山口昌樹

山形大学・教授。 専門は国際金融論。 講義を履修する学生さんの補助教材としてnoteを執筆します。

山口昌樹

山形大学・教授。 専門は国際金融論。 講義を履修する学生さんの補助教材としてnoteを執筆します。

最近の記事

  • 固定された記事

日本人が知らない国富流出16兆円

海外流出する国富 円安と資源高を背景とした物価高のニュースが連日のようにメディアで報道されている。この物価高によって所得が変わらない場合でも購入できる財・サービスは減ることになる。いわゆる実質所得の減少である。 減ってしまった所得はどこへ行ったのだろう。そのうちの多くは燃料・資源の輸入額増加として海外へ流出している。実質所得の減少は家計レベルでは日常の買い物の際に実感できる。ところで日本全体としてはどのくらいの損失になるだろうか。 2022年度は約16兆円の所得が海外へ

    • 円建て貿易と競争力

      円建て貿易を伸ばすには 貿易取引における建値通貨は国際通貨が果たす機能の中では計算単位に該当する。日本の輸出について2023年下半期の数字を見ると、円の比率が33.8%であるのに対してドルが51%であった。 円建て輸出には為替リスクを抱えなくてすむというメリットがある。しかし、日本企業には円建て輸出を推進しない理由がある。大企業による輸出は海外現地法人との企業間貿易が多い。現地法人に為替リスクを取らせないよう現地通貨建てで輸出する傾向がある。 もう少し考えよう。現地法人

      • タイバーツに浸食されるドル

        ドル圏の実態 国際金融の世界では東南アジアはドル圏だと言われてきた。1997年のアジア通貨危機以前には、輸出増進が成長戦略であるため実質的に対ドル固定相場を採用して輸出産業を後押しした。 ドル圏であることは貿易建値通貨から分かる。1996年のデータ(タイ中央銀行)だと、輸出代金の受取はドルが91.7%、バーツが1.3%であった。輸入代金の支払はドル80.1%、バーツ0.8%という具合である。 あの危機から四半世紀余りが経過した。危機を繰り返さないための対応は外貨建ての対

        • 中央銀行デジタル通貨と国際決済

          中央銀行デジタル通貨(CBDC)への注目度が上昇している。CBCDがリテール決済に利用される場合、次のようなメリットが生じると言われる。CBDCは銀行口座を持てない人に対してデジタル決済システムを提供できる。また、犯罪やテロに関係する資金のマネーロンダリングを抑制できる。 CBDCが国際決済に利用されると、コストが低下し、着金までの時間が短縮することが期待される。実際、銀行のSWIFTを通じた国際送金の手数料は高い。三菱UFJ銀行のウェブサイトで確かめると、個人が他行あてに

        • 固定された記事

        日本人が知らない国富流出16兆円

          契約通貨としての円と豪ドル

          今回は国際通貨の機能の中でも計算単位(価値尺度)を取り上げる。民間部門においては契約通貨としての使用が計算単位の機能に当たる。例えば、輸出取引に際して商品の価格をドル建てにするという話である。なお、貿易取引において価格を表示する通貨を貿易建値(たてね)通貨とも呼ぶ。 契約通貨としての円 貿易取引で使われるのはなんとなくドルだと考えている人もいるだろう。財務省の貿易統計から日本の実態を垣間見ることが出来る。2023年上半期は、輸出ではドルの使用が51%、円は33.8%であっ

          契約通貨としての円と豪ドル

          国際通貨ドルの慣性

          米国は中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発に乗り気でない。FRBはむしろCBDCを警戒しているという。一方、欧州や中国はCBDCの実現に向けて実証実験を実施して前のめりの姿勢が見える。 2023年9月に公表されたIMFスタッフによる報告書では、CBDCが脱ドルを進めるように作用する可能性があるそうだ。果たしてそうだろうか。 コストから決済通貨を考える 決済通貨をドルから他の通貨へ乗り換えするのは容易ではない。そもそもドル決済にかかるコストが小さい。為替以外の世界でもそ

          国際通貨ドルの慣性

          贋金作りと国際通貨

          国外で流通するドル ドル紙幣の多くは米国内においてではなく外国で流通している。紙幣の国外流通について連邦準備制度理事会による推計がある。2022年第1四半期に国外で保有されるドル紙幣は紙幣残高のほぼ半分(1兆ドル)である。最高額面の100ドル紙幣では国外保有比率が3分の2にまで上昇する。 紙幣発行の増加分の8割が海外へ流出するという。なぜ国外でドルを保有するのだろう。まず思い浮かぶのは犯罪絡みの資金洗浄だろうか。こうした話も無くはないのだろうが、主な動機ではない。映画の見

          贋金作りと国際通貨

          武器としての国際通貨

          ウクライナ侵攻に対する制裁としてロシアの銀行がSWIFTから排除されたことは記憶に新しい。なお、SWIFTは海外送金等の国際決済をするための通信サービスのことである。こうした金融制裁はイラン、北朝鮮といった「ならず者国家」に対して実行されてきた。 テロマネーとの闘い 金融制裁が大々的に実施されたのは2001年の911テロに際してである。ブッシュ大統領はアルカイダへの反撃としてテロリストの資金調達ネットワークを破壊することを宣言した。 スタンフォード大・教授から財務省次官

