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8.「あの女官はカウンタースパイ?」

 新築の大宮殿に行くことになったのはクレイ、レムスのほかにタルト、リキュア、ジーク、そしてヴィドの6人だった。ジーク自身、本当は乗り気ではなかったのだが、レムスが「行くでしょ?行くんだよね。」と、完全に予定事項のように宣言すると、しぶしぶ … 隷属の鎖教団の大司祭スレイブマスターの正装をどこからか持ち出してきたのである。(ジークの正装姿は同じスレイブマスターだったことのあるリキュアですら始めてみるということだった。)といっても、スレイブマスターの正装というのは、これは結構脱ぎ系で、はかまのようなものの上にレザーのボンテージというものである。ジークが着るとたしかによく似合う。
 後の連中に関しては、当然の事ながらヴィドの秘書、レディー・メリッサの尽力で立派な貴族姿に変身したのはいうまでもない。
 ということで、このでこぼこ6人組はそれなりに立派な装束で皇帝宮殿に乗り込んでいったのである。

*    *    *

 帝都の中心部、皇帝の大宮殿は今までとデザインが一変していた。昔は帝国女神の支配する領域である「月」の力を象徴して、宮殿の壁やそのほかいたるところにオパールがはめ込まれた大変美しい宮殿だった。全体的な形としてはサクロニアの古城のような「尖塔がたくさんある」タイプではなく、むしろ真四角な土台に柱が無数に立ち、さらに天井がのっかっている … ちょうど四角いショートケーキのような感じだった。古代の神殿が宮殿になったような感じだった。
 ところが今回新築された大宮殿は、たくさんの丸い … お茶の缶のような建物に、玉葱型の屋根がのっかったような状態のものだった。敷地の中心の建物が一際大きく、そこが皇帝の居城であると言うことが判る。玉葱のてっぺんには細長い触覚のようなものがはえており、壁の感じ(やはり節がいくつもある)とあいまって、昆虫のようにも見える。壁の色も光の加減でいろいろな色に変わるところが、ほとんど玉虫といってもいい。
 クレイはすぐに気が付いたのだが、デザインの基本ラインは … 上空に(相変わらず)浮かんでいる天空城と同じだった。材質とか(天空城は金色に輝く謎の物質だった)節の有無とか … 細部ではちがうのだが、基本的なところは同じだった。ただ、クレイにはどうしてもその細部の違いがアンバランスとなって感じられるのだった。そう、要するに … 「天空城の粗悪な模造品」というのがクレイの感想だったのである。

 そうこうしているうちに彼らの行く手に例のロボット兵が現れた。ブリキのような金属で出来た外観、鳥を思い出させる頭、首や腕は妙に細いが、関節部分は装甲のようなもので保護してある。いかにもゴーレムという感じである

「ナニモノ、ダ」
「帝国女神に使える戦士、クレイだ。皇帝陛下の無事な帰還を祝いに来た。」
「シバラク、マテ」

 ロボット兵には「クレイ」という名は何の意味もないらしい。槍を彼らの行く手に突き出したままである。クレイはいらいらしつつも相手側の反応を待っていた。
 しばらくすると、何を思ったのかロボット兵は槍をひっこめた。そしてクレイ達の行く手を開けて言ったのである。

「オトオリ、クダサイ。ヘイカガ、オマチデス。」

 突然の豹変ぶりにクレイのほうが唖然とするほどである。おそらくはテレパシーのようなもので連絡が入ったのだろう。端からみているほうからいえば気持ち悪いことこの上無いのだが … 通してくれるというものを断る理由もない。
 というわけで、堂々(?)入場を果たしたクレイ達だったが、中に入ってみると、外からみたときよりも余計に「昆虫」っぽさが強いのをみて内心うんざりしていた。
 とにかく壁も、天井も「妙な曲線主体」で、黒っぽい材質で出来ている。天窓とかもあるのだが、そこから入ってくる光が妙に虹色に見える。そしていたるところに … 節 … である。これは誰がデザインしたのか分からないが、やっぱり好きになれるひとは少なそうである。
 クレイ達がおっかなびっくりこうして周囲を見回しつつ中に進んでゆくと、ようやく出迎えのようなものが現れた。それは帝国の貴人を出迎える礼にふさわしく、神将だった。それも …

「クレイ様、よくご無事で御帰還下さいました。」
「 … シザリオン卿!」

 やはり … やはりというべきだったかもしれない。彼らを出迎えたのはあの … 「何者かが取り憑いている」帝国神将シザリオンだったのである。

*    *    *

 帝国皇帝イサリオス陛下は … クレイの見た限り、別段顔の形が変わったとか、背が高くなったとか、そういう大きな変化があるわけではなかった。きれいに整えられたグレーの髪に、皇帝にふさわしい堂々とした立ちふるまい、緋色のマントが良く似合う … 前と同じように穏やかな微笑を浮かべてクレイ達の前に座っていた。

「おお、良く無事に戻ってきた。我らはてっきり貴君がやられたのかと思って恐怖しておった。」
「ご心配かけまして申し訳ない。ギルファーとは … 何度か刃を交えたのだが倒すことは出来なかった。陛下に大変辛い思いをさせた。」

 クレイは相変わらずのたどたどしい宮廷言葉で答える。それが宮廷の(少なくともクレイに好意的な淑女たちには)無骨らしくていいのだろう … 少なくとも前に来たときにはそうだった。

「陛下もご無事で、よかった。この巨大な天空城といい、大変な冒険をなさったと聞く。」
「げにも … しかし、今日はそんな辛い体験の話はよそうではないか。貴君の帰還を喜ぶ宴こそ今宵にはふさわしかろう。」
 
