夢のある仕事(2024.01.21〜01.28)
翔に呼び出され、俺たちはチェーンの喫茶店で待ち合わせた。
単価が他のチェーン店よりも高い代わりに喫煙が可能で長居が出来るその喫茶店は、SNS上ではマルチ勧誘の主戦場という側面を持ち合わせており、小学生の頃から近所に住んでいる翔がわざわざそこで待ち合わせという時点で何かしらの勧誘を受けるのではという疑いを抱き、幼馴染を信用出来ない自分への嫌悪感を抱きながら電車で数駅先にある店へと赴いた。
先に到着していた翔が4人掛けの席に座っている。
向かいではなく横に座るように促された時点で、俺は自分の疑念がほぼ確定なのではという気持ちになり、その気の重さで腰を下ろしたソファにどこまでも沈んでいきたいと思った。
翔がこちらを見て緊張した表情で言う。
「太一、休みなのにごめんな。本当は内容を説明して付き合ってもらうべきだったんだけど、頭から否定されるかも知れないって思って」
「それも怪しいけどな、もういいから何で呼ばれたのか教えてくれ」
店員にホットコーヒーを注文してから俺が尋ねると、翔は店員が去ったのを確認してから言いにくそうに口を開いた。
「俺、やりたい仕事があってさ、その業界の人に話を聞きたくて。でも一人じゃ不安で、お前が第三者目線で助言してくれないかなって思って」
翔が自分を騙そうとしていたのではなく、自身が騙される可能性に緊張しているという事が解り、俺は幾分心が軽くなる。翔を疑ってしまった自分を情けなく思う。
ただ、打ち明けられた瞬間から、怪しいビジネスの魔の手が翔に伸びているのではと言う新たな心配が生じる。
「何だよ、その仕事って」
「商材を売る、売るっていうと語弊があるんだけど・・・」
「大丈夫かよそれ」
今すぐ翔をネカフェに連れて行って闇金ウシジマくんを読ませた方がいいのではと思ったが、翔は真剣な目で俺に頷く。
「大丈夫、マルチとかじゃないのだけは確かなんだ」
頑固なところがある翔が真面目な顔で言い切るので、俺はもう付き合うしかないと諦めた。出来ることは友達が犯罪に巻き込まれない様に必要とあれば守ることだけだ。
その時、Tシャツにセットアップという出立ちのガタイのいいツーブロックの男が席に近付いて来た。いかにも過ぎる、と思っていると翔が腰を浮かせて挨拶する。
「Yasuさん、今日はお時間いただきありがとうございます!」
「あぁ、今日はオフだったから大丈夫だよ。こちらは?」
「友達の太一です。こいつはただ第三者目線で俺に向いてるかどうか、聞いててほしくて呼びました。すいません勝手に」
「とんでもない、太一くん、初めまして。Yasuです」
握手を求められ、よろしくお願いしますと返事をして手を握る。力強く握り返され、若干気圧される。
俺のコーヒーを持ってきた店員にYasuという男はクリームソーダを注文し、席につく。
意外過ぎるオーダーに、それなら俺もそんなに好きじゃないコーヒーじゃなく、ミックスジュースが飲みたかったなと思った。
「太一、Yasuさんは俺が今やりたい仕事のプロで、アメリカに進出して活動されているこの業界のトップランナーなんだ」
「大袈裟だな、たまたまだよ」
謙遜しながらも否定はしない、自信に満ちたYasuに俺も何かジャブ打ちをしておかなければならないと思い、質問を捻り出した。
「Yasuさんのお仕事って、どんなものなんですか?」
「翔くんから聞いてないんだね、僕の仕事はLost Itemerと呼ばれているよ」
「ロスト、アイテマー?」
業務内容が全く想像出来ず、俺は復唱しか出来なかった。
トップランナーと言われてもどれだけの競合がいるのかも想像がつかない。
Yasuはスマホを操作し、俺の前に差し出した。
そこには道端に落ちている手袋の写真を添えたSNSの投稿が映し出されている。
投稿文には「手袋落ちてた」とある。
画面から視線を上げた俺にYasuは言う。
「これはたまたま誰かが投稿していたものだけどね、要するに落とし物、Lost Itemで商品や場所を宣伝するのが僕の仕事なんだよ」
横文字にして造語を作った上に当然の様に使われると急に胡散臭い感じがする。
「そんなの仕事になるんですか?」
首を傾げる俺に翔が横から言う。
「おい、太一失礼だぞ」
「いいんだよ、こういうのを知っている人が増えてしまうと僕らの仕事も減ってしまうからね。嬉しい反応だよ」
Yasuが本当に嬉しそうに翔に言い、話を続ける。
「今の手袋が例えば素敵なデザインだったら興味が湧くかも知れないし、場所に意外性があれば場所に興味を惹かれるかも知れないと思わないか?」
「はぁ、まぁ」
言われる様に意外なものが意外な場所に落ちていると言うSNSの投稿を見て笑った経験は俺にもある。
「落とし物には不思議な魅力があってね、持ち主や経緯や物語を想像する。落とし物には可能性が、夢があると思わないか?」
「夢は言い過ぎだと思いますけど、可能性程度ならまぁ。つまり、落とし物のプロとして商品や場所のPRをする仕事ということですか?」
「その通り」
違法性があるのかどうかは判断がつかないが、太一はどう返事していいか解らなかった。なので、業務の違法性以上に気になったことを素直に尋ねた。
「そんなので稼げるんですか?」
