足湯席(2023.12.10〜12.16)

高校3年生、卒業式で私は先生から最後の最後なのにお叱りを受け、皆と写真を撮りあったり、アルバムに寄せ書きをしたりする事が出来なかった。
その思い出をなぞる夢から覚めて、私は横になっていたソファから身を起こした。
「昼寝やのに夢みちゃった・・・」
もう31年も前のことなのにと思うが、息子のマサルの卒業式がもうすぐだから自分の卒業式を懐かしんでいるのかも知れない。
夫と別れてマサルと実家に戻ってきて、結局出ていくこともなく彼が自分の母校に通い、卒業するまで居着いてしまった。
ぼんやりと記憶を遡ろうとしていたところ、マサルがスウェット姿でリンビングに顔を出した。
「母さん、卒業式の参列予約が今年からネットになったんやけど、これ読んで予約しといて」
卒業式の案内のプリントにQRコードが記載されている。
スマホのカメラで読み込んで予約しろということだろう。
「面倒やな・・・やっといてや」
「もう、使えん訳でもないんやから自分でしてや。せっかくパソコン部に発注して作ってもらったサイトなんやから」
「発注って、あんた業者か」
呆れた表情を向けるマサルに呆れた表情を返し、プリントを受け取る。
「業者みたいなもんや。卒業式実行委員は生徒会からそういう色んなとこに協力を打診する権限を与えられてんねん」
「権限を与えられてるって高校生のセリフちゃうで」
自分がマサルの歳の頃にはこんなに口が達者だったろうか、そう思いながら下敷きにして寝ていたであろう体温の残ったぬるいスマホを手にプリントのQRコードを読み取る。
簡素ではあるがスタイリッシュなサイトに開催日時や持ち物(靴を入れる袋など)が記載されており、スクロールしていくと「希望する席種をお選びください」の記載の後に一般参列席、特別参列席先行抽選予約という二種類のリンクが用意されている。
「特別参列席、って何?」
尋ねるとマサルは意外そうな顔をして聞いてくる。
「何って、母さんが作った足湯席のことやん」
「は?」
「いや、母さんが始めたんやろ、足湯席。それが特別参列席」
自分が先生に叱られ、散々な思い出になってしまった原因を息子が知っていることに愕然とした。そしてそれが存在し続け、当たり前のように根付いているであろうことに理解が追いつかない。
リハーサルで会場となる体育館があまりに寒いことに不満を抱いた私は、4人の友人と洗面器と保温ポットを持ち寄り、自分の席の下で足湯を楽しみながら卒業式の本番を過ごした。
最終的にその行動がバレ、洗面器も倒してしまい床にお湯をぶちまけて全員で生徒指導室に連行され、説教を受け、卒業当時に反省文まで書かされ、解放される頃には他のクラスメイトたちは帰ってしまっていた。
クラス会も催されていたが、そこに行くのも気が引けて5人はそれぞれ家に帰ったという苦い思い出がある。
その足湯席が何故かまだ残っている。
困惑している私を見て、マサルは本当に知らないのだと悟ったらしい。目の前のカーペットの上にあぐらをかいて説明を始める。
「母さんたちが作った足湯をな、在校生として参列した2年生が見ててん。それで、あれは自分らで使ったから怒られたんちゃうかって話になってな、イベントの一環として保護者席の一部に作るってことを自分らの卒業式でやったらしいねん。それが好評やったから、そこから毎年やってるねん」
卒業式のゴタゴタから恥ずかしさもあり地元に帰って来てからも同窓会や学校行事には極力参加してこなかった為にそんなことになっているとは微塵も思っていなかった。
両親も私が塞ぎ込んでいた記憶があるのだろう、知っていたはずだが教えてくれないまま2人とも亡くなってしまった。
「で、20年前くらいから維持していく、広げていくには資金がいるって話になって足湯席が有料になってん。その年の売り上げを翌年の卒業式の制作費に充てる、後輩の為にバトンを引き継ぐっていうのもあって盛り上がって、有料でも席が取り合いになるから抽選になって、ずっと往復ハガキでの抽選やったんやけど今年からはその方法がネット予約になったと。そのネット予約を思いついたんは僕」
