見出し画像

金星 泡立った宇宙

最近帰り道によく金星を見る。駅から家に向かって西側に歩くから、金星を目指して帰ることになる。
穴が空いているみたいだな、と思う。
夜のとばりに、針でぷちっと空けた小さい穴。
でももちろんそこは穴ではなくて金星がある。どちらかといえば周りの濃紺のカーテンが穴なのだ。

宇宙にはたくさんの星が集まった銀河があって、さらにその銀河が群れをなす銀河団がある。不思議なことに、銀河が群がっているところと、何もないところにはムラがあって、全体として泡のような構造を成しているらしい。銀河は幾重にも重なる泡のように分布しているのである。

なぜだかわからないけど、この宇宙が泡立っていてよかったなと思う。宇宙はどちらかといえば泡立っていたほうがいい。泡立っているに越したことはない。なんならほんのり石鹸の香りがしていてほしい。


「多孔的自己(porous self)」という概念を最近知った。みちみちとして隙のない強い個人像に対して、輪郭が曖昧で他の影響を受けやすいような自己を指す。
近代化の中で、そうした自己は緩衝材に覆われ、主体者としての自立した「個人」を確立させていったとされる。
筋肉質の鎧で自分を覆わないと耐えられない現代の生きにくさも分からなくはない。一方で、背負い過ぎたものの重さと圧で、「個」は今にも倒れてしまいそうではないか。


張ちきれそうな自己にぷちっと穴をあけてみる。金星のように小さい穴。
深呼吸をすると、その穴から自分の中に、五月の夜の少しひんやりした空気と、泡立った宇宙が流れ込む。

遠くで犬が吠えて、うたかたの宇宙のせつなさが割れる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?