「まぁ、正直僕らみたいに定期的に案件が回ってこないと厳しいと思うよ。僕らは組織を作って落とし物を使って商品や場所を宣伝する。商品名を書いたり特定班を装ったりはしない。依頼されたものに興味を抱いてもらうことを会社としてプロデュースするんだ。今は5人の小さな組織で活動していて、そこそこ稼げているという状態かな」
想定していた内容とかけ離れている為、俺には良し悪しが判断出来なくなっていた。
落とし物に夢を見出している人間が少なくとも5人いるという現実に驚かされる。
カードゲームが資産になり得るほど高額でやり取りされている世の中なのだ、おかしな仕事があっても不思議ではないのかも知れない。
加えて莫大な金が動いているという風でもない事なら警戒心も薄らいできてしまう。
翔を見ると、目を輝かせてYasuの話に聞き入っている。この仕事のどこにそのキラキラした目をするようなロマンを見出しているのか解らなくて困惑していたが、ふと思い出した。
翔は落とし物を見かけるとよく写真を撮っていた。道端に落ちている片方だけの軍手やハンカチなどを何が楽しいのか撮影してはどんな状況でこうなったのかな、どんな持ち主が落としたのかなと話していた。
「お前、そういえば落とし物に興奮する癖だったな」
「失礼だな、想像するのが楽しいってだけだろ」
顔を赤くして睨む翔に、電車が好きで車掌になりたい子供が重なった。
翔が前向きに検討してしまう理由が解るとともに、変わった趣味だなと改めて感じた。
「太一、これ見てくれ。米沢庵って日本庭園が売りの老舗のお茶屋さんに『七つの刃』の刀が落ちてたって投稿なんだけど」
気を取り直して翔が横からスマホの画面を差し出す。
アニメ化された人気漫画の主人公が使っている刀の模造品が美しい日本庭園をバックに掲げられている写真だった。
「これは米沢庵が新しくコスプレイヤーに庭園や茶屋を開放するサービスを始めたっていう宣伝と、この模造刀を宣伝したいっていう玩具メーカーとのコラボなんだ。知られていなかった場所とサービスと商品がネットの力で広まって、今ではどっちも1ヶ月の予約待ちになってるんだぜ」
翔の熱弁をどう受け取っていいのか解らず、ライターが商品を紹介するのと大して変わらないのではという気もして身構えていた自分が馬鹿らしくなり始めていた。
「とりあえず仕事の内容は解りました。けどそれでどうやってYasuさんはアメリカ進出しているんですか」
「きっかけは旅行会社からの案件でね、アメリカに住む人が京都や東京以外にも興味を持ちそうな場所にAmazonのギフトカードを落とした写真を英語投稿したんだよ。何ヶ所か回りやすいコースを設定して、その全部に。それがウケてね」
確かに外国人旅行者は京都や東京は外国人観光客が多過ぎて旅行感が薄れてしまう為、人よりニッチな場所を訪れたがるというニュースを見たことがある。
「こんな場所があるよって知ってもらうことで日本旅行に興味がある層にアプローチする、という事ですか」
「そう、知っている物が落ちていれば知らない場所でも心理的なハードルは下がるんだよ。アメリカ国内だけでも色々、そういう手法で仕事をさせてもらっているよ。太一くん、飲み込みが早いね」
褒められても凄さが解らない。翔が嫉妬を含んだ目で俺を見ている。
自分がここに呼んだ癖に何がしたいんだと俺は無視した。
「今ではアメリカに住んで、向こうの案件もやりつつ、日本の仕事も引き続きやっている感じなんだ。ちょっと5人じゃ人手が足りなくてね。それで翔くんが興味を持ってくれているならと誘わせてもらったんだ」
「太一、どう思う?俺、向いてるかな」
「俺が呼ばれたのはそういう話の為じゃないだろ・・・労働力として買い叩かれたり、違法なことをさせられるなんて事はないんですね?」
翔の質問を遮って、Yasuに尋ねた。友人を違法な金儲けに関わらせる訳にはいかない。
Yasuは「そんな事絶対ないよ」と前置きし、少し考えてから答える。
「まぁこういう広告手法自体が違法になってしまう可能性はあるし、その場合は広告プランを作成する会社として活動していくか、あとは副業の方に本腰を入れるか、かな」
「副業?」
「そう、このサイトなんだけど、これの広告収入も大きくてね」
Yasuがそう言いながらスマホを操作し、画面を見せてくれる。
「LOST ITEM.COM?」
顔を上げると二人が楽しそうな表情で気持ちの昂りを隠しきれない様子で語りかけてくる。
「そう、落とし物を撮影して投稿出来るサイトでね、世界中の国の落とし物を見られるんだよ!」
「俺のオススメはね、上海!あとね、インド!」
「わかるよ、ゴミなのか落とし物なのか論争でスレが盛り上がるよね!意外とオランダとか色んな国の人たちが集まる土地なんかがね」
「あーいいですね、日本も侘び寂びありますけどやっぱバラエティ豊富な方がー」
「もっと利益出たらもっと環境整えたいよね、主要言語に強いスタッフ雇って、マップ連動とか」
「やっぱりただの癖じゃねぇか!!」
盛り上がる二人に対して大声をあげてしまい、俺は店中の視線を集めてしまった。
この短編はこの日記から連想して書きました。
またー。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?