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29.「ジークに…よろしく」

 ジーク…いや、魔道士スカールは驚くタルト達に静かにうなずいた。その表情はさっきのジークの荒々しい、しかし見慣れるとかわいらしいところもある表情とはまったく違う。そう…大魔道士にふさわしい穏やかな…そして堂々としたものだった。
 スカールという名に…タルトは聞き覚えがあった。そう、さっき思い出したばかりといってもいい。ジャコビーがワイズマンの正体を彼に話してくれたときのことである。

「ワイズマン、つまりあの大水晶はね…もともと昔、あなたたちの賢者アスラームが『スカール』という魔道士と、彼が手にしていた混沌神ヴォスバルを封じ込めるために作ったのよ。」

 ワイズマンの正体…それは混沌神ヴォスバルを操った「大魔道士スカール」 …もし目の前にいるジークがスカールだとしたら、それは彼とジャコビーが封じ込めたはずの「ワイズマン」の主ということになる。
 スカールは優しそうな目をして彼らに言った。
 
「案ずることはない。私は…その石を開放したりする気はないよ。それは…君のものなのだから…」
「でも、おまえは混沌神を操る魔力を持っているんだろ!?」
「…そう、そうかもしれない。君たちから見ればそう見えるかもしれない。」
 
 スカールは…ジークの姿なので何か奇妙な感じもするのであるが…少しさびしそうな表情をした。しかしタルトはそんなスカールに言った。
 
「ジークを放せっ!あいつを自由にしろ!」
 
 魔道士スカールがジークの体を奪い、憑依している…そうタルトは確信していた。だから何度かジークと戦ったとき、ジークは信じられないほどの強大な魔力を使ったのである。
 しかしこの無骨な、悲しすぎる勇者をこれ以上食い物にする奴のことをタルトは許せなかった。
 ところがスカールは静かに言った。
 
「私は…ジークを操ったり、体を奪ったりはしていない。」
「うそをつくな!」
「…私はもう…いないのだ。死んだ人間だ…あのエピックヒーロー、ダン・スタージェムに倒され、眠りに就いたのだから…」
 
 エピックヒーロー、ダン・スタージェム…大脱出を敢行した英雄…そうだった…スカールはダンの宿敵だった。しかし…何か目の前にいる魔法使いの声は穏やかだった。
 
「ジークの中に…私の記憶があるだけだ。私は…ジークの中で眠っている。彼の…たった一つの願いをかなえるために…私は彼の身に宿った …それだけだ。」
「…」
 
 タルトはスカールの穏やかな瞳に何も言えなくなった。スカールは…伝説に聞く「悪の大魔道士」とかそういうのとはまったく違う。ジークと同じようにどこか切ない…悲しい瞳をしている。その瞳にタルトは何も言えなくなった。
 
「リキュア…どう思う?」
「…何ともいえないわ…でも…」
 
 リキュアも同じ事を感じているらしい。戸惑いが彼女の面を満たしている。タルトは再びジーク…スカールの方をむいた。するとスカールは…ますますタルトが困惑するようなことを言った。
 
「その石を貸しなさい。とにかくここから出よう。」
「…」
 
 タルトはかえって白い石を握り締める。もし…相手が万が一…邪悪な魔道士であり、「混沌神ヴォスバル」とともに封じられていた奴だとしたら、それこそこの石を貸すことは野に虎を放つようなものである。しかし …
 実際のところ、タルトにはこの石の使い方が判らなかったのである。
 
「…ジークは…君達のことを心配している。私だから判る。ここから君達を出してやりたい…そう彼が思う心が、私を目覚めさせたのだ…」
 
 スカールは悲しそうにそう言った。「ジークが君達を心配している」…殺し文句ともいうべきその言葉が出てくるとタルトは迷う…迷わざるをえない。唯一の争点は…スカールが信用できるか…だけだった。
 遂にタルトは決心を固めた。
 
「わかった…貸すよ。ただ、この地下迷宮から脱出したら、すぐに返してくれ。それから…ジークを早く放してくれ。」
 
 スカールはうなずいた。そしてタルトからその石を受け取ると目をつぶり…静かに呪文を唱えはじめたのである。

*     *     *

 スカールの呪文に応じるように白い石がまばゆく光ると…意外なほど簡単に彼らは外に出た。混沌の魔力とか…そう言う風な感じはまるでない。ただ…単に「外に出た」という事実があるだけである。
 スカールは呪文を終えるとうなずいてタルトに石を返した。石は元のようにわずかに光を放つだけの状態に戻っている。スカールは静かに…再びリンクスを抱え上げた。
 
「スカール!聞きたいことがある。」
「…聞きたまえ。君たちになら…ジークもいやとはいうまい。」
「…これから…どうするんだ?ジークと、リンクスは…」
 
 外へ出たということで、休戦協定はおしまいである。恐らくスカール、いやジークは彼らの前から立ち去るだろう。リンクスを連れて…しかし、リンクスを連れてジークが何をしようとしているのか、どこへゆこうとするのか…それだけは知っておかなければならない。
 …タルトは、そしてリキュアも…本音を言うとジークを止めることができないことを心のどこかで悟っていた。リンクスを助け出す…しかしそれは、今のままではジークを苦しめる結果にしかならない…タルトもリキュアも、「リンクスもジークも」救いたかった。だから…ジークを止めることはできない …
 
 だが、今のままではリンクスはジークと二人して奈落に落ちたままなのである。だから …

*     *     *

「われらは…今から過去へ向かう。100年ほど前の帝国へ…」
「過去へ?」
「そのとおりだ。皇帝シザリオン…帝国最後の皇帝の時代に向かうのだ。」
 
 タルトはぎょっとした。「シザリオン」…その名前にはっきりとした聞き覚えがあったからである。そう…ジャコビーがあの時言った言葉…ワイズマンとの最後の決戦の直前に …

「シザリオン…そう、あなたはあの人に似ているわ。タルト。」

 あの時からタルトはその名が気になっていた。シザリオン…その男とジャコビーとの間にいったい何があったのだ…そしてそれが帝国最後の皇帝だったとは …
 タルトがじっとスカールの目を見ると、スカールは静かに話し続けた。
 
「シザリオンの時代に…ジークが捜し求めている…灰色の勇者の『神の足かせ』があるのだ。シザリオンの宿敵『魔道皇帝イサリオス』のコレクションとして、ね…」
「それを…手に入れるのか…」
 
 スカールは再びうなずいた。そして右手を動かすと静かに印を結んだ。呪文を使いはじめたのである。
 
「さあ…早くゆきたまえ。そろそろあの魔神ゾアが…われわれが脱出したことに気がついて動き出す頃だ…」
「…そうだな…」
 
 タルトはうなずくと、右手をスカール/ジークに差し伸べた。スカールは微笑むとタルトの手を取った。
 
「ジークに…よろしく。また、必ず会う。」
「…また、必ず…」
 
 スカールはそのまま空中に軽く浮かびあがると次第に姿が薄れていった。そして… スカールの姿が風に消えると、タルトはリキュアの方を向いて静かに言ったのである。
 
「すまない。リンクスを…あいつに預けちまったよ…」
「そうね。でも…仕方が無いわ。戻りましょう。」
「そうだな…戻るか。」
 
 そう言って二人は…瞬間移動で姿を消したのである。

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