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【第4話|音声読上げ】メイたん テイ子 ナン -旅好きOL- トラベルトラブル【熊本阿蘇編】
*‐‐‐*概要*‐‐‐* [短編コメディ小説] やたら殺人事件に遭遇する小学生が現存する一方 北海道札幌市にオフィスをかまえる地元旅行誌 『powaro』でOLをしている3人娘が行く先々で 殺人事件に遭遇して、偶然居合わせた探偵とかに 事件を解決してもらうストーリー。 >>このページは高速音声聞流しです<< *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* ▼本編はコチラ https://note.com/shyr/n/nb523af82d69d *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* あ、こんにちは。 私は金田一奈々(きんだいち なな)です。 私立探偵・金田一 耕助の『金田一』に、奈良県の『奈』で奈々です。 今度、ロッテから出たザッカルをたくさん買い込んで、旅行先の温泉宿で食べるつもりでしたが、皆さんお察しの通り、殺人事件に私は巻き込まれています。 いったい何度目?って感じなんですが、STV(札幌テレビ放送)で、ジブリ映画の『風の谷のナウシカ』を再放送したのは、私の記憶だと6回くらいのはず。 昨年も、もののけ姫がたいへん話題になって、それを記念して『ナウシカ』が金曜ロードショーで放送されたばかり・・・。 「何度目だナウシカ」って、再放送たびに思ったものだけど、私が殺人事件に巻き込まれるのも何度目なのよ? わずか4~5か月の間に2回目も泊まった宿泊先で殺人事件が起きているんですよ。 「3回じゃないの」って思ったでしょ? 3回目じゃないですよ。 福島県で遭遇したのは、悪質なドッキリ。 誰も死んでいません。 だから、今回の殺人事件で私が巻き込まれたのは、2回目です。 そして、磯山先生のドッキリの生贄にされた私たちは、半ば強引に編集長から、熊本県の温泉取材と、それに便乗した温泉旅行を勝ち取ったの。 こうして私たちは今、熊本県阿蘇市の温泉宿に宿泊しており、とある殺人事件に巻き込まれているんです。 温泉宿のロビーには、宿のご主人の福岡さんによって泊り客が集められている。 福岡さんに宿泊客を全員集めるように依頼したのは、偶然この宿に泊まっていた警視庁捜査一課の刑事、橘薫子(たちばな かおるこ)さんだ。 実際には、甥っ子の橘左近(たちばな さこん)さんが事件の謎が解けたからということらしいけど、この橘左近さんはとても奇妙な人だ。 常に文楽人形を持ち歩いていて、その人形と会話しながら普段も過ごしている。 私からすると少し不気味である。 「左近、そろそろ教えてくれよ。 おまえ、いったい何を掴んでいるんでぇい!」 しびれを切らしたかのようにそう言ったのは、左近さんが操る右近くんだった。 なんかややこしいなぁ。 結局は、左近さんが話しているのよね? 「そうだね右近、ちょうどいま考えがまとまったところだ。 薫子さん、皆さんを集めてくれてありがとう。 さて・・・。」 さっきまで目を閉じていた左近さんが、そっと目を開くと、集まった私達の方に顔を向けた。 「床に落ちてた白い粉を右近が舐めたときにわかったんです。 あれは幻覚剤でした。」 唐突に左近さんは幻覚剤という一般人には馴染のない単語を発した。 しかし、これに対して「ありえない」と答えたのは、宿のご主人の依頼で来ていた金田一ハジメさんだった。 「俺を甘く見てんじゃねぇか? 名探偵のボーヤ。 君がどういった人物かは薫子さんから聞いたが、こっちも探偵・金田一耕助の孫っていう自負がある。 その俺を差し置いて勇気があるねぇ。」 「ハジメさん、僕は常々あなたの噂を聞いていました。 剣持さんと薫子姉さんは同じ警視庁捜査一課の刑事ですから。 ハジメさんのことは密かに尊敬していますし、決してハジメさんたちを差し置いて何かするつもりはありません。 そんな敵意をどうか向けないでください。」 「別に敵意を向けてるわけじゃない。 ただ、なんで人形のそいつが白い粉を舐めて、それが幻覚剤だとわかるんだと疑問を投げかけてるだけだ。 そんなのありえないだろ。」 これを「天才2人による頭脳戦」と言っていいのだろうか? たぶん、この場にいる全員が、「いやそれ人形!」って心で突っ込んだと思うよ。 改めて私は、今の状況を頭の中でおさらいした。 まず、左近さん・薫子さんが到着して間もなく、宿の外で男性の焼死体が発見された。 すぐに110番通報がなされ、駐在所からお巡りさんが一人この宿に来た。 