長野凱旋・2
絶対終わんない。
"疑似的な死"らしい
消毒されたご利益を名残惜しみながら奥へ向かう。ご本尊を拝もうかと思いきやどうやら絶対秘仏というヤツのようで、垂れ幕の向こうの姿を見ることはできなかった。仏教が伝来した時に持ち込まれた仏像うちの一つらしい。ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃない。背後からストロボ当ててシルエットとか見せてくれてもいいじゃない。ゴチ新メンバーとは一体⁉ちなみに小さいお金が無かったので、賽銭は500円だった。投げ入れるかちょっと迷った。いやケチるつもりではなかったけどさ。生ビール飲めるじゃん、500円て。
さて、いよいよ楽しみにしていたお戒壇巡りに向かう。知ってます?お戒壇巡り。『善光寺本堂の最奥に位置し、御本尊の真下を通る真っ暗な通路です。一寸先も見えない暗闇の中を進み、途中の「極楽の錠前【じょうまえ】」を探って頂きます。この錠前は御本尊と結ばれており、触れることで直接ご縁を結べると言われます。』というヤツ。面倒だったからコピペしてやったぜ。つまりは、『真っ暗な通路を歩いて、その途中にある錠前に触れたら良い事あるよ』的な事らしい。昔は修業だったとか。ちょっとしたアクティビティみたいで楽しそうだ。絶対触ってやるぜ。どうせ出口で消毒するけど。
本尊脇の階段からお戒壇巡りは始まる。やはり善光寺の目玉コンテンツなようで、何組かが暗い階段へ列を成していた。僕も並ぶ。先に父母青年の3人家族が階段を下りていく。すぐ後ろを行くのは危ないと思い、僕は少し間を開けて進んだ。上の写真には無いが、階段右側の壁、僕の腰くらいの高さに手が描かれた紙が貼ってある。それが階段の先辺りまで連続して貼ってあって、「このあたりを触りながら進むと安全です」と書かれてあった。確かに壁を伝っていかないと結構危なそうだ。通路の中は少しくらい光が漏れているのかと思っていたけど、本当に真っ暗だった。普通に怖い。先に進んだ人たちの心細い声が聞こえてくる。転ぶのも怖かったので、張り紙の位置を伝いながら進んでいった。
通路の高さは180㎝の僕より少し高いくらいだ。頭をぶつける心配は無い。右手で壁を触り、左手を前に突き出してゆっくり進む。しばらく進むと右側の壁が途切れた。前は行き止まりだ。左は壁。あ、ここで右折か。右に曲がると、先に進んだ3人家族の「私無理、見えない」「いや母さん早く行ってよ」なんて会話が聞こえてくる。立ち止まられるとこっちも困るんだって。後ろから若いカップルの声が聞こえるんすよ。しかも彼女のほうが前にいるっぽいんすよ。もしも僕にぶつかりでもしたらめちゃくちゃ気まずい事になるって。息子にせかされて母親が進んでいく。僕もゆっくり進み始めるが、すぐに左手が人に触れた。「おっすいません」と青年の声。いや息子まだ居たんかい。
前を行く息子とぶつからないように、息子は僕に触られないように、お互いが暗闇の中で気配を探り合いながら進んでいく。こういう修業でもあるのか?もう一度右折すると、先のほうからゴツゴツと金属音が聞こえた。お、どうやら例の錠前があるらしい。音からしてもう少し先だ。右手は壁から離さず、左手で錠前を探りながら歩いた。どうやら前にいる息子は触れたようだ。「たぶん触ったわ俺」なんて自慢気に話している。何としても錠前に触れたい。左手の捜索範囲をさらに広げてゆっくり歩くと、壁を伝っている右手に金属が触れた。形を確かめる。これか?多分これだな。あっさり触れるじゃん。というか最初から位置がちょっとバラされてるじゃん。
実は入口にある張り紙の位置を触りながら歩くと自然と錠前に触れるというオチ。忖度されまくり修業である。ちょっとがっかり。先のほうから光が差し込むのが見える。出口だ。階段だ。結構歩いたんじゃないか?ちょっと光が眩しく感じる。なんか脱獄みたいだな。ついにやったぜ!光だ!外だ!後ろからの「ねぇ普通に触れたんだけど」という声を聞きながらゆっくり階段を上った。
仮に僕の苗字を「岩井」とします
本堂を出た。まぁいい話のネタになったな。きっとご利益もあるだろう。広い境内をしばらく散策すると「日本忠霊殿」なる建物を見つけた。戊辰戦争からの戦死者を供養しているらしい。しっかりと拝んでから仲見世に向かった。会社用なり家族用なりでお土産を探す。母からのリクエストは野沢菜漬けだったので、野沢菜の七味漬けを購入。会計で万札を出したら店員さんが申し訳なさそうに細か~いお釣りを渡してきた。もっかい賽銭入れたろうかな。
車に戻り、いよいよこの旅行の目的地に向かう。カーナビに「岩井神社」(仮名)と打ち込むと、所要時間は約30分。画面に表示される地名のほとんどに「岩井」の文字が。面白いなこれ。さっきのご利益でお腹を下し、途中トイレに寄ったりもしながら目的地周辺に近づいてきた。カーナビが「岩井」を含む名前の交差点を曲がるよう指示してくる。新鮮な体験だ。機械に名前を連呼されるなんて。かなり面白くてにやけてしまう。バス停の「岩井」、「岩井公民館」、「岩井薬局」なんてのもあった。いちいち車を停めて写真に収める。まるで僕がここの大地主になった気分。老後はここに居を構えるか。