 皇帝はそう言って立ち上がると左右のものにうなずいた。それを合図とするように女官たちが現れ、クレイ達を謁見の間から大広間へと案内していったのである。

*    *    *

 宴会は贅を尽くしたものだった。疲弊しているはずのこの帝国で、わずかに残された贅沢をさらに食らい尽くすのかというような豪華な料理が所狭しと並ぶ。これにはさしものクレイもぎょっとした。

「陛下 … これは?これだけの食料がまだ眠っていたのか?」
「案ずることはない、クレイ殿。これは天空城に蓄えられていた食料だ。間もなく市民たちの手にも届くことだろう。」

 イサリオス帝の代わりに側近が説明する。つまり、イサリオスは天空城をもって来るときに、同時に手に入る食料を運びこんだというのである。そして市民たちが帰ってくるのを待って、それを開放するという予定だった。つまり … 「そもそもどこで天空城を手に入れたのか」という問題は別にして、やましいことは何もない…そういう訳だった。
 そうは言ってもクレイには、目の前に並んだ贅沢な食べ物の数々を見て、やっぱり食欲がひっこんでしまうことはどうしようもなかった。もちろん「それじゃあこんなパーティーなんかしないで、早く市民に食料を配れ」という気もないこともないのだが、それ以上に … 「目の前の料理は本物だろうか?」という気になってしまったのである。「天空城と一緒にやってきた食べ物」である。普通の食べ物と同じならいいのだが … 何か気持ち悪い。食い物に関してはこと鈍感なクレイでも、こればかりは何となく食べたくない、という気持ちになってしまった。
 といっても相手が「皇帝」ともなると、礼儀として多少は口にしないわけにもいかない。左右を見回すと同じように感じているのかレムスはほとんど … 飲み物ばかりで食べ物には手を憑けようとしないのだが、ジークは逆に「毒食らわば皿まで」とばかりに相変わらずの見事な食べっぷりである。まあ、ジークの場合本当に酒が飲めないらしいということも一因となっているのだろう。
 クレイは首を振ると、仕方が無いというようにようやく料理に手をつけたのである。

*    *    *

 さて、こうしてクレイ達が皇帝陛下の御陪食を仰せ使っている間に、タルトはトイレに行く振りをしてさっさと偵察を始めていた。いつもに比べてもかなり慎重になっているらしく、周囲を良く確認しての忍び行だった。
 なぜいつもに比して慎重になってしまうのかというと、ここが皇帝の居城であるという理由ではない。それはそれ、確かに慎重になるだけの理由にはなるのだが、少なくともタルトの場合は … それだけではたいした問題ではない。(少なくとももっとも警戒が厳重な後宮に忍び込んで平気な顔をしているのだから … )
 タルトが今回特に慎重になっている理由は、この宮殿の奇妙すぎるデザインにある。人間の作ったものではないという直感 … それがタルトを不安にさせていたのである。下手をすると、ミイラ取りがミイラになりかねない … ただ単に捕まるとかそういう次元の問題以上の危険がある … そう思えてならなかったのである。
 タルトはしばらく廊下や様々な部屋を確認しつつ宮殿を探検して回る。ざっと見たところでは … デザインがどこか奇妙なことをのぞいてはそれほど変な建物とは思えない。昔ながらの帝国の宮殿らしく、忙しく立ち回る女官と、時々見掛ける神将と、そしてこれは昔はいなかったのだが、例のロボット兵と … それくらいである。(高級官僚は宴会にでているし、それ以外の下級官吏は皇帝の宮殿ではなく、それぞれの庁舎にいるので、こんなところには居ないのである。)
 ただ、これはタルトが無類の女好きだからこそ感じたことかもしれないのだが
 … その女官たちがくせ者だった。どういうわけか無表情に感じるのである。忙しいからにこりともしないというのではない。 … それだって逆に怒った顔とか疲れた表情とか、多少は表情が変化するものだろう。それが … どっちでもない、何とも言い難い無表情ぶりなのである。いくらなんでも気味が悪い …

 タルトはどうも気になって、一人の女官をつけてみることにした。彼女は宴会上から空になった皿などをもって出てきたところである。熟練の忍びであるタルトの存在など全く気づかず、彼女は足早にキッチンのほうへと向かう。タルトはまるで影のように彼女を追い掛けた。
 ところが … 角を曲がったところで、突然忽然と女官の姿が消えてしまったのである。

「!」

 さしものタルトも驚いた。全く気づかれているはずはないと確信できる状況下でのことである。いくらタルトでも驚かないわけはない。

(まさか、あの女官はカウンタースパイ?!)

 はめられたかと … タルトは焦った。もしあの女官がスパイ対策のカウンタースパイだったとしたら、「タルトの存在に気が付いていない振りをして、タルトを罠にかける」ということだってありえるのである。(それにしても相手が凄腕であるという条件下だが … )もしそうだとしたら … 最悪だった。
 一瞬全身から冷や汗が噴き出すような緊張がタルトの身体を走った。ところが
 … 次の瞬間タルトはもっとびっくりするような光景を目にすることになったのである。

 突然タルトの目の前の廊下に光の柱のようなものが現れたのである。とっさにタルトは身を隠してその光の柱を観察した。すると … その光の柱の中から驚いたことに … 女官が … 手に大盛りの料理を盛った皿を持って … 現れたのである。その女官は、明らかにタルトがさっきから付け回していた女官だった。

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