その後、犯人がわかったと薫子さんが皆をロビーに集つめた。 ロビーにいるのは、札幌のタウン誌「powaro」の企画で取材に来た私とテイ子さんとメイたんの3人。 私たちは、左近さんと薫子さんのすぐ隣に立っている。 次に、左近さんたちと対面する形で立っているのは、この宿のご主人の福岡さんと従業員の佐賀さん、長崎さんの3人。 駆けつけたお巡りさんは熊本さんで、宿のご主人たちのすぐ横に立ってる。 そして、私たちと向かい合って立っているのが、福岡さんからの依頼で呼ばれた金田一ハジメさんとその助手の七瀬美雪さん。 さらに薫子さん同様、警視庁の刑事である剣持勇さんがハジメさんたちに同行している。 この温泉宿にいるのはこれで全員だ。 もともと、宿泊客が消えるという怪奇現象が起きていたことから、お客さんの制限をしていたそうで、純粋な観光で来ているのは左近さんと薫子さんだけだった。 年末年始に薫子さんは事件の捜査をしていて、遅い冬休みだそう。宿の方は3月になり客足も減っていたタイミングでハジメさんや剣持さんに来てもらったとか。 いやいや、偶然がさく裂し過ぎでしょ。 STV(札幌テレビ放送)でやってる「名探偵コナン」って、私たちのニックネームと瓜二つなんだよね。 これが事件を引き寄せてない? メイたんは、「私たちの名前がパクられた!」って、テンション上がってたっけ? まぁたしかに、「メイタン テイコ ナン」は、テンション上がるのわかるけど、私の「powaro」入職が3年前なんだから、それはありえねぇーよ、メイたん。 「ありえない」といえば、右近くんが舐めたという白い粉だ。 ハジメさんと左近さんはこのまま敵対するのかしら? 「ハジメさん、右近には不可思議な力が宿っているんです。 推理の精度に関わるデリケートでセンシティブな理由ゆえ、詳しい話は割愛しますが、人智を超えた出来事って実際にあると思いませんか?」 「確かにそれはある。 俺も学園で怪奇現象によく遭遇する。 この宿の主人が俺に依頼したのも、そんな噂を聞いたからだろう。 ただ、最初は断ろうとした。 ここ阿蘇市は、火山によって作られた窪地にあるカルデラの街だ。 周辺は崖に囲まれていて孤立しやすいと言える。 俺や七瀬は、外と連絡ができない閉ざされた場所で事件に巻き込まれる事が多かったからね。 だけど、話を聞いた剣持警部の立っての希望で、俺たちは今ここにいる。 いいだろう、左近くん。 じっちゃんの名にかけて、右近についてはこれ以上は何も言わないよ。」 どうやら2人の天才は手を組むことにしたようね。 「それで左近君、君は白い粉が幻覚剤というが、それと外の焼死体はどう関係しているというんだい?」 ハジメさんが、改めて左近さんの最初の発言に話を戻した。 「その前に、剣持警部に聞きたい事があります。 剣持警部は今、江東区で起きているカルト教団の住民トラブルや失踪および死亡事件を追っていると思います。 そんなあなたが、どうして熊本県にいるのでしょうか? おそらく教団の土地をめぐる不正事件と関係があるのではないですか?」 ハジメさんの横で聞いていた剣持さんが驚いた表情をしている。 どうしてそれがわかったんだと言ったような顔だ。 「カルト教団『ニルバーナ元気主義』。 まさか左近くんが知っていたとはね。剣持さん、俺が話すよ。」 刑事の立場から開示できることとできないことがあるのだろう、口を開けずにいた剣持さんに変わってハジメさんが説明を始めた。 「朝まで生テレビに教祖が出演したり、いろんなメディアで引っ張りだこの新興宗教、それがニルバーナだ。 ツッコミどころ満載の教祖の言動からテレビ出演は多いものの、近隣住民とのトラブルがやたらと多く、関係者が亡くなったり失踪したりしている噂もある。 というか、事実だ。 剣持さんは殺人の線で教団の捜査をしている。 そして、左近君の言う通り、ニルバーナは熊本県の土地を不正入手したことで熊本県警の強制捜査が入ったんだ。 ところが、事前に警察の動きを掴んだ教団は、重要な証拠を握る男性幹部たちを逃がし今も逃亡中だ。 俺達はそいつ等がこの宿に泊まったと推理している。」 「なるほど、するってぇと、薫子がこの宿の予約をしようとした時に、客払いをしていると宿の主人に言われたのは、凶悪な教団の幹部が潜んでいるかもしれないからだったのか。」 「そうだね右近。 ですが、薫子姉さんも警視庁捜査一課の警部補です。 何かの役に立てると僕らもここに来たんです。」 「薫子の手柄は、ほとんどが俺っちと左近の推理で解決した事件ばかりだけどな!」 右近くんが得意げにそう云うと、薫子さんはややヒステリックに右近くんに怒った。 