人材育成(2024.03.10〜03.16)

リスキングの施設としてオープンした研修所はカラオケボックスや個室のネットカフェの様な構造だった。
登録さえすれば無料で言語や化学、法律などの研修をオンラインで受ける事が出来る人材育成を図る目的と謳われる施設に兄が参加したのは5年前。
元々学ぶ意欲はあったものの、周囲との折り合いがつかずに不登校、半ば引き篭もりになっていた兄は研修所での研修にのめり込んで行った。
両親も俺も、これまでを取り戻すかのようにあらゆる学問に意欲的に取り組む兄を見て安堵したのをよく覚えている。
兄が研修所にのめり込んだもう一つの理由がポイント制度の存在だった。
無料で受けられる研修ではあるが、高度なカリキュラムについてはかなりの時間を要する事から、研修を受けるごとにポイントが支給されていた。
そのポイントは通貨へ換金する事が出来、これまで親に支えてもらってきたとう気持ちもあり、そのポイント支給が多い科目を兄は優先的に受講していけるように必要な講座をどんどんこなしていった。
毎日帰ってきていた兄の帰宅が1日置きになり、3日置きになる頃、兄から一月にもたらされるポイントは父親の月収を超える様になった。
俺たちは兄が頑張り過ぎていないか心配したが、兄は「家の役にも立って、将来この知識を活かして世の中の役に立てるなら嬉しい」と意に介さなかった。
2年前、兄は研修所でのある分野のカリキュラムを制覇し、国に雇われて海外へ赴任していった。年払いの契約金と各案件ごとに支払われる報酬は相当な金額で、その話を聞いて俺も通いたいと兄に話した事がある。
兄は意外にも「俺だけでも家族全員苦労させないから大丈夫だ、好きな事をやれよ」と反対した。俺は嬉しかった反面、兄に憧れたこともあり、彼が海外へ赴任してからすぐに研修所に通い始めた。
高度な学問になるに従いポイントの付与額が上がっていて、兄が研修所に通う中で何を学んであれだけのポイントを獲得してきたのか、通うようになって兄の努力量が凄まじいことを思い知った。
同じ研修所に通っていた人が通訳として海外へ派遣される事が決まった際、彼が修了した研修の履歴を見せてもらった。兄の半分にも満たないポイント数であった事がその認識をより確かなものとした。
国の新たな施策で高校の単位が研修所でも獲得出来ると決まった日、俺は高校から研修所へ拠点を移した。友達との毎日を失うことは躊躇われたものの、普通学科から大学へ通うよりも兄の様に国に雇われる道の方が将来に活かされるものが多いのではないだろうかという判断で、親も兄という成功例があったことで「毎日帰宅すること」という条件だけを課し、許可してくれた。
そして半年前、兄が死んだ。
赴任先での交通事故に巻き込まれたとの事で、焼けてしまい骨だけとなってしまった兄と多額の見舞金が支払われた。
両親は悲しみに暮れていたが、俺は悲しみと共に原因を突き止めようと兄の私物を漁った。彼の遺した本棚や電子書籍の蔵書を漁る事で、彼が辿った研修の先が軍事科学技術としてのプロフェッショナルだったのではという予想に至った。
技術的な貢献を果たす傭兵として国外に派遣され、紛争によって命を落としたのではないか。
超高齢化、超少子化が進むこの国で大きな外貨を稼ぐ手段は多くない。
国として規模が縮小していく中、人材を育成し、各国へ潜り込ませて国の影響力を維持し外貨を稼ごうという計画なのではないだろうか。
軍隊への入隊を条件に大学の奨学金を貸し付ける国があると読んだ事があり、その発展系であると俺は気がついた。
その頃、受講しようと選択した研修に契約を要するものが出現し始めた。
これ以上の内容を修了した場合には必ず一定期間は国と契約し、与えられた業務をこなす事という条件があった。また、更に上のカテゴリーにある研修を修了した場合はその契約が優先されるとも記されていた。
要するにここまでくれば仕事を斡旋するレベルなので国と契約しましょう、ただし更に上の条件を満たせばその内容で契約しますという事だった。
兄の口座への入金額からいって、すぐに修了し契約したとも思えない。
どこまで進めば兄と同じ危険度の領域になるのだろう。
そんな事を考えながらも次々と研修をクリアし、最後の受講科目へ辿り着いてしまった。
危険なことは頭で解っていても、俺がどこまで通用するのか、そして兄が何を見たのかという興味に突き動かされてここまで来てしまった自分がいる。
兄も俺もこの国に上手く乗せられてコントロールされているのかも知れない。
何の飾り気もないパーテーションに囲まれたデスクとデスクトップのパソコンがその緊張感に削ぐわず滑稽に思える。
たった一度のクリックで開く地獄の門を前に、画面に反射する俺は額に汗を浮かべ、それなのに口元は確かに笑っていた。

この短編はこの日記から連想して書きました。

https://oka-p.hatenablog.com/entry/2024/03/17/144954

またー。

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