見出し画像

28.「私の名はスカール」

 あの「石」といっても、それはただの石ではない。白い…半透明な乳白色の石で、不思議な光を放っている。明らかに…強大な魔法力がその石には込められていることがよくわかる。
 石を取り出したタルトにリキュアはびっくりしたように言った。
 
「タルト…それは?!」
「…彼女にもらったのさ。」
「彼女?…まさか…」
「そ、そのまさか。」
 
 リキュアにもその石をタルトにくれた「彼女」が誰であるのかはっきりと判った。そう…ジャコビー、帝国最強の神将…そして、タルトが追い求めている大切な女(ひと) …
 同じ帝国神将であるリキュアには、その石に封入されている魔力の性質やその巨大さまでおおよそ想像することが出来た。さすがはジャコビー…リキュアはそう感嘆せざるをえない。「月」のルーン…謎めいたそのルーン力によってなにかが封入されているのだろう。
 リキュアがそれよりももっと驚いたのは、いったいなぜ、そしてどこでその石を手に入れたのか、ということだった。いつのまに…というわけである。もちろんリキュアだって、タルトと冒険のはじめからずっと一緒にいたわけではない。
言ってしまえばこの7、8年の付き合いである。だから当然のことながらそれ以前のことは知らないし、いったいジャコビーとタルトがどこまでの間柄なのかまでは… 女の勘を除いては、だが…判るはずも無い。
 
(でも…タルトがジャコビーから物をもらうとか、そういうことがありえるとしたら…そんなに前、ってことは考えられないわ…)
 
 ジャコビーがタルトのことをある程度評価しはじめたのは…どんなに古く見積もってもリキュアがタルトと知り合って以降のこと、としか思えないのである。そう…彼女の記憶では、最初のころのジャコビーのタルトに対する態度は文字どおり「歯牙にもかけない」というべきものだった。最後にジャコビーと出会ったころ… つまりイックスが帝国軍によって滅ぼされる直前頃になってようやく彼女はタルトのことを評価するようになったのである。だから…ジャコビーがこれほどの強力なマジックアイテムをタルトにたくしたとすれば…それ以降、恐らくその時期としか考えられない。リキュアはそこまで考えてから、タルトに聞いてみることにした。
 するとタルトはリキュアに…懐かしそうに話しはじめた。

*     *     *

 イックスと帝国の戦いはサクロニアとカナンの2つの世界の両雄が雌雄を決めるという…激しいものだった。超兵器と神将、そして無数の兵員を要した帝国軍に対して、近代兵器と高度な魔法力で迎え撃つイックスシティー…その戦いの帰趨を決するにあたって勝負の分かれ目になったのはバギリアスポリスの戦いだった。
 バギリアスポリス…魔法学者たちの街であり、サクロニア最高の学府を要した街…この街を巡る攻防戦は軍事的な要素もあったのだが、むしろ魔法的な要素が大きいものだった。つまり…この街を守る巨大精霊である「ワイズマン」を巡る戦いだったのである。
 その戦いの真っ只中にいたタルトやリキュアだからこそ知っていることなのだが… 実はこのワイズマンという巨大精霊は普通の巨大精霊とはかなり違う、危険なものだった。そう、このワイズマンというのは他ならぬ混沌神そのものだったからなのである。イックスと帝国の戦いの決着をつけようと、魔法学者たちの一部が、この危険極まりない計画を密かに準備し、実行に移したのである。正常な神経を持っていれば、世界を破壊しかねない混沌神を使って帝国軍を打ち破ろうなどと考えるものはいない。しかし、魔法学者の中の強硬派は、帝国を打ち破るためには手段を問わなかった。そしてワイズマンを守るためにタルト達…つまりランドセイバーたちに救援を依頼してきたのである。もちろん「混沌神」であるということは秘密にしたままだった。セイバーたちはワイズマンの正体について疑ったが、事体が急を要するということで、バギリアスポリスに飛び、帝国軍と戦ったのである。
 
 そして…その最後の決戦のとき…ジャコビーが現れたのである。
 
 ジャコビーは立ちふさがったランドセイバーたち…そしてタルトにワイズマンの正体を告げた。

「そう…もう一つだけ教えておいてあげるわ。」
「…」
「ワイズマンってあなたたちが呼んでいる…あれだけど… あれは本物の混沌神よ。」
「!!!!!」
「ワイズマン、つまりあの大水晶はね…もともと昔、あなたたちの賢者アスラームが『スカール』という魔道士と、彼が手にしていた混沌神ヴォスバルを封じ込めるために作ったのよ。」