そういえば、剣持さんも薫子さんも東京の刑事だった。 警視庁っていうのが正直よくわからないけど、北海道でいう県警なのだろう。 なぜ都警と言わない?。 剣持さんは、いかにも叩き上げの刑事といった感じで、以前お会いした警部補の古畑さんよりも役職は上で警部だという。 宿泊客が消えたことで依頼を受けたそうだが、ニルバーナの逃げた幹部たちの関与・・・、彼らがここに来たのには、そんな裏の事情もあったのね。 薫子さんは、完全なオフで温泉旅行に来たってことだったけど、やはり刑事として何かできると、こちらも裏の目的があった。 ところが、左近さんと薫子さんが到着してから間もなく、焼死体が見つかった。 そこから左近さんが推理を働かせて、床に落ちていた白い粉から何かを掴んだ。 左近さんの話は、その白い粉の話に戻った。 「剣持さん、教団の住民トラブルは異臭騒ぎが発端だったと聞きます。 それは教団が幻覚剤を密かに開発していたとは考えられませんか? ニルバーナの出版物によれば、教祖は自身を超能力の始祖と語り、信者たちも彼の超能力によって幻視体験をしています。 この神秘的な体験は、幻覚剤の投与で起きていた可能性はないですか?」 その問に答えたのは、ハジメさんだった。 「左近くん、どこまで君は情報を掴んでいる? それともすべては推理なのか? 先般の強制捜査で、たしかに教団施設から幻覚剤と思わしき白い粉が見つかっている。 教団は海外から仕入れた風邪薬と言っているがね。 どちらにせよ、この宿にあった幻覚剤の成分が教団のモノと一致すれば、間違いなくこの宿に教団の関係者が出入りしていたことになる!」 ハジメさんがそう云うと剣持さんは「ハッ!」とした顔で、駐在所から来た熊本さんに「この粉を鑑識に回してくれ」と言った。 それを聞いたハジメさんは、強い語気で剣持さんを制止する。 「剣持さん! それはやめた方がいい。 少なくとも熊本さんにそれを渡しちゃダメだ。 だって、宿泊した幹部たちが消えたように見せかけ、焼死体で捜査をかく乱しようとしたのは、ほかでもない熊本さんなんだからね!」 教祖が薬物を信者に使用していたショッキングな話から、それをさらに上回る衝撃の事実をハジメさんは口にした。 なんと、お巡りさんである熊本さんが、焼死体や教団幹部の逃走に関与しているというのだ。 「え? 僕がですか? う~ん、それってもちろん冗談だよね?」 そう言ったのは熊本さんだ。 まったく動揺している様子もなく冷静そのものだ。 左近さんも、控えめに続ける。 「たしかに、熊本さんを犯人とする証拠はありません。 だけど一つだけ気になる事がありました。」 「あぁ、俺もそこに引っかかってたぜ。 俺達が通報してからアンタはここに来たが、ずいぶん早かったよな?」 「言われてみれば、不自然なくらい来るの早かったな! 左近も気になるとこってそこか!」 「ええ右近。 ハジメさんの仰る通り熊本さんの到着は、まるで焼死体を放置して、その場で待機していたかのようにすら思えるほど早かったです。」 「ここは、阿蘇市の中でも特に孤立しやすい立地にある。 ミステリー好きなら知っているだろうが、こういう場所は、クローズド・サークルの舞台に使われる。 つまり、孤立した状況になりやすいんだよ。 なのにアンタは焼死体が発見され、通報がされてから数分でここに来た。」 そう2人の天才から指摘されても、まったく余裕の表情を崩さない熊本さんは、本当にわけがわからないといった口調で答えた。 「あ、そっかそっか。 早く着いたからってことを、君たちは言いたいのか。 たしかに、早かったよね。 ちょうど自転車でパトロールしてたからね。 あと、あれかな? お客さん払いしてたから、交通量も少なかったよ。 なんかごめんね、変な勘違いさせちゃって。 でも、本当に僕は関係ないから、 たぶん逮捕されても裁判で無関係が証明されちゃうし、気が済むならぜんぜん今、逮捕してもいいよ。 大人が出来る事なんて、若い子たちの過ちを許すことだけだと思うしね。 2人ともなんかごめんね。 ここまで無関係な僕を指さしてくれたのに。 気の毒すぎて本当ごめんね。」 えっと・・・。 流石に悪いけど、ここまで一切の動揺を見せないって、熊本さんは本当に無関係だと思う。 これまで私は、プロの事件解決を2回見てきた。 毛利さんや古畑さんに比べると、2人の推理はまだ若いなって思う。 それでもハジメさんと左近さんは食い下がる。 「熊本さん、あなたは自転車で来たと言いましたよね?」 「だな左近。 なのに交通量が少なかったという理由を挙げた。 交通量って言葉は車が混んでるかどうかの時にたいてい人は使う言葉だ。」 「僕なら自転車の時は「人が少なかった」って言うでしょう。」 