裏バイト(2024.02.18〜02.24)

「遂にピザまん400円の大台か・・・」
本部から送られてきた値札を蒸し器の売り場側に貼りながら思わず呟いた僕に、レジカウンターの向こうから上田さんが反応する。
「そっか、啓太くんピザまん好きだもんね、時給の三分の一は結構思い切りがいるね」
「別に肉まんとかの中で一番ってだけなのでそこまでショックじゃないですけど、そうですね、もう好物は学食のうどん以外全部ご馳走って感じです」
口にして悲しくなるが、学食のうどんは好物でもあり、安くて助かるのでほぼ毎日食べているというだけだった。
あまりにうどんばかり食べるので、学食のおばちゃんのご厚意でワカメと天かすを倍にしてもらっているが、その優しいおばちゃんも退職される事が決まっており、自分の食生活の未来が危うくなっていた。
各商品をジャンル別にランキング形式にし、売値を取り決める法律が施行されて1年、初めは混乱していた世の中も落ち着きを取り戻していた。
人気商品は高値で、不人気商品は安値で販売する事が取り決められており、最低価格を下回ることは許されていない。
人気商品の買い占め対策、安定供給の両立とブランド強化の経済効果などへの取り組みとして導入された制度により、コンビニの蒸し器の中ではピザまんが人気1位で400円、チョコまんが最下位で100円だった。とは言え、そのチョコまんですらここに並べる中での最下位というだけで、蒸し器に存在出来ないほどの不人気で安値の商品も世の中には生まれている。
売り場を見渡しても同じポテトチップスでもコンソメ系は300円なのに対し、のり塩は150円と落差が大きい。味は間違いなく美味しいのに、単純に選ばれやすさが人気に繋がり、価格差を生んでいる。
「遂に蒸し器から居場所を追われたのは、春雨まん、98円か。需要はゼロじゃないけど、利益考えるとそりゃピザまん様にスペースを譲りますわな」
上田さんは独り言を呟きながらスマホに消えた春雨まんという商品名と値段を入力している。
「また不人気商品の供養ですか?」
カウンターに戻り、タバコの補充をしながら尋ねる。
上田さんは棚から消えたりランキングで値段が下がり、そろそろ店へ入荷されなくなる商品を見つけてはスマホのメモ機能に作成した「供養塔」というページに入力している。
派手な髪も肌もツヤツヤで身なりもしっかりしている上田さんが何故コンビニでアルバイトをしているのか解らない。アルバイトしなければいけない様には全く見えず、ランキング制度が導入されてすぐに勤め始めたところからして、趣味の供養塔を充実させる為だけに働いているのではと僕は疑っていた。
「供養して、まぁ転生待ち?みたいな感じかな」
親に家賃を援助してもらっている上に奨学金を借りていることもあり、僕は生活する為に出来るだけ高い時給で長時間働ける職場を選んでこのコンビニに辿り着いたので、上田さんの趣味で副業の様なスタイルは本来妬みの対象になりそうなものだけど、単純に僕が上田さんに一目惚れしてしまっており、一緒にシフトに入れる時間を増やしたいと働くことにより精が出るだけとなっている。
「啓太くんさ、本当に働きすぎじゃない?いつもいるよね、学校行ってるの?」
「ちゃんと行ってますよ。単位なんて一つだって落としたくないんで」
「そんな事してたら3年でほぼ終わっちゃうんじゃない?それ大学生として不健全だよ」
ケラケラと笑いながら上田さんが呆れた表情を見せる。
「まぁ、学校行けば無駄遣いしなくて済むじゃないですか。電気代とか水道代とかも」
「苦学生なんだねぇ」
上田さんはそのままレジにやってきたお客の対応に回ってしまった。
完全に子供扱いされているが、歳の差がどれくらいなのかも解らない。
失礼な気がして、というか好感度をコンマ1でも下げる事が躊躇われ聞けないまま1年が経とうとしていた。
ありがとうございましたー、と客を送り出してから上田さんがこちらに向き直って言う。
「啓太くんは、お金を貯めたいんだね」
「そうですね、卒業したらこっちで就職して、家賃も自分で払ってかなきゃなんで」
それを聞いて上田さんが少し考える素振りを見せ、尋ねてくる。
「ふーん、今日何時まで?」
「今日は22時までです」
僕の返答を聞いて、上田さんはよし!と頷いた。
「じゃあその時間に迎えにくるね。紹介してあげるよ、裏バイト」
またお客さんがレジに来てしまい、僕は返事も出来ずにレジに入った。
駅前にある店舗の為か、帰宅ラッシュの後半以降で客数はどんどん増える。
業務的なやり取りを除いて上田さんと言葉を交わす余裕もなく、彼女は20時きっかりに退勤してさっさと帰ってしまった。
上田さんがわざわざ僕の仕事終わりに迎えに来てくれるのも去ることながら、バイトを紹介してくれると言うのも、更にそれを裏バイトと呼んでいたことも全てが気になって仕方が無かった。
