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33.「ジークとは俺が戦う」

「そりゃまあ、マヌエル殿と戦えといわれても困りますな。」
 
 マヌエルと戦闘せずに済んだということで、一番ほっとしたのはヴィドらしかった。これは当然といえば当然である。隷属の鎖教団とも取り引きが有り、かつ地上側の最高神官ルードヴィヒの計らいでパーティーに参加したヴィドである。とてもじゃないがその隷属の鎖の大神官と戦う気にはなれないのは無理もない。
 ヴィドだけではなく、烈もそうだった。
 
「悪いですが拙者もそう思います。マヌエルと戦うことはほとんど意味がない。そもそも相手の目的が判っていないのです。」
 
 烈の指摘は重要だった。ジークの目的はある程度は判ってきたのだが、その背後に姿を見せてきたマヌエルの目的は皆目見当がつかない。「赤砦の鉄弓」を入手して、この時間の扉にやってきたという行動から見ると、ジークと同じように過去の…シザリオンの時代にゆこうと思っているのだろうが、そこでいったい何をしようとしているのかとなると…全く情報がない。
 
「ただ…どうせろくなことではないな。」
 
 クレイがうめくように答えた。それは烈にせよ誰にせよ同じ意見だった。そもそもマヌエルがジークを送り出した理由は、ジークという手足にエピックヒーローを作らせる実験をするためだったし、リンクスを奪い去ったのもそうである。
 ただ、どうも奇妙なのは…制御できなくなったジークをおびき出すための罠が、意外と甘かったことである。つまりあっさりリンクスを奪い返すことが出来た、ということだった。まあタルトには悪いが、ジーク…そしてその同盟者スカールを相手にするには、いささか防備が甘いといってもいいかもしれない。もちろん相手がスカールである、ということを知らなかったといえばそれまでだが、少なくともマヌエルの連れていた魔神ゾアはそれらしいことに気がついていたような様子がある。
 
「まあ、あの魔神がマヌエルと本当に仲がいいのかどうかは…判らないけれどさ」
 
 タルトのいう考え方もあり得る…つまり、マヌエルと魔神がライバルだったとか、そういう場合はいささかややこしい、という意味である。もう一つの仮説として、マヌエルは今更ジークにそれほど関心を持っていないのかもしれない。

 赤砦のあの鉄弓がマヌエルの手にわたった理由やらなにやらは、こうなってしまうとマヌエル自身…もしくは周囲の目撃者(もし居るのなら)に問いただしてみないことには判らないだろう。そしてマヌエルがそれを使って…そしてわざわざこの「過去への扉」まで出向いて何を企画しているのか…こっちの方は是が非でも調べないと大変な問題になる。単発の「エピックヒーロー創造実験」(単にというにはあまりに大変な話だが)ならばいい。ただ、どうしてもそれだけとは考えることはできなかった。もっと…大変な企画をやろうとしているとしか… 考えることはできなかった。
 ナギに唯一思い付くのは…魔道皇帝の秘密しかなかった。
 
「…魔道皇帝だ。」
「魔道皇帝の?どういうことなんだ?」
「魔道皇帝がもっていた…謎の魔法力を手に入れようというんじゃないのか!あれなら…」
 
 クレイも、他の全員もびっくりした。記録では魔道皇帝の魔力は混沌神の力を使った恐ろしいものである。正気の奴なら手をつけようとは思わないだろう。あまりの発想にリキュアは首をかしげる。
 
「でも、それって混沌の力なんでしょ?」

 しかしナギは反論した。

「わからない。誰も本当のことは知らない。それに、もしそうなら逆に魔道皇帝を倒したシザリオンの力を手に入れればいいんだからな。どうころんでもマヌエルは損をしない。それに…多分…」
「それに?」
「『クレイと同じように』当時からあいつは…マヌエルは生きていたんだぞ… マヌエルはそれがなんだかある程度知っているんじゃないのか?」
 
 クレイは一瞬真っ赤になった…そう、クレイが生まれたのは今から百数十年前、それから剣闘士になり、ルーン力に目覚めて、その副作用で 百年もの間氷の棺の中で眠っていたのだ。だからクレイはシザリオンの時代をわずかな期間だが生きていたのである。そしてマヌエルもそうだった。魔道に優れたあの怪人は、百五十年前から当然生きていたのである。魔道皇帝の魔道も、そしてその力の源も…うすうす知っていても驚くにはあたらないだろう。ただ、今までは何か条件が欠けていて、手出しできなかっただけだ。
 それがおそらく「赤砦の鉄弓」…そうでなければ今更急にマヌエルが手勢を率いて動き出すとは思えない …
 つまり、要約すれば「赤砦の鉄弓を手に入れたマヌエルは、かねてからぜひ手に入れたいと思っている魔道皇帝の力を手に入れようと作戦を開始した。赤砦の鉄弓はその鍵になるのである。」ということである。
 しかしそんなナギの意見に、烈は冷たくコメントした。
 