「ああ、左近。 熊本さんはどうやら動揺を隠しているようで内心はきっと焦っているようだぜ。」 言われてみれば確かに「交通量」と言った時に違和感があった。 だけど、それでも決め手にしては薄いと思う。 まだまだ熊本さんは余裕の表情だ。 「自転車も車両に分類されるんだよ。 まぁ、でも、たしかに人が少なかったって言った方が良かったね。 熊本県警は、強制捜査で阿蘇市のX村に集まっているけど、幹部のヤヤカワさんやムムイさんがその場から逃げるなら、車で一気に県外に出ると思うよ。 わざわざ市内の宿に泊まるとは思えない。 白い粉のLSDも、右近君が舐めたって時点で荒唐無稽だ。 裏庭の信者の遺体は捜査かく乱とも言ってたね? いくら教団内で信者死亡事故があったとはいえ、捜査かく乱のためにここまで運ばないよ。 焼却用電子レンジの特許申請を教祖はしているから、焼死体とこじつけたくなったのかな? 熊本県警に信者がいたから、事前に教団は警察の動きを察知して、女性幹部を囮に、ロシアから自動小銃を仕入れているヤヤカワさんや、すべての犯罪活動に関わっているNo.2のムムイさんを事前に車で逃走させ、途中で女装した上で電車で東北に逃げる計画だなんて、そんな話はアニメかマンガか、浄瑠璃か能だよ。 もしくは『ねじりはちまき角刈り奮闘記かな。 まぁ、それくらいの想像力があるのは高校生らしいって気もするけどね。」 「おい左近、コイツ何を言ってるんだ? 途中からまったく話に出ていなかったことまで話していたぞ!?」 「ええ右近、正直、僕も驚いてます。 LSDと言った時はしっぽを出したと思いましたが、僕でも知らない情報が語られて困惑してます。」 「なぁ、アンタ、その話をどこで聞いた? いや、まずは話の整理だ。 左近が幻覚剤と言った粉をアンタは『 LSD 』だと知っていた。 焼死体が見つかったのが裏庭であることも、強制捜査の教団施設が、X村にあることも、逃走中の幹部の名前も、ピンポイントに言い当てている。 だが、それは警察だからとも言える。 でもな、警察ですら知らないことをアンタは話したんだよ。 教団が武装化してた? ロシアから銃を仕入れている? 信者の死亡事故? そんなこと教団内部の人間しか知り得ない情報だ! 熊本県警に信者がいたって、それはおそらくアンタ自身ことだ!」 熊本さんの顔がみるみる青ざめていく。 この人、内心は動揺しまくっていたんだ。 それで、予想のはるか斜め上を突き抜ける口の滑らせ方をしてしまった。 犯人しか知りえない情報のデパートだ。 そんな彼の表情はやがて鬼のような形相となっていた。 青鬼・・・?! いや、違う!! あれは人間の悪意を形にした悪魔の笑みだっ!! 「教団を舐めるなよ、ありんこ。 お前らなど教祖さまと比べれば虫けら同然。 教団を舐めるなよ、教祖様の底すらない悪意を!」 そのセリフと同時に、彼は自らの心臓を中指で貫いた。 その瞬間、施設を中心とした半径100mが吹き飛んだ。 ミニチュアローズ(産屋敷の薔薇) 教団が開発した非常に安価で作れる爆薬だ。 その爆炎はまるで薔薇のように咲き誇る。 大正時代に大富豪だった産屋敷邸が、何者かによって爆破された事件をもじり、「産屋敷の薔薇」と名づけられたこの爆薬は、無慈悲にも・・・・・・ 「ナン、ここのベタ塗りってこんな感じでどうかしら?」 Gペンで筆入れをしている私に、そう声をかけてきたのはテイ子さんだ。 カラフルなブラウン管パソコンの「iMac」を持っているテイ子さんに、私の同人マンガの制作を手伝ってもらっていた。 「テイ子さん、さすが飲み込み早い。バッチリです」 机に向かう私とテイ子さんの後ろから声が聞こえた。 「ナン、ザッカルもっとない?」 おやつのおかわりをしてきたのはメイたんだ。 同人マンガの手伝いをしてくれるわけでもないのに、私がテイ子さんの家に行くと知ったらついてきた。 この人は基本寂しがり屋だ。 まぁ、でも、旅行に出かければ事件に巻き込まれる体験を繰り返せば、そうもなるか。 熊本県阿蘇市から札幌に戻った私たちは、参考人として事情聴取を聞かれたり裁判への証言を求められたり、日常に戻るまで数ヶ月がかかった。 カルト教団ニルバーナは、国家転覆を狙ったテロ計画を進めていたが、左近さんとハジメさんの二人のおかげ、というか熊本被告のうっかり発言で阻止できた。 教団内の修行中の事故で数名の信者が亡くなったそうだが、それ以外に被害者でなかった。もしテロが実行されていたら数百人規模の犠牲者が出ただろうと剣持さんが言っていた。 今、こうして日常を楽しめているのもあの場で2人の天才によって事件が解決したからだ。 そして、日常に戻った私は久しぶりに同人マンガを描きたくなり、夏に東京で行われるコミケに向けて、テイ子さんの家でマンガを描いている。 内容はミステリー・ダーク・ファンタジー。 青い彼岸薔薇によって超能力を得た教祖が、推理によって追い詰められるストーリーだ。 血みどろの展開もあるけど、締めくくりの言葉はもう決まっている。 「推理で犯人を追いつめて、みすみす自殺させちまうような探偵は、 殺人者と変わらねぇよ」 名探偵コナンのオマージュだ。
