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10.「皆様方を天空城にご案内するように」

 クレイは … クレイの中のルーン力は無意識のうちにその巨大なエネルギーを放出していた。クレイという宿主の身を守ろうとしたのである。その力はクレイ自身の理性すら完全に奪い去るほどのエネルギーだった。
 クレイは獣のように吠えた。いや、「野獣」のルーン力が吠えているのである。それはクレイの口を強引に押し開き、雄叫びとなって空を裂いた。

 その巨大なエネルギーは彼を分解し、天空城へと連れ去ろうとする「回廊」の力を破壊した。クレイはそのまままるで狼のように宮殿を走りぬけた。

*    *    *

「クレイっ!しっかりして!クレイったら!!」
「クレイさん!!クレイさん!!!」

 クレイが意識を取り戻したとき、彼の周りには心配そうな顔をしたレムスやリキュア、ジーク達がいた。

「あ、ああ … タルトは?」

 クレイは身を起こして言った。リキュアはあきれたように何か言おうとしたが、それより前に … これまたちょっと疲れたような声がクレイを元気付けた。

「人のことより、まずてめぇのことを心配しろよな。」

 タルトは隣で … やっぱり疲れたようにひっくり返っていたのである。回復呪文で肉体的怪我こそ治っているものの、かなり疲労しているらしい。いささか声は弱々しい。
 クレイは何があったのか、現状を把握しようとして身を起こそうとしたが、あれだけ激しいルーン力を放った直後である。まだふらふらしてレムスに支えられた。

「何があったんだ … タルト、それから … 」
「あたしが聞きたいわよ。まあ、ヴィドがよろしくやってくれたからいいけれど、後で詳しいこと聞かせてよ!」
「でも … 」
「ジーク、頼むわ。この聞き分けない子、家まで運んでよ。」
「ああ。」

 クレイが抗議するまもなく、ジークはクレイを背負うと(いくらジークでもクレイほどの大柄なからだとなると、片手でほいと抱えるわけにはいかないらしい)そのまま宮殿を出て、街の外の … 彼らの住処まで運んでいったのである。

*    *    *

 クレイとタルトの話を聞いたリキュアとヴィドたちは深刻な表情になった。皇帝イサリオスのこの居城が奇妙なしくみ(瞬間移動)によって「天空城」へつながっていること(それを探ってタルトは事故を起こしたのである)、そして烈がどういうわけか皇帝の僕となっているということ … 最後に … 皇帝イサリオスはクレイを「新しい同士」と呼んだということだった。
 事故を起こした当の本人タルトはちょっと恥ずかしそうに頭をかく。

「いや、面目ねぇ。ちょっとドジった。」
「しょうがないわねぇ。ヴィドに感謝しなさいよ。」
「ははは、まあ口裏を合わせてくださったからよかったですがね。」

 爆発事故を起こして倒れていたタルトのことを、ヴィドは「テロリストを見つけて追いかけて返り討ちに遭った」と言い張り、警備の神将たちから救い出したのである。これはヴィドの御手柄といわざるをえない。
 しかしジークはタルトやクレイの様子を見ながら無表情に、しかし心配なことを言った。

「しかし … このままでは済まないだろう。タルトだけではない。クレイも … お前たちの力が暴走したのだろう?」
「あ … ああ。すまん。」

 たしかに、タルトだけでなくクレイも、あの奇妙な瞬間移動に拒否反応を起こして、ルーン力の暴走を起こしてしまったのである。別に皇帝陛下に危害が加わったというわけではないので、多少の騒ぎになることはあっても致命的な問題にはならないかもしれないが … それは相手次第である。
 それにクレイは … 皇帝陛下のあの言葉 … 「新しい同士」という言葉にぞっとする恐怖感を感じていた。今までとは違う皇帝の印象、そしてシザリオン、烈 …
 クレイの回答ははっきりしていた。

