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36.「どうせならみんなで」

 クレイの突撃宣言で状況は動いた…というべきだった。少なくとも何人かはクレイの後についてマヌエルの方へと突っ込みはじめたからである。もちろん上方世界の、それも飛行呪文をかけての空中戦であるから、見かけはかなりの距離であるが、意外なほどマヌエルのいるところまでの到達時間は短い。
 クレイ、ナギ、そしてタルトの三人は、純粋に憎むことができる相手であるマヌエルに突っ込むことで、ようやくやる気が出てきたようだった。実際のところ、ジークと遣り合うのは気が進まないどころか、内輪もめ感がつよい。きっと味方になれるはずなのに…と感じてしまうのである。逆に隷属の鎖と遣り合うのはまっぴらごめんのヴィドやら、なぜこのような回り道をしたがるのか理解できない烈などは、傍観を決め込んでいる。
 そして…もっとも訳が判らず、木偶の坊と化してしまったのは他でもないジークその人だった。
 ジークはといえば、本当にもう頭が完全に混乱してしまったらしく、ただリンクスを傍らにおいて遠い目をしてナギたちの闘いを見ている。ナギの言った言葉 …「おまえについてゆく!」という…それが心の中に反響しつづけている。
 たった一言ジークはつぶやいた。
 
「お前は…いったい誰だ?ナギ…」

*     *     *

 さて、この戦闘の中で、唯一の理性的かつ建設的な思考をしていたのは、意外な話だがクーガーだったのである。
 
 クレイの大声と、抜き身の剣でマヌエルに突進する様がクーガーの視聴覚には飛び込んでいた。後にはこれまた雄叫びまで上げて、ナギが槍を持って突進している。タルトは…仕方ないなぁ、というような表情を丸出しにして、それでもナギのサポートをするためにテレポートで前進していた。
 
「…なんか、とんでもないことになっちゃった。」
 
 クーガーは子供っぽい声で、困ったようにつぶやいた。あの強力な火炎呪文を、リキュアのとっさの瞬間移動で逃れたはいいものの、急いでみんなの所へ戻ろうとしてると、この始末である。
 
「邪魔するな、だって。あのクレイさんって、そんなに強いんだ。」
 
 クレイの大上段に構えたせりふを聞いての感想である。実際のところクーガーはクレイにあってから間も無いし、まともな戦闘シーンでクレイを見たことなどほとんど無い。(もちろん体格とかを見れば強そう…というのは判るのだが、いつもあまり押しが強くないような様子を見ていると…無邪気に言ったつもりなのだろうが、かなり辛辣である。)
 クーガーの傍らにいたリキュアは苦笑して答える。
 
「ちょっと、こないだボコボコにやられてたんでしょ?ジークに。」
 
 辛辣さにかけてはリキュアはパーティーの中では1、2を争うだろう。この母にしてこの子有り…というべきなのかもしれない。これは大変な親子である。将来が思いやられるというタルトの意見は無理も無い。
 とにかくリキュアはつっこみをいれつつ、冷静に情勢分析をはじめていた。
 
(クレイは今のトコは本人の希望どおりなんだからほっといていいわ。問題はマヌエルの出方よね。ジークの方はどうかしら?)
 
 戦場を観察するにリキュアに少年の声が反論する。
 
「ちがうよ!あのときは手加減してたんだ!そーに決まってるよっ」
 
 クーガーはどうやらクレイの味方である。実際今日のクレイはちょっと冴えているし、体つきや何やらまで総合的に見るとプロレスラーみたいで一番格好良い(鋼鉄精霊的な体型というべきかもしれないが…)。クーガーは小説のヒーローを応援するような乗りでクレイの肩を持ったわけである。
 リキュアは、彼女の場合はあいにくクレイのちょんぼやら何やらまで結構知っているので、全くクレイを過大評価はしていない。そんなわけで…おかしいやらなにやら、困ってしまったらしい。息子とクレイを見比べて、何ともいえないような表情をする。
 ともかく今はクレイ論を熱く論じている場合ではない。戦況はとても芳しいとはいえないし、ここは何か手を打たなければならないのである。それも…パーティー全員が困らないような作戦が必要だった。
 
(ナギには悪いけど、ジークとはご一緒したくは無いわね。教育に悪いし…)
 
 これがリキュアの本音である。残念ながらいろんな意味で、あまりジークは我が子クーガーの側に置いておきたい人物とは言い難い。うっかり間違ってジークがクーガーに手を出したりしたら最悪である。
 もちろんリキュアは冷たい女性というわけでは決してない。なにしろ鎖の都でタルトと共にジークと接触していたのである。この狂える勇者の人となりはよくわかっていたし、同情や共感すら感じている…が、我が子の教育となると話は別である。
 迷ったときは、ヒトの意見を聞くのもいいだろう。というわけで彼女はクーガーに意見を聞いて見ることにした。子どものうちから状況判断の訓練というのも悪くはなかろう。もちろん、今回は大してまともな答えは期待をしてはいなかったのだが…(彼女自身が迷うのである。クーガーが名案を出したらびっくりだった。)
 
「そうよね。うん。じゃ、クーガーならどうするかしら?」
 
リキュアの問いかけに、クーガーは待ってましたとばかり、声を張り上げて答えた。
 
「逃げるぅーっ!」
「…へ?」

 確かにそれは悪くはない。無理をして戦闘をする必要など無いのである。だが、それでは今度はマヌエルを誰も防がないということになってしまう。
 ところがクーガーの答えには続きがあったのである。
 
「…フリをする。」
 
 クーガーのゴーグルがわずかにキラリと光る。どうもニヤリとしているつもりらしい。逃げたふりをして再集結をはかり、再度…マヌエルに挑むなり結界をこっちが突破するなり決めればいいというのである。確かに今の彼らのパーティーは、既に散開状態なのだから、一旦離脱してもこれ以上悪い結果にはならないだろう。
 しかし…よりによって「逃げる」という作戦とは…そのセンスはランドセイバーにそっくりだった。こんなトコロに、父親(セイバー)の血をひいてるのであろうか …リキュアにはまるでクーガーのゴーグルの中に、ランドセイバーの魂が燃えているように感じられた。

 リキュアは内心こみ上げてくる懐かしさを隠し、いたずらっぽく微笑みながら、クーガーに言った。
 
「いいわねぇ。でも、どうせならみんなで逃げましょ。フリも、ね。」
 
 彼女はクーガーの、既に自分とあまり高さの変わらない頭をなでる。そして少年の鋼鉄の手を取ると、ひといきで…つまりテレポートで…皆のところへ戻ったのである。
 

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