法的に危ない仕事だったらどうしよう、上田さんがあの美しさを変な商材ビジネスやマルチで保っていたらどうしようという不安と、単純にコンビニの外でも上田さんと会えるという思春期の様に舞い上がっている自分が共存していて頭がぼんやりしてきた頃、退勤時間になった。
いつもは何だかんだ雑談してから帰るものの、今日はきっかりに退勤し、飛び出す様な勢いで外に出た。
「あ、お疲れさま」
上田さんは、店の前の喫煙所で電子タバコを吸いながら僕でも名前を知っているハイブランドのダウンコートに包まってこちらに手を振っていた。
「おおお疲れ様です」
「22時まで働いて尚元気有り余ってるね、若いわ」
緊張で吃ってしまったのをそう受け取られてしまった。
電子タバコを仕舞って、じゃあ行こうか、と上田さんは踵を返して歩き出す。
「どこに行くんですか?」
「君に紹介するバイト先だよ」
そう言いながら角を右に曲がる。
そこは居酒屋やスナックが多く入る雑居ビルが並ぶエリアで、ラブホテルや風俗店も少ないながらある。
「裏バイトって言ってましたけど、一体何なんですか」
折角上田さんと二人で歩いているものの、やはり不安も大きく、とは言え違法なものかを聞く勇気も湧かない為に中途半端な質問になる。
また角を右に曲がりながら上田さんはあっけらかんと答える。
「いや、一円でも稼げた方がいいかなって思って、私も得するし」
紹介すれば上田さんも得をするということは鼠講の類なのかも知れない。
上田さんに嫌われたくはないが、騙される恐れがあるのなら走って逃げるのも手かも知れないと僕は思った。
上田さんが突然立ち止まり、こちらを振り向いた。
僕の逃走したい気配を察したのかと思い、体が自然と震える。
「着いたよ、裏バイト」
そこはコンビニの真裏に位置する5階建ての雑居ビルだった。
テナントの案内板には1階から3階は学習塾で5階は会計事務所が入居している様だ。4階にはリベンジャーズストアと書いてある。
「バイト先の裏手にあるから、裏バイト」
「え?それだけ?」
「大丈夫だよ、変な商売かも知れないけど、絶対に違法とか詐欺じゃないから安心しなさい」
考えていた事が全てばれていた、というかそれを含めて揶揄われていたのが上田さんの楽しそうな表情から読み取れ、僕は脱力してしまった。
「揶揄わないでくださいよ、僕、走って逃げるつもりだったんですよ」
笑いながらホールですれ違う塾に通う小学生に手を振り、エレベーターを呼ぶ上田さんについて僕も乗り込む。
「この時間はもう授業は出来ないから、闇で自習室解放してるんだって、凄いよね最近の小学生って。あと三十分くらいは階段は塾の子達が使いまくってるから、来る時はエレベーター使ってね」
22時まで受験勉強をしている子供たちがどんな賢い大人になっていくのか僕には想像もつかなかったが、上田さんに懐いている様子だったので全員合格してほしいと思う。
そんな塾が入居しているビルでいかがわしい商売などしている筈がないと僕の心理的なガードは完全に下がってしまった。
エレベーターは4階で停まった。
エレベーターの扉と向かい合う壁には磨りガラスの両開きの扉がついており、そこに「リベンジャーズストア」というネームプレートがかけられていた。中は誰もいないのか真っ暗な様だった。
「ここだよ」
上田さんはポケットから鍵を取り出し、扉を開けて中に入るように目で促してくる。
僕は指示されるまま部屋の中へ入る。
勿体ぶる事なく上田さんが扉の横にあるスイッチを操作して部屋の照明をつける。
スチールのラックが等間隔で並び、そこにダンボールや物品が並んでいる。
倉庫として使われている様だった。奥に作業用の机とデスクトップが置いてあるだけの簡素な空間だった。
「ここで何をしてるんですか?」
振り返って尋ねる僕の視線と上手くすれ違う様に前へ出た上田さんが問い返す。
「私と働いてる啓太くんなら解ると思うよ」
そのまま上田さんは奥のデスクトップ方へ向かい、椅子に座って画面を確認している。
当てろ、という事なのだろう。
棚に並んでいるものを見ると、インスタント食品やスナック菓子、洗剤や化粧品などが並んでいる。
コンビニとそう変わらないラインナップにも思えるが、どこかしっくり重ならない気持ちになる。順番に棚を眺め、上田さんのいる机の前に来た時、無造作に置かれた彼女のスマホを見て僕は気付いた。
「供養塔!」
それを聞いて上田さんはニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
ここに並んでいる商品は、コンビニの棚から不人気商品として売り場を追われたものばかりだった。
「その通り。最近は店舗だけじゃなくて、ネット通販とかも大手だと人気のある商品しか買えなかったりするの。利益率の高いものを売りたいのは皆一緒だからね。でも、不人気商品だからって、需要がない訳じゃないんだよ。私はそれを仕入れて、ネットで販売してるの」