「俺の … 勘だけど、みんな … したがってくれないか?」
「?」

 クレイの熱い … 獣のような光を帯びた瞳は、いつもと違って絶対の命令の力を持っていた。

「皇帝イサリオスも、シザリオンも誰かが取り付いている。そして … 烈も … だから … 」
「 … 」
「今から天空城に乗り込む。烈を … 取り戻す。」

 クレイがはっきりとそう宣言すると、誰にもそれに反対する気はなかった。

*    *    *

 夕暮れになり、武装を整えたクレイたちは再び皇帝の宮殿に歩いていった。天空城への回廊を使うためである。さっきあれだけの事故を起こしたクレイだったが、いざ天空城に乗り込むとなると他に案が浮かばなかった。
 といっても … もちろんあの怪しい瞬間移動を使うわけではない。あの方法ではどうしてもクレイやタルトのルーン力が … 無意識のうちに拒否反応を起こしてしまうのは判りきっていた。(特にクレイの「野獣のルーン」だけは制御する方法がなかった。)かといってただ単に飛んでゆくだけでは、あの天空城には入れない。強力な魔法防御で弾き飛ばされてしまうのである。
 そこで考え出した方法というのは、これは … 非常に単純で、かつストレートな方法だった。

 何度かクレイたちは天空城に行ったことがある。天空城に入る通常の方法というのはほかでもない、「火炎式土器」という魔法のアイテムをつかうのである。この独特のアイテムこそ、天空城の魔法防御を停止させ、天空城への道を開く唯一の秘宝だった。
 幸い彼らの手にはいつも天空城に入るときに使っていた「火炎式土器」がある。ナギの手にあるこの土器ならば、あの天空城への扉を開くことも出来るだろう。あとは飛行呪文なり何なりで飛び込めばいいわけである。この方法ならなんども試しているし、まず失敗しないという確信があった。敵の妨害さえなければ … である。

 夕暮れの皇帝居城に近づくと、やはり前回と同じようにロボット兵が彼らを阻止してくる。クレイは今度はまったく彼らに用はないので、それを無視して適当な場所を探して居城の周りをうろうろした。(そもそもクレイたちが皇帝居城に近づいたのは天空城に侵入しやすいポジジョンを探してのことである。)出来るだけ天空城に近づきやすく、降り立った後身を隠しやすい場所が必要だった。間違いなく敵が彼らを阻止してくることだけは間違いなかったからである。

「この辺がいいかもしれない。」
「そうですね、ここなら動きやすいです。」

 クレイたちが選らんだのは皇帝宮殿の西側、マルスの丘に近い場所だった。ここは宮殿の周囲では一番海抜が高い。やや見晴らしが良いという欠点(敵に見付かりやすいという点から考えれば、これは欠点である)をのぞけば、天空城にも接近しやすく、非常に案配がいい。それに彼らが侵入を決行するのは夜間なのだから、少々見晴らしが良かろうが問題になるはずもない。

*    *    *

 次第に夜の帳が下り、街は静かになってくる。今回の「火炎式土器」担当のレムスはちょっと緊張した面持ちでクレイに言った。

「そろそろいきますか?」
「ああ。」

 クレイがレムスにうなずくとレムスはナギの手から火炎式土器を受け取った。魔法戦士として一流の(ジークと五分の戦いをすることが出来るのだから、これはたいしたやつである)レムスだから、魔法だけを取り出してみてもたいした腕前である。レムスはそっと貴重なそのアイテムをもつと、霊力を高めて儀式の準備に入った。
 ところが … そのとき … ジークが待ったをかけたのである。

「まて、レムス。」
「?」
「誰だ、そこにいるのは?」
「!」

 ジークは誰もいないように見える闇を見て、うなり声のように言った。タルトはうなずき、同時に丸いカプセルを投げつける。「スターカプセル」 … 照明弾である。照明弾は真昼のようにジークの指差す方向を照らし、草むらに隠れている男を浮かび上がらせた。
 男は立ちあがり、参ったように彼らの前に姿を現した。

「クレイ様、参りました。さすがはあなたがただ。」
「!!烈!!」
「そのようなものを使わなくともよろしいのです。私は皇帝陛下より皆様方を天空城にご案内するように命じられています。」
「なんだって?」

 「火炎式土器」を使うまでもない … 皇帝イサリオスの側からクレイたちに … 「天空城への招待状」が舞い込んできたというわけなのである。そして、その使者が烈だった。そして …
 クレイは一瞬目を光らせ、こぶしを握り締めた。皇帝の招待 … それは罠だということは明らかである。つまり … クレイたちの動きは皇帝イサリオスの手の内にある … それが、この招待状の意味だった。

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