【第3話|音声読上げ】メイたん テイ子 ナン -旅好きOL- トラベルトラブル【福島県/後編】
*‐‐‐*概要*‐‐‐* [短編コメディ小説] やたら殺人事件に遭遇する小学生が現存する一方 北海道札幌市にオフィスをかまえる地元旅行誌 『powaro』でOLをしている3人娘が行く先々で 殺人事件に遭遇して、偶然居合わせた探偵とかに 事件を解決してもらうストーリー。 >>このページは高速音声聞流しです<< *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* ▼本編はコチラ https://note.com/shyr/n/ncb8fbb9f2af4?sub_rt=share_h ▼福島県/前編はコチラ https://note.com/shyr/n/n74d0f0405168?sub_rt=share_h *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* 磯山さんは、遺体は外を歩いていたとイメージしている。 だけど私はこの談話室を歩いていたとイメージした。この違和感は、なんなのかしら? 今泉さんの話を聞いた磯山さんは続けて話す。 「君の話は全く理路整然としていない。構成力が皆無だよ。どういう状況で、何を見たのか掴みにくい内容だったが、要は菅笠(スゲガサ)を被った3人の地元民がこの民宿の外を歩いていた。 それがもし犯人だったとして、すでに外に出ているなら、とっくに逃げてるだろうよ。 なにせ、1階のテラス付きの3つの特別室のうち、103号室は角部屋だ。 より外からの出入りも容易いはずだ。 この談話室に残っている人たちが、犯人である可能性は低い。 なにより私は、温泉に入るため以外に、部屋から出ていない。 ここの民宿は、段差地に建てられており、2階が玄関口なのは古畑さんもわかっていると思うが、建物の構造上、2階の泊り客が1階に降りれば、談話室から必ず見える。 ドアを閉めても、窓ガラスから必ず見える。 そして、談話室を横切らない限り特別室には行けない。 メイさん、あなたたち3人は、ずっと談話室にいたと思うが、私を一度でも見かけたかね? 今泉さん、学生さんたち、そしてメイさんたちが談話室で、オーナー自慢のアップルパイを食べている時も、私はずっと部屋にいた。 アリバイがあるのだから、事件に関与している可能性が低いことは、プロならわかるでしょ、古畑さん。 私が帰ることで私が困るという主張は、今泉さんの話を聞いても、理解できないが、私は無関係なのは明白だ。 もう帰らせてもらうよ。 あぁ、あとは部屋番号か。 それは怯えて今泉さんが幻覚でも見ただけだろ。 それに見たところ、あの手の部屋番号はプレートを入れ替えやすいから、犯人が撹乱するためにやったとも考えられる。 そうすると今泉さんが恐怖で混乱している様を見る限り、犯人たちの作戦は成功してるな、うん。 犯人は、もうとっくに逃げているで間違いないだろう。 では、諸君これで。」 磯山さんは、まるでスピーチに呼ばれたゲストのように、止めどなく推理と見解、そして自分の主張を語ったあと、談話室から立ち去ろうとした。 ところがそれを不適な笑みを浮かべる古畑さんが止めた。 「磯山先生! あなた、談話室のドアを左手で開けようとしましたね? 右利きのあなたが、その配置のドアノブを握るのは左手では不自然です。 先生のその右手には、部屋番号の書かれたプレートでもあるんじゃないですか?」 古畑さんがそう言うと、怪訝な表情を浮かべた磯山さんは、数秒 黙ってこちらを見つめ、「ふっ」と鼻で笑ったあと、私たちに右手を見せてくれた。 その右手にはべっとりと血液がついているように見えたわ。 「さっきまで部屋で絵を描いていたんだ。 私の作品は、血みどろの絵が多くてね。 変な誤解を避けるため隠していたが、描いているところは私の部屋を訪ねてきた学生さんたちも見ている。 お望みなら今から私の部屋に来ればいい。 ふふふ、とんだ妄想だったね古畑さん。」 「んふー、ふっふー。 ずいぶんと学生さんたちは、先生の部屋に出入りしていたようですね。 そこのOLさんたちは、サインをもらうため先生の部屋に行ったが、『断られてしまった』と言ってました。 