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2.「時代が、代わった」

 隠れ家 … 正確にいうと洞窟に戻ったあと、今度はクレイが(断片的にだが)彼の身の回りに起きたことを話した。もっともクレイが話下手であることは周知の事実だし、それに加えてどうも今回クレイ自身があまり話したがっていないような素振りもある。かといってレムスにしてみれば「はいそうですか」というわけにはいかない。ヴィドが食料工面に出かけている以上、できるだけレムスが状況の把握に勤めなければならない。(ジークにこういうことを期待できるはずもない。)
 クレイは、実は事の中心部に一番近いところにいたはずの人物だった。まず、ギルファーが大軍を率いて北から攻めてきたときには、皇帝イサリオスの軍勢と共に彼も出陣したのだし、そのあと(クレイの説明では)彼は帝都に戻り、こんどは帝国女神神殿でギルファー本人と対決したという。まあもっとも彼は「皇帝陛下がどこでどうやってあの天空城を手に入れたのか」という部分に関しては、皇帝陛下の側に詰めていたわけではなかったので、判るわけもなかった。

「皇帝陛下の身辺護衛に、俺は烈をつけたんだ。」
「烈さんを?」
「烈といえば、あのニンジャのことだな?」

 ジークは少し困惑したように言う。実際のところ、彼はニンジャの烈については、ほとんど何も知らないに等しい。なにせ烈はジークのことを殺せと一番主張した相手なのである。そのジークがパーティーに参加したからといって、仲良くなる要素はほとんど無い。
 とりなすようにレムスは口を挟んだ。

「となると … 烈さんが一番詳しいことを知っているということになるね。」
「ああ、とりあえずそう言うことになる … 」

 そういいながらもクレイは不安そうな表情を見せた。烈といえばすご腕のニンジャだということはクレイもよく判っている。めったなことではしくじったりしない。そう、普通ならである。
 しかし今回、一時は皇帝自身も殺されてしまったのではというほどの敗戦である。幸い皇帝イサリオスは無事だったが、烈がそうだとは限らない。任務に忠実な忍者だからそこ命を捨ててもイサリオスを守り、自分は倒れたのだという可能性すらある。そうだとしたら … クレイの責任である。烈に万一のことがあったとしたらクレイは自分自身を決して許せないだろう。

「烈さん、無事なんだろうか…ジーク 」
「判らん。ニンジャという連中は、めったなことでは死なないというが … 」

 ジークもレムスもそう言いながらも不安感を隠せないでいる。ジークにしてみれば別に烈などほとんど知らない間柄なので、どうでもいいはずなのだが … それでも事の重大さだけは認識しているようだった。

*    *    *

「それで、お前はその後帝都に舞いもどって、蛮族の王 … ギルファーとかいうやつと対決したんだな?」

 ジークは確認するようにクレイに尋ねた。とにかく、クレイの見てきたことの流れだけでもはっきりさせたいのだろう。クレイは苦笑いを浮かべてうなずく。

「ああ。こっぴどくやられたよ。」
「お前が?格闘でもやったのか?」
「いや、剣と魔法での勝負だった。」
「 … 」

 ジークはわずかに目を丸くした。クレイが「負けた」というのは、まあこれほどまでのひどい怪我の様子を見れば有り得ないことでもないだろう。それに、ジークは何度もクレイと戦って、少なくとも格闘技ではクレイより上だという自信はある。しかし、「ガイアードの剣」を振りかざしたクレイとなると、いくらジークでも辛い。勝てないだろう。
 そのクレイが「剣と魔法で」負けた、こっぴどくやられたというのである。ジークはその蛮族王ギルファーという男がどれほどまでとんでもない相手であるのか、わずかに理解できた気がしたらしい。かたわらのレムスよりも、そういう点では(クレイと直に対決した間柄だけに)事の意味が理解できているだろう。

「そんな奴が、ただの王だというのか?」
「どういう意味なんです?ジーク。」
「レムス。クレイは普通の人間だと思うか?」
「 … そりゃ、その … 」

 そう言われてレムスも口ごもる。はっきりいうとクレイは、性格とかそういう人間的な部分では、どこにでもいる平均的な青年である。恋もしたいし、腹だって減る。剣闘士とかそういった辛い体験がクレイを深く傷つけているだけに、いろいろ普通の人と違った物の考え方をすることもあるが、概していえば普通の … そう、あまりに平凡な、ナイーブな青年なのである。
 しかし、そんな平凡な青年の身体に恐ろしいほどの巨大な力が、それも人間性とは全く反対の力、獣と氷河のエネルギーが宿っている。それがクレイを苦しめている元凶といえば元凶なのだが … ともかくクレイがそういう意味で「半神」であることは … いかにレムスといえども疑ってはいなかった。

「そのクレイがこれほどひどくやられた … レムス、俺には信じられん。」
「 … じゃあジーク、そのギルファーっていう相手は … 」
「ああ。とんでもない怪物か … 」
「 … 」
「神そのものだ。」

*    *    *

 クレイの話は、相変わらず断片的で、あまりはっきりしたことが判るとは言えなかった。少なくともレムスにはそう感じられたのだが … 不思議なことにジークに得心したようにうんうんうなずいている。同じような体形だから頭の構造も似ているのかな、などと思えてしまうくらいだった。
 意地悪なところがあるレムスはジークに聞いてみた。

「ジーク、じゃあ要するに、帝都はどうなったの?クレイさんの情報からいって、だよ。」
「?」

 ジークは今度は何のことをレムスがいっているのか判らないような表情を露骨にした。レムスはここぞとばかり畳み掛ける。

「だからさ、ジーク。クレイさんは帝都で何を見たんだよ。帝都の異変に関してだけど。」
「?? … レムス、クレイは帝都にいたのか?」
「???」
「?????」

 だんだん支離滅裂になってくる。三者三様でいっていることが違うようにも聞こえる。レムスは頭が痛くなったような気がした。
 ただ、最後にジークは … 少なくともレムスが気付かなかったことをはっきりと指摘した。つまり、ギルファーの目的である。

「クレイ。ギルファーとかいう奴は、帝国女神を倒すために帝都にのりこんできたんだな?部下を捨てて、一人で…」
「 … そうだ。」
「!!」
「それで、どうなったんだ?」

 クレイはしばらく考えていたが、思い付いたようにいった。

「勝負は … 判らない。ただ、間違いなく時代が、代わった。」

 そう言ってクレイは洞窟の外に見える、例の巨大な空中に浮かぶ城を指差した。そう … クレイのいう通りだった。帝国女神とギルファーの戦い、そしてあの天空の城の登場で時代が代わったのだ。戦争の時代へと …


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