到着。住宅街の中にデーンと広めの神社が建っている。邪魔にならない所に車を停め、浮足立って車から降りた。ここが僕の苗字発祥の地か。ついに来たぞ。父からこの場所の事を教えられて何年経ったか分からないけど、やっと来られたぜ。何度Googleマップで検索した事か。感慨深いものがあるな。興奮してきたぞ。
凄い。「岩井」の神社が建立してるぜ。どこもかしこも「岩井」だらけだ。そこかしこにある苗字を写真に収めながら境内の中へ。静かな住宅街に砂利を踏みしめる音が鳴る。社に上がり賽銭を投げ入れた。二礼二拍手一礼。こんにちは。東北からやってきました。ここが苗字のルーツだと父から聞いたもんで。数年前に両親がお邪魔したんですけど、僕はその次男です。多分この先何年か後に兄と妹が来ます。覚えててやって下さい。しかし意外とアレですね。思ったよりはスッキリしてる神社なんですね。いや全然期待外れとかじゃないんですけど。地元の神社だともうちょい色々あるんで。でもミニマリズム的で凄い良いと思います。最近っぽくて。良いと思いますよ、僕は。じゃあ失礼します。温泉行くんで。
参拝を終えて境内から出ると、ちょうど向い側に石碑が建っているのを見つけた。
「岩井氏発祥の地」と書いてある石碑だった。苗字発祥のいきさつが記され、「最近になって長野、新潟、山梨、関東地方の岩井が神社に集まるようになったんで記念碑建てました」的な事が文末に書いてある。じっくり読んでいると、近くで庭に水を撒いていたおじさんが話かけてきた。僕が東北からきた「岩井」ですと告げると、少し驚きながらも熱心に色々教えてくれた。15分くらいは立ち話したと思う。その間おじさんが持っていたホースからは水が出しっぱなしだったので、おじさんの足元に小さな川ができていた。勿体ない。ちなみにおじさんは渡辺というらしい。「岩井」ちゃうんかい。
衝撃の事実
渡辺さんが「近くの薬局で神社の歴史を綴じた冊子を貰えるよ」と教えてくれた。薬局の人が神社の管理をしているらしい。お礼を述べて薬局へ向かう。3分程度で着いた。ちょっと気難しそうなおじさんが奥から出てくる。「冊子が頂けると聞きまして」と伝えると「もしかして岩井さんですか?」と尋ねられた。きっと僕の他にもたくさん岩井が来たんだろう。冊子を頂くと「実は皆さん勘違してこちらにいらっしゃるんですけど、ここは岩井発祥の地じゃないんですよ」とおじさん。何だと。どういう事だ。寝言は寝てから言ってくれ。
頭が真っ白だ。そんな僕を気にかけず、ラミネートされた紙を出して話し始めるおじさん。説明用の紙を準備するくらい勘違いした岩井さんがよく来ているんだろう。小一時間「岩井」ルーツについて説明してくれたが、この旅行の目的を根本から消し去ってくれたさっきの言葉が強すぎて何も入ってこない。
確か「大昔に澤部佑さんという人がここ岩井という土地に越してきて、あだ名で岩井姓を名乗り始めた(澤部【岩井神荘司】佑、的な)。後に澤部一族は新潟や山形に移り岩井を使わなくなったが、なぜかそこであだ名であったはずの岩井姓が苗字として広がり始めた」という事だったはず。うろ覚えなので恐らく間違って記憶していると思う。フリーズした頭で一生懸命理解しようと試みた結果なので、まぁ仕方がないよね。
つまり「この神社は厳密に言うとあだ名発祥の地であって苗字発祥の地ではない」という事をおじさんは言っているらしい。ん?でも澤部さんがここで「岩井」というあだ名を名乗らないと苗字も存在しなかったんじゃない?じゃあルーツの地ではあるのか?ん?コレ僕の考え方の問題だな。じゃあこの神社は岩井のルーツです!今!僕が決めました!
その後、おじさんは「神社の向いにあった「岩井発祥の地」石碑を立てた全国岩井の会っていう団体が好き勝手吹聴して困ってる」「境内に石碑立てさせてくれってお願いされたけど断った」なんて聞きたくなかった話も教えてくれた。ありがとうございました。もう行きます。早く温泉につかって色んな疲れを癒したい。お礼を述べて失礼しようとすると、「一応、岩井神社のお札ありますけど買っていきます?」と聞かれた。苗字発祥の地じゃないって言った後によく勧められんな。1000円だって。買いました。
お店を出た。なんか一気に疲れたな。早く宿に向かおう。車を走らせてからすぐに仕事の電話が入ったので、ファミマに入り用事を済ませた。そこのファミマも「ファミマ長野岩井店」だった。一応写真を撮ったけど、さっきまでのテンションはもうない。貰いに行かなきゃ良かったな、冊子。
4000字超えてもまだまだ終わらないので3個目に続きます。
「名物な~んも無い」
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