この差はなんなのでしょうか? ズバリ、磯山先生! 今回の事件の首謀者はあなたですね?」 古畑さんは笑みを浮かべたまま、獲物を捉えた獅子のように磯山さんを見据えている。 今帰ったら困るのは磯山さんだと、さっき古畑さんは言ったけど、今度は「首謀者」と言った。 つまりそれは磯山さんがオーナー殺害に関与しており、この事件は複数の人によるグループの犯行であることを示唆しているってことよね。 「首謀者」って言葉の意味は、悪さをするグループの中心人物を指す言葉。 「犯人」ではなく「首謀者」と言った古畑さんはどんな推理をして、どこで磯山さんの嘘を見破ったのか? 私たちは古畑さんの言葉に集中する。 「あなたが先ほど、スピーチのように話した内容は、犯人しか知りえない情報のデパートでしたよ。 そのことにお気づきですか? 磯山先生。」 「な、なんだそれは。 なんだというんだ。 言ってみろ」 「んふー、ふっふっふー。 それじゃまず、磯山先生 あなたは東京出身と聞いてます。 雪国出身の人ならまだしも、なぜあなたは、(スゲガサ)なんて笠地蔵に出てくる笠の名前をご存知なのですか?」 「むむ、そ、それは、私は漫画家だ。 取材に基づいて作品をかいているし、雪国の田舎を舞台にした漫画をかく予定もあった。」 「では磯山先生、なぜあなたは、今泉君はオーナーさんの死体は『1体ではなかった』と言ったのに、あなたはそれが3体だったと断言したのですか?」 そうだ、確かに今泉さんは「1体ではなかった」と表現していた。 それに対して磯山さんは「3体」と言っていた。 私もメイたんに、犯人が死体を運んだ可能性について話す時に、「複数の遺体」って言い方をしていたわ。 それは、あの今泉さんの言い方では、正確な数がわからないからよ。 でも違う。 さっき私が感じた違和感はそこじゃない。菅笠(スゲガサ)を被った人を見たと言われれば当然、雪降る外を歩いていたとイメージするけど、今泉さんの話なら談話室をイメージするはずなのよ。 古畑さんは、ちょうどその点についての見解を話はじめたわ。 「今泉くんが103号室に向かう遺体を見たと聞き、磯山先生は外からテラス方向に向かう地元民や逃亡する犯人の可能性を示唆しました。 だけど、今泉くんが窓から見たというのは、そこの談話室のドアの窓ガラス越しに見たという意味だったんです! 金田一さんたちが談話室でアップルパイを食べている時に、ドア窓を今泉くんが『覗き窓』と表現したことで笑われたそうです。 この時期はドアを閉めないと寒いですが、談話室のドアはコミュニケーションを大事にするオーナーさんらしく、様子を確認できる透明のガラス窓がついてます。 デザインもオシャレで、あのドアが談話室をエレガントに演出していると思いませんか? そんなドア窓を、いかがわしいお店に行ってそうな今泉くんが「覗き窓」と表現して笑いが起き、その場にいた人は覗き窓といえば、談話室のドア窓と共通の認識を持っていました。 だから、今泉くんが覗き窓から遺体が歩いているのを見たと言ったとき、遺体は談話室を歩いていたと、その場にいた人たちはわかったはずです。 ですが磯山先生は、今泉くんが2階の廊下の窓から外を見たと勘違いしたんじゃないですか? ただ、このこと自体は磯山先生のアリバイを証明するものです。 本当に部屋にこもっていたからこそこの発言なのですから。 私だって部屋にこもっていたので磯山先生と同じように考えました。 しかし、だからこそ磯山先生の話には大きな矛盾があるのです! ずっと部屋に居た磯山先生は、1階の特別室のテラスの様子や部屋番号のプレートのことを知っているのはおかしいのです! もとより、いま挨拶を交わしたばかりの金田一さんたちの下の名前をあなたは知っていた。 こちらの3人のお嬢さん、さきほど名字しか名乗っていません。 だけど私もお二人が「メイ」って名前だと知っています。 今泉くんから聞きました。 3人の内2人が名前にメイが付くため、メイたんと呼ばれているカワイイ子ちゃんがいると、今泉くんが浮かれてましたよ。 人の名前は意識していないと忘れるものです。 電話でももう一度お名前よろしいですかと聞かれることが多いですが、意外と下の名前は記憶に残りやすいものです。 しかも、「メイたん」のエピソードは特徴的で、名字が出てこなかった磯山先生は「メイさん」とお呼びになったんじゃありませんか? ちなみに、私は談話室でアップルパイをみんなで食べていたことは知りませんでした。 今泉くんは食い気より色気だったようです。 だけど、磯山先生はアップルパイのことも知っていました。 