」
「わかった。それしかあるまい…」
 
 星の神はクレイにうなずいた。他に手はないのである。スカール/ジークと魔神をいっぺんに相手にするためには、こっちも連合軍を組むしかない。
 というわけで、クレイたちは星の神「大いなる大三角」といっしょに、ジークの来襲を待ち受けることになったのである。
 ところが …

*     *     *

 ところが、ジークはなかなか来なかった。いや、時間の流れのあいまいな上方世界「星の世界」では、実際はたいした時間が経っていないのかもしれない。しかしとにかくジークが来るより先に、もっと困った相手がやってきたのである。
 
「誰かが来る!」
「なにっ!あれは!!」
「ちっ!ジークよりたちが悪い奴じゃねぇかよ!!」
 
 思わずタルトは悪態をついた。ジークより先にやってきたのは一人ではなかったのである。大集団…人数は数十人ともなれば、もうここ上方世界では軍隊ともいっていい。それぞれが上級職レベル以上で、何人かは明らかに強力な魔神だった。その中央に僧服の柔和な顔立ちの男がいる。身の丈ほどもある支柱に、鎖のシンボルが描かれた旗が吊り下がっている。おそらくは軍団旗のようなものなのだろう。軍団旗の先端には鈍色の球体が設えてある。
 ヴィドには、中央にいるその神官らしい男に見覚えがあった。そう …

「まさか…あのお方が自ら…」

 その男は灰色の肌をしたエルフ族のような姿をしていた。僧服と高い司教冠のようなものを被り、鎖と枷をモチーフにしたロザリオのようなものをつけていた。とてもこのような戦場にふさわしい姿ではない。しかしその身に帯びている狂気の入り混じった神性力は、その男が見かけとは違い、恐るべき存在であることを暗示していた。
 ヴィドは消え入りそうな声で言った。

「最高神官…マヌエル猊下!」

 そう、それは隷属の鎖の最高神官マヌエルだったのである。
 

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