カメラテスト生(2023.11.19〜11.25)

小園は大きなパネルが敷かれた床を慎重に歩いていた。
配線を床下に通すために設置された二重床ではあるが、床パネルを支える軸組が足りないのか重量が掛かりすぎると床が抜けてしまうと説明を受けた。
床の先にある大型の窓に電動のロールブラインドを取り付ける為の採寸と色決めの打ち合わせでそんな地味でスリリングな思いをすることになるとは思ってもみなかった。
あとパネル1枚分という所で右足が沈む様な感覚を覚え、直感的に踏み込むのをやめて別のパネルから窓際へとたどり着いた。
「ブラインドつけるより先に修理した方がいいと思うんですけどね」
先に窓際へ辿り着いていた先方の総務担当者が苦笑いで迎えてくれる。
客の言葉とは言え、取引先の建物を悪くいう訳にもいかず、小園は相手と同じように苦笑いを返した。
「はい、OKですー」
採寸しようと鞄から測定用のレーザーを出したところで背後から声がして、振り返るとカメラなどの撮影機材、そしてモニターを覗き込む人たちがいる。
聞かされてはいないが、今日の撮影はここまでの様だった。
「もう少しカメラは表情が見えるかどうかってところがいい気がしますね」
「スーツの色は明るめにして正解だったな」
自分の写った映像をチェックする人たちではあるが、自身に興味を持たれている訳ではないことを小園はよく知っていた。
程なくしてアシスタントの男性が床を踏み抜かない様に慎重にこちらへやって来て声をかける。
「今日のテストはこれで終わりみたいなので、お疲れ様でした」
「ありがとうございました。お疲れ様です」
頭を下げて小園は衣装から着替える為に控え室へ向かう。
小園は「藤原くんの生活」という番組のカメラテスト俳優を5歳から続けている。
オープニングとエンドロールを含めて5分程度で藤原という男の何気ない日常を放送するその番組は彼が5歳の頃から始まり、年末年始とゴールデンウィーク、お盆を除いて毎日放送されている。
何故そんな番組があるのか小園には理解出来ないが、児童劇団に所属していた頃にカメラテスト役に選ばれ、それ以降この仕事を続けている。
藤原は中肉中背ではあるが目が大きく、穏やかで愛らしい風貌である。
そんな藤原の成長をたくさんの人が見守ってきた結果、彼は国民的スターと言って差し支えない存在となっていた。
それでも彼はあくまで一般人として進学、大学卒業後は建材メーカーに就職しており、今年で26歳になる。
この番組のテスト役としてのみ活動する自分が俳優で、日々をテレビで放送される藤原があくまで一般人として生活しているのは不思議な感覚だった。
自分と藤原が逆だったら良かったのにと考えたことは何度もあるが、短時間とは言え、毎日一挙手一投足を撮影されてたくさんの人に観られる生活は自分には耐えられないとの結論に至る。
彼ほどのギャラは貰っていないが、小園はこの仕事だけで生活出来ているし不満はない。
衣装をハンガーに掛けながら、彼がこのスーツを着ている姿を思い浮かべる。
明るめのグレーのチェックの生地は背丈が同じでも藤原の柔和な雰囲気にこそ似合っているだろうと思う。
程なくして藤原が着ることになるスーツの襟元を撫でて、小園は控え室の扉を開ける。
控え室として貸し出されているのは実際に藤原が営業として開拓した取引先の小さな会議室で、廊下を行き来する社員の人たちは番組スタッフを見かけるとどことなくソワソワしながら通り過ぎている。
予定ではあと30分ほどで来社予定の時間だが、それまで用もなく待っているのも悪い気がして帰ろうと小園は考え、スタッフに挨拶してエレベーターホールへ向かう。
1階に降りて、受付で入館証を返してエントランスに目を向けるとちょうど藤原が番組が用意したマネージャーと一緒に入ってくる所だった。
「ゾノ、お疲れ様!メールまた読んでおいて!」
藤原は小園に気付くとそう言って左手を掲げる。
「了解、いってらっしゃい」
小園はそう応えて左手でハイタッチを交わして背中を見送る。
2人は年に数回は食事をしたり酒を飲む間柄で、ファストフード店から高級寿司まで、20年で色々なもの食べながら他愛もない話をしてきた。
おそらくはまたその誘いだろう。
藤原はいつも自分に「ゾノが続けてくれるなら俺も続けたいな。やめたくなったらちゃんとい教えてね」と言ってくれる。
裏方どころか藤原の影の様な人生を歩んでいるが、この5分は2人で1人の人生を作っているのだと思えるし、それが幸せだと小園は感じていた。
エレベーターに乗り込んで扉が閉まるまでを見送り、小園はビルを後にした。

後日、小園が無事に渡り切れた床のパネルを藤原が踏み抜き、床下へ落ちる姿がオンエアされた。
自分が危険を感じて足を止めた辺りを藤原は渡り切ろうとしてしまったのだ。
テストで無事だったのがオンエアでダメな事があるのかと思うと共に、すれ違い様に情報共有をしておけばと後悔した。
番組的には面白いのだろうけれど、藤原だけでなく自分自身も落ちてしまったことが視聴者のネタになっている様な思いに駆られる。
今度会った時にせめて「よく撮れていたよ」と慰めてあげようと小園は思った。

この短編はこの日記から連想して書きました。

https://oka-p.hatenablog.com/entry/2023/11/26/153628

またー。

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