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23.「あんたドジだからね」

 洞窟から出た一行は休養もそこそこにすぐに飛空船に飛び乗り、再びリンクスを探して旅に出た。といっても今度はジークを追いかけるのではなく、リンクスをさらったゾア…つまり隷属の鎖の魔神を追う事になるわけである。相手は人間じゃなくて魔神なのだから…取り付く島がないように見えるのだが、実際のところはそれほど絶望的なわけではない。相手の行きそうなところはたかだか知れている …というか、彼らに想像つきそうなところは一個所しかないのである。
 隷属の鎖の陰の支配者マヌエルの居城…上方世界側の「鎖の都」(同じ名前なのが非常に面倒である)である。
 
 理由は至極簡単で…要するにゾアがリンクスを連れ去ったわけを考えればいいのである。ジークがマヌエルのコントロールを受け付けなくなった理由を知るために、ジークをおびき出すための人質とも考えられるし、ジークがエピックヒーロー創造実験でどこまで到達していたのかを知りたいというのもあるだろう。とにかく別の妙なところに連れていったと考えるよりも、一番知りたがっている人のいるところ…つまり闇の支配者マヌエルの居城に行ったと考えるのが自然である。
 というわけで…彼らは大慌てで再び上方世界に向かうべく、サクロニア→帝国の門→帝都という大回りコースで(これだけで飛空船でも3週間近く時間がかかる)もう一度帝都に走ったのである。

*     *     *

 というわけで…彼らは今度は前回のような大袈裟なセレモニー抜きで上方世界に出発した。「上方世界の鎖の都」を目指してである。幸い(というか…不幸にして)隷属の鎖と取り引きが多いヴィドはマヌエルの居城「上方世界の鎖の都」の場所も知っていた。前回みたいな「五里霧中の」探索行ではなく、ちゃんとした道案内がいるのであるから(それも飛空船付き、という楽珍な旅行なのであるから… )疲れるとか何とかあったら不思議なのだが…そう言うわけにはいかないようだった。何せ今度は「敵地」も真っ只中のマヌエルの居城である。特に元剣闘士奴隷であるクレイにとっては隷属の鎖、というだけで鬼門なのに…という状況だった。いや、クレイだけではない、比較的抵抗感がないのは事情を知らない烈とヴィドくらいなもので、他の連中にとってはこの「鎖の都(上方世界側)」へ行くということは大変な勇気が要ることだった。
 
「見えてきましたぜ、あれがマヌエル様の居城だ。上方世界の『鎖の都』ってわけだ。」
「そうか…」
 
 まるで葬式に行くような表情でクレイはつぶやく。あそこにリンクスがいるかどうかも判らない…しかし、行くしかないのである。奴隷たちの嘆き声と悲鳴が讃美歌として絶えることの無い恐怖の都…それがあそこだった。
 壁はすべて生きたまま塗り込められた奴隷たちと司祭たちによってレリーフのようになっている。恐怖と絶望が生々しく浮かびあがったその姿が恐ろしい…そして四方の巨大な門には4方向に向けられた…これまた大きな神の顔が刻まれている。都市を守る鎖の精霊の姿だろう。さらに正方形の都市の各頂点にはかなり寺院と丸っこい尖塔が有る。従属神の寺院だった。北西の寺院こそ…剣闘士奴隷の守護神「灰色の勇者」の寺院であることはクレイにもすぐに判る。
 
 飛空船はゆっくりとそばの河に着水した。そして飛行呪文で正門に回った彼らの目の前にはその都市が…「鎖の都」の巨大なアーチと無数の塔が彼らを待っていたのである。

*     *     *

 都市に入った彼らは…そのあまりの雰囲気の異様さにショックを受けた。もっともナギにせよリキュアにせよ…タルトもそうなのだが…地上側どころか上方世界の側のこの街すら来たことがあるのである。ナギがジークと初めて出逢ったのもここだった。しかしだからといって彼らが気楽にいられるはずはない。地上側と違って上方世界側の鎖の都は、隷属の鎖神の力がさらに強く及んでいる。町は異様な雰囲気に満たされていたし、うっかり気を抜くととっ捕まって奴隷にされてしまうかもしれないという恐怖感もある。
 
 街に入った一行は、目立たないようにこっそりと宿屋に入った。クレイという見てくれがかなり大きい奴がいるのだが、それはそれとしてもあまり派手なことはしない方が良いに決まっている。特に今回は、間違いなくマヌエルとやり合うのである。用心することにこした事はない。
 とりあえず部屋に入って…いきなり『沈黙の円錐』の呪文で結界を張った彼らは、早速相談に移った。
 
