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35.「それでいいんだ、クレイ…」

 さて、タルトの想いはともかく、他の連中は、それはそれで決して冗談をいえる状態ではなかった。何せ、今までかなりの部分パーティーを引っ張ってきたところのあるナギの爆弾発言である。裏切りと取られても仕方がない。
 元々ジークという男に関しては、パーティーの中でも敵意と好意が異常なほど入り交じり、評価が分かれていた。悲劇の勇者として同情する声、リンクスをめちゃめちゃにしたという点で非難する声…とにかく強敵なのだが…それだけに人となりには評価が分かれるのである。

 そもそもこの争いに関与したがっていないヴィドや烈の対応は極端である。ヴィドは、最初からこの戦闘空域には身を置かず、かなり離れたところで何かをしているようである。恐らくは「地上界の鎖の都」のルードヴィヒにでも連絡を取っているのだろう。確かに彼にしてみれば、マヌエルと直接対決をしたいという気には全くなれないのは当たり前である。下手をすると隷属の鎖教団丸ごとを相手に回してしまう…ギルド全体が影響を受けるような事態になりかねない。
 烈に至っては、このパーティーの体をなしていないパーティーに、既にすっかり愛想を尽かしている。もともと烈にとっては、故国ミトラの運命と深く関わっている可能性のあるクレイだけが関心事である。仮説や妄想ばかり語る彼らを見ると、クレイ以外を敵の手を借りて排除したほうがいいとすら考えはじめているほどだった。ただ、その妄想や仮説が、この恐るべき戦いの中では現実のものになりはじめていることが、烈にこの冷酷な決断に踏み切らせなかったのであるが…

*     *     *

 一番参ってしまったのは、当然ながらクレイである。クレイ自身はかなりジークのことに同情したり…複雑な感情などを抱いている。しかしそれでもこういう形で反旗を翻されると、参ってしまうのは当たり前である。現状のクレイの立場から考えるとどちらの側にも「結界を破ってもらっては困る」のであるが、感情は敵はマヌエルだとはっきりと言っているのである。それに、それ以上に…実際のところはクレイこそが、この結界の向こうの世界を一番知りたかったのだ。
 
「とにかく、俺はマヌエルを倒すべきだ!あの鉄弓をあいつに持たせるわけにはいかない!」
 
 確信を込めて言い切るナギの勢いには誰もが説得力を感じざるをえなかった。確かにあの鉄弓をマヌエルが持っている限り、奴は何度となくこの「時の門」を破ることを試みるだろう。そして、いずれは破られる。受け身では必ず負けるのである。それならあいつらではなく、クレイたち自身がこの結界を開き、その向こうにある真実を見つけ出す…それ以外に方法はないのである。そのためにはまず、ナギの言うとおり、まず危険な最高神官マヌエルを倒しておかなければならない。 
 しかしそれはそれとしても…特に烈などはそう考えていたのだが…あの不気味極まる最高神官マヌエルと目の前のジークとではどっちが戦いやすいかといえば、当然ジークである。ジークは背後にスカールという強大な魔道士がついているといっても、やはり戦士だったし、行動もそうである。動物的というべきなのである。
 それに比べてマヌエルは何を仕掛けてくるかさっぱり判らない。それに、パーティーの主目的の一つである「リンクス救出」は、ジークが最大の障害であり難関なのである。理性的に…リンクス救出だけを考えれば、目の前のジークを倒すのが正しいということになるだろう。
 ましてやナギの宣言通りジークと組む…ジークといっしょに旅をするとなると、この恐ろしいほど獣的で危険すぎる戦士に振り回されてしまう…少なくとも烈やヴィドはそれをはっきりと嫌がっているのは明らかだった。
 だからこそこれほどまでに意見は割れ、もめてしまった…そしてまるで膿が弾けるように、こういう事態にまで至ってしまったのである。

*     *     *

 クレイは愕然としていた。
 
「まいったね…」

 一つのパーティーとしてまとまらない自分達を自嘲する気はなかった。ナギを責める気もなかった。なぜなら、クレイ自身も迷っていたからである。
 帝国民として、サクロニア民として…ギルドやミトラまで。立場の違いが大きすぎる彼らが、一つのパーティーとして今ここにいる。そのことだけで十分に奇跡的なことなのである。迷っても当然だろう。
 クレイは歴史の流れを書き換えようとするならば…たとえどのような立場の奴だろうと、それは絶対にしてはならない事だと信じていた。マヌエルが過去へ向かい、そこで魔道皇帝の秘密を手に入れてしまえば、それだけで何が起きるか…魔道皇帝が復活してしまうことになるかもしれない…
 だからこそクレイはこの「扉」に急行したのだし、他のみんなもそれだけは納得してくれるはずである。それが彼が標榜する、唯一妥協可能そうな旗印のはずだった。
 しかし…現実は違った。パーティーの誰よりもクレイ自身が、それが自分の追い求めている何かと違っていることを知っていたからである。そう、違うのだ。
 