得意げに自らの功績をアピールしてくるマサルではあるが、自分が作った即席の足湯で保護者から料金を取るのかと思うと複雑な気持ちになる。
「足湯って言っても洗面器やろ、そんなん大丈夫なんか」
「いや、2年目以降はコンテナボックス養生したり色々試してたんやけど、4年前の卒業式実行委員が代々貯まってた繰越予算で技術部に檜材の長い足湯を発注したらしいねん。予算超えてもうて2年前にようやく返済終わったらしい。足湯やのにアシ出てたって先輩言うてたわ」
「何上手い事言うてんの」
スケールについていけないが、ツッコミだけは入れておく。
マサルはそれに気をよくしたのか話を続ける。
「だから今は保護者席の最前2列、40席が足湯を楽しみながら卒業式を見守れる特別参列席になってるって訳。お湯の循環装置もあるから清潔やで。前はポンプを体育館に置いてたからしんみりした場面で音が気になったりしたんやけど、去年ついに延長ホースが買えて今年からは外に設置するからそこも改善されてます!」
毎年進化を続ける企業の営業担当から商品の説明を受けているようでクラクラする。
「あんた何でそんな経緯に詳しいんよ」
「去年の先輩の年が足湯席誕生の30周年やったから、来場者全員に来場特典として遍歴をまとめたzineをプレゼントしてくれてん」
「来場者特典って卒業式は映画か。zineてあんた洒落た言い方して小冊子やろ」
「新聞部が総力を上げて取材してくれてな、母さんらの写真も載ってるで」
見せようと思って持ってきたのか、差し出された「足湯席の奇跡」という妙に語感が良いものの仰々しいタイトルがついている小冊子をめくると、真っ先に「はじまり」と言う項に自分たちの卒業アルバムのクラス写真と誰が撮ったかわからない洗面器の足湯に浸かって緊張の面持ちで式をこなす自分の写真が載っている。
恥ずかしさに頭を抱えてしまう。人は本当に頭を抱えてしまうことがあるのかと、自分の身をもって思い知る。
「今年は教頭先生の実家から商品にならない規格外のりんごを買い取らせてもらって、家庭科部にお願いしてアップルパイと紅茶を会場内の一角で売るねん。出店ってシステムは今年初の挑戦やけど、おみやげ用にちょっとやけどジャムも作ってもらってて、ホラこれ」
マサルが差し出したスマホの画面に「〇〇高等学校2023年度卒業記念」とラベルの貼られたビンが写っている。
「もうフェスやん」
自分が生み出してしまった流れがあまりに大きくなり過ぎている事にどんどん表情が曇っているのだろう、マサルが真面目な顔をして言う。
「母さんの時は思い出したくない結果になったかも知れないけど、もううちの学校の風物詩になってんねん。それは母さんたちのおかげやし、僕はそれに携われて嬉しいよ。親子2代でって凄くない?」
「まぁ、あんたが楽しくやれてるんならええか」
自業自得の散々な出来事でも、今自分の息子の楽しい思い出として役に立つならそれは幸せなことかも知れないと思った。
「だから、よかったら足湯と僕の産みの親として当日挨拶して欲しいねんけど」
「上手いこと言おうとすな。親の話なんかPTA会長の長話だけでええやろ。ていうか『あの人が怒られた人や』って宣伝することになるやんか。嫌やわ」
ウケるで、と茶化してからマサルは悪そうな顔して続けて言う。
「挨拶してくれたら、抽選免除で足湯席に招待するで?抽選の倍率は年々上がってて去年は7倍やったんやから、プラチナチケットやで」
「親を強請るな!」
マサルの頭を叩きながらも、足湯に浸かって卒業した自分が足湯に浸かって息子の卒業を見届けると言う光景を思い浮かべてしまう。
それを面白すぎると思ってしまっている自分がいて悔しいが、頭の中は挨拶の文面をもうあれこれ考えはじめており、私はもうやる気なのだなと思わず自分にため息をついた。

この短編はこの日記から連想して書きました。
https://oka-p.hatenablog.com/entry/2023/12/17/134538

またー。

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