「相変わらずだなぁ…この街は…」
 
 まずタルトの第一声がこれである。まあ、確かに地上側以上に不気味な街だし 、それ以上にいつも「何も変わっていない」のである。まるで時が止まった街、という感じだった。
 リキュアはタルトのせりふを聞いてため息を吐く。彼女は元隷属の鎖の女祭だった…この時間の止まった街こそが、彼女の昔いた世界だったのである。
 
「でも…ここのどこにいると思うの?リンクスは…」
「そうだなぁ…上か、下か…ってところじゃないか?」
「そうね…」
「上ならいいんだけど…下だったら困るなぁ…」
「上、ということにかけた方がいいだろうか…」
 
 クレイやナギはそう言っていたのだが…リキュアとタルトは確信していた。「上」ということはありえない…いるならば、絶対安全な「下」である。
 「上」というのは、要するにこの都市の中央にある大寺院のことである。そこは司祭や特別な客人だけが入ることができる区画だった。当然警戒も厳重である。マヌエルも普段はそこに居るはずである。ところが、それでもまだ「下」よりは侵入も容易だし、何とかならないことも無い場所だった。「下」に比べれば …
 「下」というのは、中央大寺院の地下にある「奴隷調教所」のことだった。
 
 剣闘士奴隷調教所区画は…もちろんそこでどのような訓練と拷問が行われているのかはほとんど知られていない。ただ判っていることは…そこに連れてゆかれた人々は体も心も完全に剣闘士奴隷として調教が完了するまで、絶対に逃げ出すことも…出口を見つけることすらできないということだった。強大な隷属の鎖のルーン力で封鎖されたこの地下区画に一度入ってしまえば、恐ろしいことに出口には絶対にたどり着かないのである。スレイブマスターの手で肉体も魂も奴隷と化すまで…絶対に出られない …
 恐らく…これはリキュアの推論でしかなかったのだが…スレイブマスター達が施す調教というものが魔法としての効果を持っているのだろう。捕らえられた若者は調教という名の魔法によって、次第に肉体や精神が隷属の鎖神そのものの力に侵されてしまうのだろう。…つまり、この封印はその「隷属の鎖神」の力を完全に植え付けられ、完全に隷属の鎖神の奴隷となったものだけに反応して扉が開く、というものなのである。これではたしかに絶対に出ることができないというのは当たり前である。もちろん隷属の鎖神自身の巨大なルーン力を無効化するようなとんでもない力を持っているのなら別だろうが…それはちょっと考えにくい。
 
 で…リキュアにせよタルトにせよ…リンクスがここにいると確信していた理由というのは…そこが一番安全だからである。今言ったような「恐るべき」牢獄に飛び込んでくるような馬鹿は絶対にいないし、たとえいたとしても出ることができず、いずれは捕まるしかありえない。ということは…この事実がある以上、リンクスを閉じ込めておくのにこれ以上いい場所があるだろうか?スレイブマスター・ジーク以外の…つまりクレイたちのことなのだが…誰がやってきてもリンクスは守れるわけだし、ジークの場合は…これはもう既に剣闘士奴隷で、ついでにスレイブマスターなのだから、この地下調教所にも自由に出入りできるのだろうが(それすらリキュアにも確証は無い)、こいつの場合はマヌエル本人が出向くだけの価値がある、というわけである。つまり、一番肝心な相手以外の誰からも安全だというわけだ。
 それが判っているから…余計に手が出ないというわけなのである。
 
「それじゃ、俺が偵察してくるよ。」
「タルト!あんた一人でゆくつもり?」
「…ああ、そのつもりだけど…」
 
 リキュアはタルトの表情を見てとっさに悟った。タルトはまず間違いなく「地下調教所」にゆくつもりなのだ。どういう秘策があるのか…ちょっとリキュアには思い付かない。むしろ元隷属の鎖の神官で、今でもある程度彼らの呪文を使うこともできるリキュアが行った方がまだ可能性があると思える。ただ、長年の付き合いのタルトだから、少なくともリキュアにはタルトがこの作戦を譲る気も中止する気もないということだけはわかっていた。何か強い理由があって、無謀と知りつつもタルトはこの奴隷調教所に挑むつもりなのだ。
 それなら…余計タルトを一人でゆかせるわけにはいかない。
 
「あたしも行くよ。あんたドジだからね。」
「…ひでえ言い方…」
 
 リキュアは冗談めかして言っているが、目はあくまで真剣だった。タルトは …リキュアにはかなわないというように頭を掻くと、うなずいたのである。
 

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