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スワップ協定による人民元の国際化

人民元の国際化について触れておくべきトピックとして通貨スワップ協定がある。2022年末時点で中国は40カ国と協定を締結しており、スワップ枠の総額は4兆元を超える。今回は人民元のスワップ枠が国際通貨体制において持つ含意を探る。

通貨スワップ協定とは

この協定は中央銀行同士がお互いの通貨を交換(スワップ)することを取り決めたものである。通貨スワップとはなにか。例えば、日本と中国でスワップ枠がある場合、日本銀行が円を支払うことと引き換えに中国人民銀行から人民元を受け取るといった具合である。

日本と中国では2018年に協定を締結した。設定されたスワップ枠は、日本銀行が2,000億元を引き出せるのに対して、中国人民銀行は3.4兆円を引き出せる。

スワップ協定の役割は緊急時の安全策である。金融市場が混乱して中国に進出した日系銀行が人民元を調達できない状況で通貨スワップが発動される。こうした状況で日本銀行が人民元を調達して日系銀行へ資金供給する。スワップ協定は流動性が枯渇する事態に備えた安全網になる。

スワップ協定の役割は上記のような理解が一般的である。しかし、人民元のスワップ枠は貿易決済や借入の返済にも使える。こうした目的で利用するスワップ枠をどう理解したらようのだろうか。

先例としてのアルゼンチン

中国とアルゼンチンは総額1,300億元のスワップ枠を設定している。そのうち700億元は外国為替取引のために自由に使える。他の用途として外貨準備の強化にも利用出来るという。

2023年4月、アルゼンチンは中国からの輸入代金支払いのためスワップ枠を利用すると発表した。アルゼンチンは経済危機によって自国通貨ペソが急落し、ドル準備が枯渇しそうな状況に追い詰められている。対外決済にドルを使わずに人民元を使うことによって外貨準備を節約するためスワップ枠を使う。

アルゼンチンは債務返済にもスワップ枠を利用した。2023年6月末に期限が到来するIMFからの27億ドルの融資うち11億ドル分をスワップ枠から引き出した人民元で支払う。このように金融市場が混乱した際の流動性支援ではなく、貿易決済や債務返済のために人民元スワップが使われる事例が出たのだ。

解釈の仕方

アルゼンチンが中国から輸入し、その代金はスワップ枠から引き出した人民元で支払う。この構図は第二次大戦後のマーシャル・プランを彷彿とさせる。マーシャル・プランではヨーロッパ復興のために米国が資金援助し、その資金によって米国からの輸入をドルによって決済できた。

また、債務返済のためにスワップ枠を利用させるのは中国が国際的な「最後の貸し手」になったのかと錯覚を起こさせる。ドル流動性の不足に対する融資はIMFの役割であるが、中国がIMFに成り代わって人民元の供給によって窮地に陥った国を手助けしている。

実際、スワップ枠の利用額は下図のようにここにきて急増している。2023年3月末時点の外貨スワップ残高は1090億元に到達した。国際金融の世界において中国が果たす役割を評価するためにも利用額の今後の推移には注目すべきである。

出所:Blomberg

こうした状況をどう理解すべきか。対中貿易において赤字となっている国には憂慮すべき事態である。スワップ枠から借りた人民元を返済しようにも貿易赤字のため人民元が入手できない。危機的状況にあるため通貨価値は人民元に対しても下落し、自国通貨で見た返済負担は大きくなる。

ドルを節約したとしても人民元の負債を増やすのは問題の先送りでしかない。スワップ枠の利用額を増やすことで「債務の罠」にはまってしまう。スワップ協定による人民元の国際化にはこうした負の側面がありうるのだ。

参考文献

  • 中国人民銀行(2023)『人民元国際化報告2023』

  • Bloomberg, 「世界の中銀、中国人民元の利用増やす-1~3月の外貨スワップ枠」、2023年5月17日、https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-05-17/RURW5JT1UM0W01

  • ロイター、「アルゼンチン、IMF融資の一部を人民元で返済へ=消息筋」、2023年6月30日

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