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25.「一つ奥の手があるんだ」

 ジークはじっと…刺すような瞳でタルトとリキュアを見た。タルトはリキュアとどうしたものかと顔を見合わせてうろたえる。
 座っていたジークは立ち上がると彼らの傍らに来て、床に(タルト達が食欲がないせいで)残っていた食料をわしづかみにするとがつがつと食べはじめた。そのあまりに見事な食べっぷりにリキュアとタルトはあきれたようにジークを見る。
 タルトは恐る恐るジークに話し掛けてみた。
 
「ジーク…なぜここにいるんだ?」
「リンクスをとりもどす。」
 
 ジークはタルトの方を振り向きもせずに答えた。相変わらずのジークの様子にタルトはあきれるしかない。しかし、次のジークの言葉にはタルトは戦慄せずにいられなかった。
 
「おまえたちも、邪魔するなら殺す。」
「お、おいっ、そんな短絡的な…」
 
 しかしジークの瞳は本気のようだった。タルトは…こんな真近でジークを見たのは初めてに近かったが、それでも…ジークの瞳が語る言葉が良く判った。
 
(こいつ…本当にリンクスのことを…)
 
 狂おしいばかりにリンクスを捜し求めるあまり、この地下牢獄にまで飛び込んできたのだろう。遮るものは絶対に容赦しない…リンクスをこの手に取り返すまで絶対に引き返さない …
 
「こりゃ…こまったわねぇ…」
 
 リキュアもタルトと同じ結論に達したのか、困惑したようにつぶやいた。ともかく…その形やら考えはともあれ、ジークがリンクスのことを大切に、一番真剣に考えていることだけは間違いなさそうだからである。ただ…問題はそれがリンクスの幸せや希望にはつながらないことなのだが …
 
「そ、そのさぁ、ジーク…でも、リンクスの居場所は判るのか?」
「まだ判らない。」
 
 ジークのあっさりした答えにタルトはがっくりした。そこまでリンクスのことを溺愛しているのだから…実はちゃんと当てがあるのかと思ったのである。
 ジークは食事が終わるとそのまま立ち上がり、またリンクス探しへ歩き出そうとした。慌ててタルト達は後を追うために立ち上がる。
 
「なぜついてくる?」
「そりゃ、おまえ一人じゃ不安だからだよ。」
 
 タルトはとても「ジークにリンクスを渡すわけにはいかない」といえるはずはない。そんな事を言ってしまえばジークが怒り出しかねないし…それに、タルト自身迷いはじめていたからである。
 このジークという狂った勇者…タルトは「ホモ野郎」とかぼろくそに言っていたが、少なくとも間違いなくリンクスを大切に思っている…リンクス自身の思いは別として、ジークがリンクスを愛することが罪とか、そういう風に感じることができなかったからなのである。
 ジークはタルトのことを不思議そうに見たが、すぐに興味を失ってしまったのかそのまま歩きはじめた。ただ、後ろを歩くタルト達が遅れないように多少は気にしているところを見ると、一応…これでなんとか一時的に手を組むということでジークも納得してくれたのだろう。こんなわけでタルト、リキュアとジークというとんでもないパーティーが出来上がったわけなのである。

*     *     *

 さて、ジークたち三人は(タルト達、と書く気になれないのは、ジークが先に進んで、タルトとリキュアがへとへとになりながら後を追いかけるという状態だからである)そのまま地下の迷宮をどんどん先に進んでいった。
 ところが最初に…タルトが予想していたこととかなり違うことには…どうもジークはリンクスがどこに居るのか判っているわけではなさそうだったのである。これといってあてがあるというわけでもないし、それどころかむやみやたらに …全くこの地下迷宮のしくみを理解せずに体力だけで歩いているようにみえる。
 たまりかねたタルトはジークに聞いて見た。
 
「な、ジーク…リンクスの居場所のあてとか、あるのか?!」
「…くまなく探す。それだけだ。」
 
 タルトはびっくり仰天した。…ジークは有り余る体力に物を言わせて、ひたすらリンクスを求めてさまよい続けるつもりなのだ。迷ってしまえば同じ場所をぐるぐるするだけかもしれないのだが…全く気にしている様子はない。
 