ディスプレイを見る様に指さされ、デスクの反対側に回り込む。
画面には「リベンジャーズストア」のネット通販サイトが表示されている。
売り上げ1位はコンビニの棚から姿を消して久しいスナック菓子、2位はカップラーメン、3位は化粧水だった。
どれもコンビニやドラッグストア、大型のスーパーでも見かける事が少なくなった商品ばかりだった。5位に自分が一番好きだったのにコンビニの棚から消えてしまった塩ラーメンが入っている。食べたくなって当時まだ大手通販サイトで売られていたものを買った覚えがあるが、今は取り扱いがほぼないだろう。
「メーカーの通販サイトだと実は安定して買えるんだけど、それ一種類のために利用するよりも、色々買えた方がいいじゃん。だから仕入れて、一箇所で買えるようにしてるの」
「確かに、これとこれ、どっちも好きでした。何でだろう、無くなりそうな商品を好きな人って他の商品も無くなりやすいのかな」
「あるあるだけど、そこは正直解らないよね。でもちょっとでも懐かしい商品ってついでに買いたくなるでしょ。そういう狙いもあるよ」
上田さんが熱心にコンビニにおける不人気商品を記録していたのはこの商売の為だったのかと驚かされると共に、自分もこのサイトで買い物をして塩ラーメンを久々に食べたいという気持ちになった。
「このベッドタウンを拠点に選んだのも、都心ほど激戦区じゃないけど確実にその次に影響が出る店舗、今後全国に流れが伝染していくかもってタイミングを逃さずに見られる場所だと思ったから。ここの賃料も都心より全然安いのも魅力だけどね」
色々と予測と計算で行動している上田さんが一気に大人びて見える。
学生という身分上仕方がないとは思うものの、時給でしか労働を考えていなかった自分とは意欲の向く先が全く違っていて恥ずかしくなる。
「一見薄利多売だけどね、この街には欲しがる人が数人しかいなくても、それが全国に広がると凄い数の注文があってね。一人で始めたものの手が足りなくなってきて、ちょうど人を雇おうと思っていたの」
「じゃあ、どうして今もコンビニでバイトしてるんですか」
「軌道に乗るまではもちろん生活費の為だったけど、今は実地調査。やっぱり棚から追われた直後くらいが一番渇望感が強いから、そこを逃したくなくてね。お客として通うよりもどうせならお金稼ぎながら情報を仕入れたいじゃん。レジ打ってるだけでも人気と不人気が見えてくるしさ」
上田さんは座ったまま、こちらを見上げて続ける。
「だから啓太くんにもそういう目で表のバイトを続けてもらいつつ、2・3時間を裏の方に来てもらえたらな、と思っているんだけど、どう?まだフルタイムとか、時給2倍は難しいけど、表の1.5倍は出すよ」
僕にとっては有難い話だった。
裏のここで2時間働けば表のコンビニの3時間分の給料が貰える上に、上田さんと一緒に働けるというのだから。
断る理由は何もないけれど、一つだけ気になる事があった。
「どうして僕に声をかけてくれたんですか?」
大袈裟かも知れないけれど、やはり一目惚れした自分としては上田さんが僕をどう思っているのかが気になった。
上田さんは椅子を左右に回転させながら、少し考えてから答えた。
「消えた商品を忘れてなかったからかな。商品棚って目まぐるしく入れ替わるし、そこで残り続ける人気商品って派手だから、そっちに気を取られて忘れていくのは普通のことなんだけど、啓太くんは私が供養塔を更新してる時によく消えた商品の話をしててね、それで向いてるんじゃないかと思ったの」
実際には、上田さんに話を合わせるために意図的に棚を追われた商品を覚える癖がついただけなのだけれど、そう評価してもらえたのなら公式見解をそう改ざんしたいと思った。
「期待に応えられるように頑張って働きます」
「よろしく頼むよ」
満足気に頷いて立ち上がり、握手を求める上田さんの手を緊張しながら握った。
ひんやりとした手だった。
「ところでリベンジャーズストアって」
「あぁ、ここで不人気商品が買えますよ、じゃ夢がないからね。ここで人気を取り戻して実店舗に返り咲いて欲しいってところかな。英語のRevengeだと物騒な意味になっちゃうから、カタカナのリベンジ、再挑戦みたいな意味を込めてつけました」
上田さんも大仰な由来を話すのは流石に照れくさいのか、俯き加減でそう言った。
僕はその横顔に見惚れながら、ここに就職出来る様に貢献していかなければと勝手に心に誓った。

この短編はこの日記から連想して書きました。
https://oka-p.hatenablog.com/entry/2024/02/25/190444

またー。

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