 ジャコビーは静かに彼らに告げた。やはり…という感慨が彼らの間に駆け抜けた…あの時のことはタルトは一生忘れないだろう。そう…今から考えてみればあの瞬間にイックスの陥落と…彼の親友ランドセイバーの死が決まったのである…
 もちろんタルトにせよリキュアにせよ、それがジャコビーのせいだとかそういう風に考えてはいない。焦りのあまり魔法学者たちが触れてはいけないものに手をつけたのは事実だし、セイバーの死は、タルトから見ればまるでイックスという街に殉じたという気がする。だから …
 
 とにかく、そのあとジャコビーはワイズマンとの最後の決戦に向かった。セイバーたちに立ち去るように告げて、彼女はたった一人で戦いに望んだのである。
 いや …

*     *     *

「しかし、俺は…彼女を一人で戦わせることはできなかった。俺はセイバーたちとは違う…ルーン力がある。彼女を孤独な戦いに送り出したくなかった。」
 
 タルトはそういってうつむいた。タルトは…ランドセイバー達とは違う。「移動と変化のルーン」…宇宙の構造の一つのであるルーン力が彼の霊魂のなかに息づいている…小さいながらも半神なのである。だから、タルトは逃げたくなかった。それは運命に与えられた力 …
 だからこそ一人で戦おうとするジャコビーを一人でゆかせたくなかった。
 
 彼は密かに姿を消した。ジャコビーを追ったのである。
 
「…タルト…なぜ来たのだ?!」
「君を…一人にできない!一人で戦うなんて悲しすぎる!」
「…!?」
 
 ジャコビーは驚いたような表情を示した。タルトはそんなジャコビーのからだを無意識のうちに抱きしめた。ジャコビーは…そんなタルトを拒まなかった。
 ただ、たった一言だけ彼女は言った。
 
「あなたも…あの人と、同じ事を言うのね。」
「…!」
「シザリオン…そう、あなたはあの人に似ているわ。タルト。」
 
 そういって彼女はタルトの前から離れた。慌てて後を追おうするタルトに彼女は言った。
 
「いいわ、タルト!自分の身だけは自分で守って!ルーン力を全開にするのよ!」
 
 そしてジャコビーはタルトとともに光の渦に…混沌神ワイズマンに挑んだのである。

*     *     *

「その時に…これは彼女にもらったんだ。」
「…そうだったの…」
 
 タルトが愛する人ジャコビーとともに戦った記念…それがこの白い輝く石なのである。ジャコビーの強大な魔力が込められた石…それが …
 その時リキュアは、ある一つのことに気がついた。さっきから判っていたのだが…この石は「月のルーン力によって何か強大な力を封じ込めたもの」である。
 それでは、いったい何がこの石の中に封じ込められているのだろう?
 
 ところが…その答えは意外なところからやってきたのである。
 
「…その石を…持っているのか。」
「!!!」
「ジーク!?」
 
 ジークは立ち上がり、タルトの手にしている石をじっと見ている。何か今までと雰囲気が違うような気がする。
 
「その石…まさかワイズマンを君が持っているとは思わなかったよ… 」
「ワイズマン!?この石、あのワイズマンなの!?」
 
 要するにこの石はジャコビーとタルトで打ち破り封じ込めた「ワイズマン」そのものなのである。良く考えれば当然といえば当然なのだが、リキュアはびっくりしてしまった。しかし…問題はそんなところではなかった。
 
「リキュア!それどころじゃない!ジークが何か変だ!」
「あっ!…ジーク!…あなたはジークじゃない!!」
 
 ジークは立ち上がったきり、あたかも大司祭のように独特の手のしぐさをしている。そして…いつものような獣的な目つきとはまったく違うなにかがジークの巨体の中に満ちているのだ!
 
「それを…私に貸しなさい。ここから脱出しなければならない。」
「ジーク…おまえはジークじゃない!誰だ!」
「…」
 
 「私に貸しなさい」…こんな言い方をジークがするわけはない。声は相変わらずの野太い、男っぽい声だったが、その響きは戦士のそれではなく、もっと違う …まるで魔法使いの声だったのである。
 ジーク…いや、ジークの姿を借りた誰かは、静かに名を告げた。その名は …タルトやリキュアを仰天させるのに十分だった。
 
「そのとおりだ。私の名はスカール。魔道士スカールだ…」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?