学生さんたちがあなたのファンだから部屋に入れた、にしては、あまりにもあなたは色々と部屋の外の様子を知っている。 あなたの先程の発言の数々は、あなたにアリバイがあるからこそ “ 大きな矛盾 ” となっているのです。 そしてその矛盾は、あなたが学生さんたちを動かし、裏で糸を引いていると考えれば辻褄があうのです!」 私が感じた違和感の正体はこれだ。 談話室に出入りしていた宿泊客とそうじゃない人とで、認識に大きなズレがあったんだわ。 私がこの民宿を穴場と思ったのは、こういう所では珍しくスイートルームがあるところだった。 段差地に建てられた温泉宿のこの民宿は、磯山さんの言ったとおり、2階が表玄関になっており、1階の部屋は川辺に面したテラス付きの特別室で、松竹梅のランク別になっている。 これがこの民宿の目玉であり、ホテルでいうところのスイートルームってことよね。 2階で宿泊している我々には、1階の様子を知るすべは本来はないわ。 ただ、談話室に足を運べば話は別。 私たちは取材も兼ねているから特別室もオーナーさんから見せてもらっている。 ドアのプレートも実際に目にしたけど、談話室のドアの窓ガラス越しに覗いただけじゃ、その先の間取りや動線を知ることはできないわ。 なのに磯山さんは、部屋番号のプレートのことまでスラスラと話していた。ずっと部屋にこもっていたという磯山さんのアリバイは、この民宿の様子を知り尽くしているという事実によって、首謀者であるという容疑を強める結果になったんだわ。 てか、もう犯人は磯山先生で間違いないでしょ! でも、一つだけ疑問が残る。 古畑さんはあくまで磯山先生は「首謀者だ」と言っていたわ。 つまりほかにも仲間がいる。 古畑さんは口元は緩やかな微笑みに見える一方、鋭い眼光で磯山さんを睨んでいる。 「磯山先生! あなたほどの人が特別室ではなく、2階の部屋を予約している時点で私は最初からあなたを疑っていました。 温泉が気分転換の目的ではなく、ほかの目的があるのだろうと。 大学生たちの出入りに比べ、サインを求めるOLさんたちとは交流を避けていることから、その大学生たちは、本当はあなたのアシスタントなのではないですか? 彼らから進捗を聞き次の指示を出していたのではないですか? 部屋番号はプレートで取り外しができるというのは、オーナーさんから聞いたか、何度もこの宿の特別室に泊まってるから知っているんじゃないんですか? 磯山先生、いかがですか? まだ、今すぐ帰えりたいですか?」 なんとも情報量が多い。 まるでドッキリカメラにひっかかったタレントのように私は目が点になっている。 メイが古畑さん、磯山さんと交互に見つめ、最終的に天井に顔を向ける。 その目はワケワカメといった焦点のあっていない目をしていた。 正直、私もワケワカメで、メイたんと同じ気持ちよ。 ナンはナンで、「アチャー」と言いたげな表情で、左手を自分のおでこに押し当て、ため息交じりの言葉を漏らす。 「古畑さん、犯人を見つけるなんて一言もいってない。勝手に私がそう思い込んでいただけだわ。」 古畑さんと磯山先生はお互いニヤニヤしている。 「次郎君、オーナーさんを呼んでくれる?」 そう言ったのは磯山さんだ。 って、笠田次郎さんと磯山先生って、そんな仲だったのね。 それじゃやっぱり彼はアシスタントだったのね。 「あははは、了解でぇーす」 笠田さんも思わず失笑して、談話室にある電話からどこかに電話している。 他の女の子たちも落ち着いたものだ。 逆にメイたんは天井に顔を向けたまま、すっかり目をつむって考え事か、もしくは現実逃避をしている。 反応があんまりない。 私とナンは、もうすべてを理解した。 今回の殺人事件は、でっち上げである。 もっと言えば質の悪いイタズラよ。 首謀者は磯山先生で、マンガ研究会は真っ赤なウソ。 古畑さんは、本当にたまたまここの民宿に来ただけなんでしょうが、こんなすごい推理ができちゃう刑事さんが偶然来るとか、まるでフジテレビのドラマよ。 そもそも、編集長が今回の民宿を指定してきた。 最初にメイが経費について交渉したときも、「ダメ」って言ってたのに、「この民宿なら経費で落としていい」って、話が変わったのよ。 取材はたいてい1人か2人、3人で旅行を兼ねるなら、最低1人は自費ってのがうちのルール。 これって、私たちがドッキリの生贄にされたってことよね? 今は北海道の旅行雑誌の編集長に落ち着いているけど、この業界は長い彼の事だから、磯山先生と知り合いだったという事は考えられる。 これは、磯山先生の完全プライベートのドッキリだったのだ。 「いやはや申し訳ございませんでした。 漫画界の大御所と言われている私でも、奇抜なアイディアを出し続けるのはなかなかどうして難しいものです。 