知らない偉業(2024.02.25〜03.02)

大竹武則さんがMIX細胞を発見してから10年が経ち、その功績を讃える銅像が完成し、その記念式典が昨日、母校であり発見の舞台となった吉住大学の敷地内で行われました。同校出身の現代アートの巨匠である人間国宝・嗣村大寛さんが制作した銅像は人類の健康に多大なる貢献を果たしたMIX細胞からいきいきと躍動する命をイメージしたもので、式典に参加した学生や職員、OBは写真撮影を楽しむ姿が見られましたー
「嘘でしょ・・・」
大竹は目覚ましがわりにタイマーで電源がオンになったテレビから流れるニュースを食い入る様に見ていたが、インタビューされた学生の「僕も大竹さんを目指して入学してきたので、改めて初心にかえるというか、励みになりました」という受け答えを最後に次のニュースに画面が切り替わり、ようやく我に返りスマホをタップして権利関係の管理を任せている直江へ通話をかけた。
「おはようございます、直江です。大竹さん、お久しぶりです」
普段はのんびりした商売っ気のない直江の話し方に安心感を抱く大竹だったが、今日ばかりはこちらを揶揄っているように聞こえてしまい、挨拶もせずに問うた。
「直江くん、あの大学の銅像、何?」
「何って、ちゃんと相談しましたよ。忘れちゃったんですか?」
もーしょうがないなぁ、と朗らかな口調でこちらのおっちょこちょいを嗜める。
「覚えているけど、あんな像になるとは聞いてないよ」
「デザインは恥ずかしいから見ないって言ってたじゃないですか。僕的に問題なければOK出させてもらいますねって任せてもらったのでああなりました」
各種行事にコメントの一つも寄越さない大竹の母校であると大学側が宣伝したいとの魂胆が透けて見える銅像制作の要望に、大竹は今回の一度だけでしばらくそっとしておいてくれるだろうと思い、直江に委任したのが昨日お披露目されたという銅像だった。
顔は大竹に似ている真顔の男が両手を空に向けて鞭のようにしならせ両足は樹木のように絡まり合い、地面に根を張って花を咲かせているその銅像は大竹の目立ちたくないという気持ちを逆撫でする強烈な世界観と巨大さで、見れば見るほど気が沈んでいく。
「どこがOKだったの、僕顔出ししたくないって言ってたよね」
「いや、大竹さんいつも言ってたじゃないですか、僕の顔に似ている人が多過ぎるからなって。大寛先生もそれを聞いて『確かに大竹さんの顔は色んな人に似ているから、多くの人が自分を重ねてくれるんじゃないか』と仰っていましたよ」
「人間国宝の先生に自分のキャラデザをそう評されるとコメントしづらいな」
「まぁまぁ、もう出来あがっちゃったんですし、すぐ皆さん忘れますよ」
「そうあって欲しいけど、直江くんにそう言われるとちょっと虚しいよ」
学生の頃にたまたま人体の細胞に人種改良して作り上げたある植物の細胞を組み合わせてみたところがん細胞の増殖を人体への負担なく止める機能を持つ細胞を生み出すことが出来た。それをたまたま実家の隣に住んでいた直江の父に話したところ、先端医療分野における特許として登録へ尽力、大学のバックアップもあり申請が通ったのは10年前だった。
当の大竹は本当に天文学的確率の偶然を引き当てただけという意識が強く、自分が研究者として続けていける未来も見えなかった為、卒業を待って一般企業に就職を果たした。
特許使用料の管理は直江の父の事務所の跡継ぎの直江に一任している。
「そもそも大竹さん、偶然とか言いますけど偉業には違いないですし、顔出ししておけば慣れたと思いますよ。アメリカでは顔出ししないと何で隠すの?ってなるんですから」
電話越しに相変わらずのんびりした口調で直江が何度も聞いた論点でこちらを咎めている。
「それからすぐ引退してるし、大谷翔平ですらお嫁さんの顔出しを避けてるんだからその論法は通用しないって」
引退したにも関わらず、勤め始めた一般企業には毎日どこかのメディアの記者が訪れ、社内の目もあって半年で退職することを決めた。
それからは特許使用料とそれを元手にした資産運用をしながら賃貸マンションの管理会社から清掃委託を受ける会社で清掃員のパートをしながら暮らしている。
不景気が続く世の中で働く必要もないほど恵まれているものの、社会との接点が両親と直江とネットゲーム以外に何も無いことが耐え難くパートを10年近く続けていた。
直江の勧めで税金対策として寄付を積極的に行っていることも自分の世間からの評価を高めてしまう結果となり、応用研究を含めて何か動きがある度に自分の名前が報じられている現状は大竹本人としては現実にも関わらず現実離れし過ぎていた。
自分の発見を誰かが活かしてくれたこと自体は嬉しい気持ちもあるが、それはその誰かが素晴らしいのであり、自分が合わせて紹介される事は大竹にはどうしても受け入れられなかった。
「そういえばこの前の将来の夢アンケート見ましたか?小学生男子の部で研究者がYouTuberを抜いたんですよ、凄いですよね」
「それは現役の研究者の人たちが素晴らしいからであって僕の影響じゃないでしょ」
「いや、特許使用料の総定額を放送したテレビ番組が大バズりした影響で、一発当てて有名になりたいみたいな感じみたいです」
「YouTuberと同じ枠組みで褒められてるのはお互いに可哀想だと思うよ」
「人気の証拠になるか解らないですけど、小学生向けの漫画雑誌で大竹さんをモデルにした漫画を連載させて欲しいというオファーが届いてます。どうしましょう?」
「絶対にギャグ漫画だよね、小学生は爆発と下ネタが大好きだからギャグ漫画にされちゃうよねそれ。絶対断っておいて」
「残念ですがそう返事しておきます」
直江がそう返事をした直後に「あ」と言い淀む。
急に黙るので大竹は不安になって声をかける。
「どうしたの?」
「あ、いや、銅像の件ですが、SNSでネタとしてバズっていますね」
慌ててSNSで検索をかけると「真顔なのにこの躍動感シュール過ぎwww」という論調で多くの人がコラ画像を作成したり銅像に何かを喋らせた動画を作成して投稿している。
何故か「真顔で大暴れ」というハッシュタグで拡散もされている。
「知り合いがネットミームになるの初めてです。凄いですね」
「最悪な褒め言葉だよ」
「えー、でもそんなに悪い物言いはないですよ。皆さん楽しんでるだけという感じですし、あんまりな内容は誹謗中傷で訴えていけばいい訳で」
直江の思いつきを大竹は被せるように否定する。
「顔も出さない奴が訴訟ばっか起こすの印象悪過ぎるでしょ・・・変わらず黙ってやり過ごすしかない」
「顔出さないんですからキャラなんて気にしなくてもいいんじゃないですか」
「直江くんには契約料払ってるんだからせめて僕の味方でいてくれないかな」
「ちゃんと今この瞬間も味方のつもりですよ」
「これからは内容をちゃんと確認するから、面倒かけるけどよろしくお願いします」
「解りました!」
元気な返事を聞いて挨拶を交わし、大竹は床にへたり込んだ。
人類の健康に貢献出来た事は幸運な事だとは思うが、その有名税に自分の寿命は削られているような気がする。
検索したスマホの画面をスクロールしていく中で一つの投稿に目が止まる。
銅像に吹き出しがついており、真顔の自分が「止め方がわからない」と呟いている画像だった。
「本当にそうだよ」
大竹はほんの少し笑ってからそう呟いた。

この短編はこの日記から連想して書きました。
https://oka-p.hatenablog.com/entry/2024/03/03/200043
またー。

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