 クレイは知りたかった。知らねばならない。クレイ自身を探すために…シザリオンの事を。シザリオンが帝国に何を見、何を知り、なぜ自ら背教者と呼ばれるような事をしたのか…それがクレイの運命とどうつながっているのか…あの時代になにがあり、そしてなぜクレイはこんな力を持つ半神に生まれ変わらされてしまったのか…その真実を …
 パーティーの総意でも何でもないが、少なくともクレイ自身にとってもナギの暴言は渡りに舟だった。しかしその手段は、クレイの掲げた旗そのものを否定していた。

(俺の意志を固めないと、パーティーの目標云々という話なんてできやしない。)
 
 クレイは必死になってジークをかばうナギ、そしてあまりのことに血相を変えるヴィドをみて思う。
 
(俺は少なくとも、こいつらが過去を変えようとしているわけではないと思う。)
 
 クレイはまるで周囲の喧騒が聞こえないかのようにそう思った。少なくとも今のクレイにはナギとヴィドの口論はどこか他の世界の出来事だった。
 
(いや、そう信じる。サクロニアや中原に依る奴が、もし帝国の消滅を試みるならば…俺の終わらざる一生と引き換えに償えばいい。俺は、彼らを信じるのだから…みんな。それに、リンクスを愛するジークという男も。)
 
 だからできれば、ジークの首に鎖をつけたかった。信頼という鎖を…。奴を信じる事が出来れば、奴のために後に俺がどんな目にあおうと諦めもついただろうに…
 
(ナギを、そしてジークの”リンクスを愛する部分”を信じる…俺は…今…)

 支離滅裂な思考が、クレイの中で反響する。信じる…信じたい…言葉にならない思いだけが、断片となってクレイを苦しめていた。
 その時…彼はある男を突然思い出した。

(ランドセイバー…?)

 その記憶は明確なイメージとなってクレイの脳裏に蘇る。グレーと青のツートンカラー、そして情熱的なゴーグルの反射光…帝都、そしてイックスシティーの街並みと一つになって、鋼の探偵の姿がフラッシュバックする。痛みとともに…

*     *     *

 タルトからランドセイバーの死を告げられたとき、クレイは無反応だった。いや、クレイは鋼鉄精霊の探偵の姿を思い出さなかったのだ。なぜならクレイにとって、あの強い意志のこもったゴーグルの輝きは、苦痛なしに思い出すことができなかったからである。
 ランドセイバーはクレイにない明晰な判断力と、皆の夢を背負うことができる広い背中を持っていた。たた、だからこそセイバーの記憶はクレイにとっては辛すぎる。あの鋭い推理と強靭な意志…クレイは自身の弱さを見つめられているような気がして、その痛みに耐えられなかったのである。だから彼はセイバーに会うのを恐れた。夢の中ですら会うのを恐れ、記憶の奥底に封印していた。
 それが…今になって何故?

(なぜ、お前は死んだんだ?)

 クレイは今になってようやく、ランドセイバーの死の重みがわかってきた。今クレイが背負わなければならないもの…バラバラになりかけているパーティーの、心の重み…それはかつてランドセイバーが背負っていたものだった。絶望的なイックス包囲戦の中でも、あの鋼の探偵は重荷を背負い続け…そして力尽きたのだ。

(俺はどうすべきなんだ?セイバー)

 ランドセイバーの幻はクレイに何も語らない。クレイの記憶の彼方に存在する幻だった。問いかけてみても何も答えなかった。当然だろう…クレイは答えを恐れていたからである。
 代わりにクレイが見たものは、ランドセイバーの背負う、重荷そのものだった。レムス、タルトやリキュア、相棒であるセミーノフ、そしてクレイ自身…仲間たちの想いや夢が、この鋼鉄の精霊の肩に鎖となって絡みついていた。セイバーに話せはアドバイスしてくれる、そしてきっと答えが見つかる…そんな想いが鎖となって、ランドセイバーをがんじがらめに縛っている…あたかも、今なおクレイやジークの魂をしばりつける、隷属の鎖の悪夢のように…

(セイバー…お前は皆の願いの奴隷だったのか?)

 それは今のクレイの姿だった。背負わなければならない重荷が、クレイを今も奴隷にしている…ジークの言うとおり、彼は人ではなく、奴隷…
 
「俺は所詮、人じゃねぇのかな…」
 
 小声で言い放つと、続いてクレイは今にも泣きだしそうな笑顔で叫んだ。
 
「邪魔するな、バカヤロー!」
 
 クレイは目の前のジークに背を向けると、突然マヌエルへと一直線に突っ込んでいった。
 
(やるならうまく……バカどもの邪魔が入らないようにやってくれ。やらないなら……帰ってくれ、みんな。あと、ヴィド。すまねぇな、巻きこんじままいそうでよ。立場もあるだろうに…)
 
 その一言を言い出せない自分が、クレイには辛くてたまらなかった。
 幻のランドセイバーは、しかしそんなクレイの姿を見て、穏やかな少し笑みを浮かべていた。

(それでいいんだ、クレイ…いつか、わかる…)


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