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12.「余をここで殺すことは出来ぬ」

 皇帝イサリオスはクレイの無礼極まる言葉を聞いても、微笑を絶やさなかった。余裕の笑みである。どういう理由でこれほどまで余裕があるのか … クレイには想像できなかった。

「さすがはクレイ … いや、ロキ … 」
「 … !」

 イサリオスはクレイの真の名を呼んだ。クレイは一瞬背筋がぞっとするほどのショックを受ける。イサリオスの余裕は … 少なくともはっきりとした根拠があるのだ。

「しかし、余を本物のイサリオスではないというのは『正確』ではないぞ。余はあくまで本物だ。ただし … 」
「ただし?」
「既に人間ではないというだけだが … なんじと同じように、な。」
「!」

 皇帝イサリオスの額がまばゆい白色に光る。そして … 恐ろしいほどの魔力があたりを取り巻いた。

「いったい!!」
「これが余だ。今の余の力なのだ。」

 後光とも見えるまばゆい光は、明らかに皇帝イサリオスの額から放たれていた。クレイはその光の源を目を細めて見た。すると … 驚いたことに … 皇帝の額には長さ5cmほどの楕円形の巨大な宝石が埋まっていたのである。それがクレイたちを圧するほどの … 信じられない強烈な魔力を放っていたのである。

「それは … !!!まさか…パンゲラッサの石?」

 クレイは思わずそううめいた。あまりに圧倒的なその力に、そう思わざるをえなかったのである。しかしイサリオスは首を横に振った。

「パンゲラッサの石ではない。いずれ … すぐに君にも判る。」

*    *    *

 クレイはガイアードの剣を抜いた。クレイの中の動物的本能が危機を察知したのである。いや、クレイだけではない … ヴィドもレムスも、そしてジークすら完全に身構え、いつでも戦える体制になっている。それほどまでにイサリオスは危険な力を放っていたのである。
 クレイたちが身構えると対応するようにイサリオスの側近達 … 烈も含めて … は武器を構えた。

「ジークっ!他の奴等も … 」
「ああ、額の石が … 曲者のようだな。」

 皇帝イサリオスだけではなかった。額に大きな(大きさはまちまちだったが)宝石が埋め込まれているのは周囲にいる側近たちすべてがそうだったのである。烈の額には長さ3cmほどの黒い … ちょうどオニキスのような宝石が怪しい光を放っている。

「あれがルーン力の源らしいな。」
「それじゃ … 」

 レムスはとっさに思い出した。前にタルトが … 皇后から預かった赤い石、人の体に埋め込んでにわかづくりの神将を生み出すという石のことである。それがこの幕僚たち、そして皇帝の恐ろしい力の正体ということは明らかだった。
 レムスはその怪しい宝石をじっと見た。宝石が放つ魔力の流れを感じ取っていたのだ。ジークと五分に戦えるほどの魔法剣士であるレムスである。魔法使いとしての腕もなかなかのものである。これほどまで活性化しているならば、いかに高度な超兵器であってもかなりのことが判るのである。

「ジークっ!あの石 … 意志を持っている!」
「 … そうか」

 レムスが得た結論と同じ事をジークも感じているらしかった。間違いなくあの額の宝石は … 宿主の意志をのっとって、操っているのである。

「ということは … あの石が本体ということか … 」

 ジークは無表情に答えた。かといって、今彼らに … 有効な手段があるわけではない。とにかく … 今は奴等の出方を待つしかないのである。

*    *    *

「クレイ … 無駄なことはよすことだ。」
「 … 」

 イサリオス帝は右手をかざすようなポーズをして静かにいった。その様子はあくまで余裕がある。完全にクレイの行動など予想していたというしぐさだった。

「汝は余に危害を加えることは出来ぬ。そういう運命なのだ。」
「なんだと?」
「未来からきた汝なら判っておるだろう。余は帝国皇帝として世界を席巻する運命であるということを。」

 クレイはさすがに驚きの表情を隠せない。彼らが未来から上方世界を越えてやってきたという秘密を … 誰にも話していないのに、なぜ皇帝イサリオスは知っているのだろうか?
 しかしその答えは皇帝のかたわらに立っている黒い影がはっきりと示していた。烈である。烈が話したのだ。皇帝、もしくはその背後にいる何者かに操られ、傀儡になってしまった烈は、命じられるままにクレイ達の秘密を皇帝に話したのだろう。

「ゆえに … 汝は余をここで殺すことは出来ぬ、ということだ。」

 クレイは動揺した。確かに … イサリオスのいう通りかも知れない … クレイが例えどれほど強力な力を持っていようとも、歴史の力に守られたイサリオスを傷つけることは出来ないのかも知れない … 本当だろうか …
 一瞬のクレイの混乱は隙となって戦況を変えた。イサリオスの右手が不思議な光を放つ。その途端 … クレイはまるで雷に打たれたように全身がしびれた。クレイの右手から凍てつく剣 … ガイアードの剣が床へと滑り落ちた。

「くっ … ぐああっ … 」

 獣のようなうめき声がクレイの口から漏れた。落とした剣を拾おうにも、全身が全く自由にならないのだ。

「ジークっ!」
「むっ!」

 ジークとレムスは慌ててクレイの回りに近づこうとした。しかしそんなことをすれば周囲の神将達が一気に攻撃をかけてくるかもしれない。全く皇帝側の布陣には隙が無かった。持ち場を動くことが出来ない状況なのだ。
 皇帝イサリオスは静かにクレイのほうへと近づく。

「わかったか?クレイ … 汝は余の手足として生まれ変わる運命なのだ。」
「ぐああっ!!」

 イサリオス帝はかたわらにいた神将 … シザリオンと烈にうなずいた。二人は命令を受けると無表情にクレイのほうへと近づく … そして …
 あっという間にクレイは二人に押さえ込まれ、捕まってしまったのだ。レムスもジークも… 誰も動くことが出来ないままの一瞬の間だった。

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