          武器としての国際通貨

          中国による対外投資

          中国に対する海外からの直接投資が激減した。2023年は対内直接投資が前年比で82%の減少となり、これは30年前の水準だという。落ち込みの背景は現在の不動産不況から予想される経済成長率の低下がある。また、米中の経済摩擦や反スパイ法が外国企業を萎縮させ、中国への投資について再考を促した。 過去から俯瞰 目の前のニュースに反応して慌てるだけでは能が無い。中国への投資について過去から振り返ることによって現在地を確かめたい。中国について対外投資と対外調達の残高がどう推移してきたかを

          中国による対外投資

          国際不均衡の調整とケインズ

          調整の非対称性 現在の国際通貨システムにおいて国際不均衡の調整を赤字国に押しつけることが当たり前となっている。国際不均衡とは経常収支における構造的(中長期的)かつ過剰な黒字や赤字のことを指す。 調整が赤字国に押しつけられるとは、経常収支危機に陥る新興国を思い浮かべるとよい。対外決済に必要な国際流動性が枯渇する状況を経常収支危機と呼び、こうした新興国は短期融資を求めて国際通貨基金(IMF)へ駆け込む。 IMFはコンディショナリティと呼ばれる条件を課して融資を実行する。この

          国際不均衡の調整とケインズ

          『やっぱりドルは強い』けど

          中北先生による10年余り前の新書を今頃読んだ。私は学界の動向にもいま一つ疎く、とろくさい性質と自負している。お師匠さんからの献本の新書も3年後に目を通して感激しているという有様である。中北(2013)を読み、得心いかない点があったのでその理由を考えてみた。 強いドル 中北(2013)では、ドルの強さの根源は為替媒介通貨を主とする決済機能にあると主張する。さらに、ドルは基軸通貨ゆえに経常収支赤字のファイナンスが容易にできる。こうした認識は国際通貨の研究における共通認識である

          『やっぱりドルは強い』けど

          SDR本位制を考える

          ドル本位制の問題 金とのくびきを断ち切られたドルを基軸通貨とする国際通貨システムとなって50年余りが経過した。このシステム下において世界経済は成長を続けたものの安定性を欠くという問題が指摘されて久しい。 次のような事態が現行制度の問題として認識されている。急激な資本の流出入という資本移動の不安定性、為替相場の乱高下や均衡水準から乖離が続くミスアライメント、国際収支不均衡が調整されずに累積した不均衡が過大な調整コストをもたらす可能性である。 こうした問題に世界経済が振り回

          SDR本位制を考える

          国際通貨ポンドの機構

          機構とは機械などの諸部分が互いに関連して働く仕組みのことであり、メカニズムと言い換えられる。ポンドはどのような機構によって国際通貨の機能を果たしたか、歴史を19世紀まで遡ることによって確かめる。国際通貨ポンドを知ることで現在のドル体制、そして人民元の国際化を評価する際に役に立つはずだ。 1. 多角的貿易ネットワーク 機構の成り立たせる要素の1つは多角的貿易ネットワークが確立されたことである。経済覇権国であった英国は自由貿易体制を支持したことによって国際通貨ポンドの基盤を固

          国際通貨ポンドの機構

          国際通貨システムの分断を考える

          トランプ氏が大統領に再選した場合に中国に対する輸入関税を60%にすることを検討しているとワシントン・ポストが報じた。米中対立の再燃である。中国による知的財産権の侵害を問題視し、米国はかつて4回にわたる制裁関税した。結局は、中国による米国農産物の輸入拡大によって手打ちとなった。 決済通貨での分断 トランプ再選によって国際通貨システムが分断する事態となるのだろうか。予測するのは無理なので足下の状況を確かめておきたい。脱ドルの動きが顕著なのは中国とロシアである。ロシア中央銀行総

          国際通貨システムの分断を考える

          通貨価値と経済力③ 成長戦略

          一国の経済力を維持・向上させることは、その国の通貨建て資産へ投資する者に安心感を与えるだけでなく、投資によって得られるリターンに対する満足感さえ与えることにつながる。今回は米国、中国、EUにおける成長戦略を取り上げる。 それぞれの成長戦略 ① 米国 米国の成長戦略についてメディアから耳にすることはまず無い。実は、バイデン大統領は就任後まもなくであった2021年春に予算総額2.3兆ドルの「米国雇用計画」を発表した。実際にはその後の議会との協議によって1.2兆ドルへほぼ半減し

          通貨価値と経済力③ 成長戦略

          米国の国際マネーフローは変わった

          国際マネーフローの構図 米国を巡る国際マネーフローを模式化した表現として「世界の銀行」というものがある。この表現は国際金融における研究について大きな功績を残した米国のチャールズ・キンドルバーガーによるものである。 米国を総体として見ると、海外から短期資金である預金を受け入れ、海外に対して長期貸出をするマネーフローの構図になっていた。期間変換を行うこの構図はまさに銀行による金融仲介に擬せられる。 この構図は時とともに変化した。米国の対外資産において外国直接投資と株式投資と

          米国の国際マネーフローは変わった