「想像の域を出ませんな。想像力巧みな方だ。」
 
 烈は厭味しか言いようのない言い方で彼らの説を評価する。実際のところ、烈というニンジャはクレイが閉口するくらい難しい奴のようだった。普段は無口でほとんど自分の感情を出さないのに、一言言い出すと辛辣なこと極まりない。何を目的にパーティーに加わったのかも良く判らないのだから、気持ち悪いの何の、というわけである。
 しかし烈から見れば、クレイ達の発想や行動の方が「とっぴ」で「根拠も無く」「気まぐれ」でしかない。戦士であるクレイが感情主体の発想をする事自体はともかく、さらに全員を危険に巻き込みかねない判断をして、それを何も感じていないというところが、烈にとってはいらいらするものだった。ニンジャというものはロマンチストでは勤まらない。これ以上無いくらい現実主義者でなければならないからである。
 とにかくこの仮説はあくまで状況証拠ばかりからの推測だった。少なくとも烈はそんな仮説で作戦行動を決定するのは反対だった。
 
「だったら…どうするつもりなんだ?烈」
「しばらくはジークを待ち受けるべきです。マヌエルは敵かどうかすら判らないのですから。」
「…ジークに的を絞れ…か…」
「クレイ様がお嫌なら仕方がありませんが…」
 
 烈はまた殺し文句を言った。これがクレイにとっては一番嫌なのである。「クレイ様に御仕えするためにミトラから来ました」と、奉公の押し売りで現れた烈だが… クレイというヒーローは困ったことに人に御仕えしてもらうのに慣れていない。
たまらないな、という表情でクレイは黙ってしまう。
 ただ、今のところはクレイもマヌエルを追撃する気にはなっていない。さっきも言ったが、マヌエルを相手にするにはリスクが大きすぎるし、ジークのことを無視するわけにはいかなかったからである。
 
「わかったよ。しばらくはここで様子を見よう…」
 
 困惑丸出しでクレイはその場にあぐらをかいて腰をおろした。

*     *     *

 ジークの出現はそれからすぐだった。
 
「ジーク!!」
 
 ジークとリンクスの姿が戦場に現れると、クレイたちは早速立ち上がって再び戦闘体勢に入った。今度は当初から予想済のことなので対応は早い。
 とにかく相手はもう親しいといっていいほど良く知った相手だし、手の内もお互いにかなり判っている。ただ…困ったこととして手の内が判っていてもあまり有効な対応策がないというところが問題なのだが…
 
「やっぱり俺の邪魔をするのか…」
 
 ジークは傍らのリンクスの手を握り締めたままつぶやくように言った。タルトはジークの気持ちが判っているせいで、悲しい気分になるのを押さえることはできなかった。
 しかしレムスはそんなタルトの想いなど顧みる気はなかった。
 
「リンクスを返してください!」
「嫌だ。俺のものだ。」
「リンクスはあんたのもんじゃない!」
 
 レムスは興奮してジークに噛み付いた。こうして見るとレムスはかなり熱しやすい。さっきマヌエルの手に赤砦の弓があるところを見せ付けられたばかりである。最初から興奮状態なのだろうが…いずれにせよこれでは押し問答である。
 ジークはレムスのことなど歯牙にもかけないというように、クレイとタルトの方を見て軽く身構えた。剣闘士らしいしっかりしたフットワークで隙も何もない。リンクスの方もすばやく剣とナイフを構えていつでも戦える状態である。
 
 クレイはこの状態を見て猛烈に迷っていた。さっき烈は「マヌエルとは戦わず、ジークを叩け」という意見だったが、クレイ個人の感情は全くの逆だった。「ジークとは戦いたくない。マヌエルは倒したい」と強く感じていたのである。ジークの悲しい、病的もといえる感情は、クレイにとって同情できるものだったし、事実一歩間違えればクレイがジークの立場だったのかもしれないのである。
 剣闘士奴隷としての忌まわしい調教で心が壊れてしまったジーク…同じ体験をしたクレイには、その痛みは痛いほど判る。だからクレイは、リンクスと同じようにジークも救いたい、狂気から解き放ってやりたいと真剣に思っていたからである。ただ…
 
 周囲を見たクレイは、同じように感じている奴があまりにもいないという事実をはっきりと認識せざるをえなかった。レムスも、烈も、ヴィドも、この「危険な野獣」ジークを生かしておくつもりは全くないのである。
 クレイはそういった意志に引きずられるように、やむなく戦闘を決意していた。ただそれならせめて…自分の手でジークを倒そうと考えざるをえなかった。

*     *     *

 決意を固めたクレイがジークの前に一歩を踏み出そうとした瞬間、クレイの前に人影が立ちふさがった。それは…驚いたことにナギだった …
 
「ナギ!」
「ジークとは俺が戦う。」
「でも…」
「お前は前に戦っただろ?今度は俺の番だ。」
 
 先日の魔道士の地下基地の廃虚での戦いを言っているのである。ジークとクレイはあの廃虚で、乱戦の真っ只中、取っ組み合いをしていた。しかし、個人技の勝負ではクレイはジークに勝てなかった。全体では数の力で優勢だった上に、リンクスを魔神ゾアに奪われたこともあって…ジークは結局彼らに敗れることになってしまったのだが …
 とにかく…クレイの目の前のナギは絶対にひくつもりはないようだった。この格闘家呪術士(反則としか言いようがないが)はジークに匹敵する太い腕で、前に出ようとするクレイを制止している。ナギの瞳を見たとき、クレイにははっきりと判った。
 
(ナギは…俺以上にジークを救いたがっている…)
 
 クレイはもう何も言うことはできなかった。クレイがうなずくとナギはジークの方に向き直る …
 そして…ナギはこぶしを握り締め身構えたのである。

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