「ちょっと!ジーク!それじゃ迷っちゃわない!?」
「迷う?」
 
 ジークはリキュアの「迷う」という言葉の意味が理解できないような表情をする。要するに、この戦士は思い込んだらかなり長い間振り返ることすらしないという単純な構造をしているのであろう。壁があったら「突き破る」というストレートな発想なのである。自分が道に迷っているとはまるで考えていないようだった。リキュアとタルトは…「こりゃ駄目だ」というように肩をすくめて代替案を検討せざるをえない。
 無言の…タルト達の不安を理解できずに首をかしげるジークを見て、タルトはようやくこの勇者の思考回路がどのようなものであるのか理解できた。要するにこのジークという男は…剣闘士奴隷として受けた教育の悲しい性なのだろう …「リンクスを探す」という命題に対して単純に自分の体力に訴えて答えをだそうとしてしまうのである。ただがむしゃらに歩く…邪魔なものは腕力で排除する …どうしようもなく不器用な性格なのである。当然だろう。それだけしか剣闘士には許されていないのだから、そういう答えの出し方になるのも無理はない。(いわれてみればクレイも、それからリンクスもそういう体当たりなところがあったのは事実である)リンクスに会いたい、取り戻したい…という一念だけで、この地下迷宮を突破する気なのだ。事実…ジークの表情は物狂おしそうで、リンクスと一緒にいたときの表情とかなり違う …
 
「ま、まあ、ちょっと休ませてくれよ。何かもっといいアイデアを考えるからさぁ…」
 
 ジークは今にも「そんな必要はない」と言わんばかりの表情をしようとしたが、少し思い直したのか仕方なくその場に腰を下ろす。それを見てやっとほっとしたように、タルトとリキュアはこれまたその場にへたり込んだのである。

*     *     *

 さて、そんなことを言って考えはじめたタルトだったのだが…そもそもリキュアと二人でこの迷宮にトライして、ジークに会うまで全く成果無しの状態だったのだから、今更いいアイデアが浮かぶはずもない。これはリキュアだって同じ事である。しばらく…ものの10分も休息を取っていないにもかかわらず、ジークはこんな二人を見ていらいらしはじめたようである。
 
「おまえたち、もういいか?」
「おまえ、じゃないよ。俺はタルトっていうんだ。」
「タ…ルト?そうか。」
「あたしは知っているでしょ?リキュアよ。レディーに対して『おまえ』はないんじゃない?」
「…???」
 
 うまいこと話をそらされてジークは口篭もってしまったが、表情はだんだん狂おしさを増している。獣が空腹のあまりいらいらしている…文字どおりその世界なのである。まるでこの空白の時間をどうしたらいいのか判らない…そういうジークの思いが全身にはっきりと現れている。
 タルトはややあってジークに話し掛けてみた。
 
「なぁ…ジーク、その…リンクスのことなんだけどさ…」
「…なんだ?」
「その…リンクスのこと、どう思っているんだ?」
「…俺の奴隷だ。」
「そうじゃなくてさ、個人的にはどうなんだよ?たとえばさ、かわいいとか、腹が立つとか、いろいろあるだろ?」
「…」
 
 ジークはタルトに「個人的」などということを聞かれてうつむいた。まさか こんな事を聞かれるとは思っていなかったのだろう。いや、わずかに苦痛のような表情を浮かべているところをみると、戸惑いのようなものを覚えているらしい。最近になって、恐らくナギやクーガー、そしてタルトに会うことに「リンクスのことをどう思っているんだ?リンクスを愛しているのか?」と聞かれて、初めてそういうことを考えはじめているのかもしれない。それまで人間としての感情を持つことすら禁止されていたのだから、リンクスに対するそんな感情をどうしたらいいのか判らないでいるのである。
 しばらくしてからようやく…絞り出すようにジークは答えた。
 
「あいつは…あいつだけが、俺の…あいつだけが…俺に夢を見せてくれる…」
 
 タルトは…そんなジークの、たどたどしい告白を聴いて(しぶしぶだが)確信せざるをえなかった。リンクスを見つけ出すことができるのはジークだけだ…ジークは誰よりもリンクスを必要としている…そう、自分の失われた何か… それがリンクス…少なくともこの男はそう信じているのだから …
 それなら …
 
「それなら一つ奥の手があるんだ。おまえに賭けざるをえないのは俺も心外なんだけど…他に手がない。」
「…なんだ?」
 
 ジークはじろりとタルトの方を見た。タルトはジークの目をみつめかえし、自信たっぷりにうなずいた。

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