若い漫画家の新しい発想力には及ばないと感じることも最近は増えました。 「んふー、ふふー。それであなたは、幽霊宿のドッキリを計画し、遺体が消えたり部屋が変わったりすることで驚く人を見てみたかったということですね? 磯山さん、あなた噂通りの性格の悪さだ。」 「あぁ、それは『新弟子の巨星』の実写映画化で、敢えて無茶振りで脚本を変更し、意図的に映画を大コケさせた時の話ですかな? 確かに、古畑さんの仰るとおり私は性格が悪いが、人々が求めているのは悪い人間なんですよ。 Mr.ビーンのローワン・アトキンソンも同じことを言っています。 だけど、まさか刑事さんが泊まりに来るとは思いませんでした。 オーナーから電話連絡が来た時は戸惑いましたよ。 でも、毒を食らわば皿までと、オーナーに刑事さんの宿泊を許可しました。」 「んふー、ふっふっふ~。 磯山先生、あなたのしたことはそもそも倫理的にも間違ってます。 あなたは自身について経済的損失という表現を使われた。 それはあなたの傲慢さです。 秩序は皆が少しずつ負を請け負うことで保たれます。 傲慢さはその秩序を破壊しうるものです。私ではなく、まずはそちらのお嬢さん方に謝るのが筋です。 あなたはまだ、彼女らに挨拶すらしていない。」 古畑さんは、私たちに謝るよう磯山先生に右手で促すと、「確かに」と言った表情で、磯山先生は私たちの方を向いて深々と謝罪をし、来年の2月から本誌にて「北海グルメ美味しんdo!」の掲載を約束してくれたのでした。 「良いじゃないか! やはり伊貞くんだな。 うまくまとめて着地点もなかなかいいよ。 それじゃこれを来週号に間に合うように手配しておいてね。」 「はぁ・・・」 「ん? どうしたの、気のない返事して。」 「いや、編集長にも正直、謝ってほしいんですよ。」 「あぁ・・・、それね。 うん、ごめんごめん、本当にごめん。 磯山先生に昔のよしみで頼まれちゃって。 メイたんなら磯山先生、気にいるなって思って依頼を受けちゃったんだ。」 「おかしいと思ったんですよ。 馴染の広告主といえども、急にカンパとか宿泊費出すとか。 磯山先生の漫画掲載あっての事、つまり私たちって生け贄だったんですよね。 ワタクシ正直「powaro」に不信感しかありませんわ。」 「で、ですよねぇ~。」 「編集長! 3本勝負の最後は、九州に行こうと思いますけど・・・、よろしいですよね? 宿泊費も3人分経費でお願いしますよ!」 「えっ、いやそれはちょっと(汗) 北海道から九州はさすがに・・・!」 これくらいの償いはあって当然よと言わんばかりに、私は編集長をひと睨みして席に戻った。 その直後に、メイたんからクシャクシャの手紙が渡ってきた。 あなた、ここは中学校じゃないのよ。 そう思いながらも手紙を広げ、書いてある内容を読むと、そこにはこう書かれていた。 「NEXT570 906010」 はいはい、熊本に行きたいのね。 地獄耳のメイたん。
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【第2話|音声読上げ】メイたん テイ子 ナン -旅好きOL- トラベルトラブル【福島県/前編】
*‐‐‐*概要*‐‐‐* [短編コメディ小説] やたら殺人事件に遭遇する小学生が現存する一方 北海道札幌市にオフィスをかまえる地元旅行誌 『powaro』でOLをしている3人娘が行く先々で 殺人事件に遭遇して、偶然居合わせた探偵とかに 事件を解決してもらうストーリー。 >>このページは高速音声聞流しです<< ▼本編はコチラ https://note.com/shyr/n/n74d0f0405168?sub_rt=share_h *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* こんにちは。 私は伊貞芽衣子(いさだ めいこ)です。 調べ物が得意だった私は、メイたんから旅行計画を丸投げされることがとても多いです。 なぜかっていうと、まだナンが入って来る前に、こんなやり取りがあったの。 「テイ子って自宅にパソコンあるし探偵みたいよね!あ、名前もさぁ、この「にんべん」と「貞」をくっつけたら探偵の「偵」じゃん!ねぇー、テイ子、私の専属穴場探偵になってよ〜」 「テイ子って、自宅にパソコンあるし探偵みたいよね! あ、名前もさぁ、この「にんべん」と「貞」をくっつけたら、探偵の「てい」じゃん! ねぇーテイ子~、私の専属穴場探偵になってよ〜」 こんな調子で、いつしか私が旅行計画を立てる役割を押し付けられた。ナンが、私たちの旅トモになるまでは、諸々の手配も私がやっていた。 年齢は27歳で、メイとは年齢違いの同学年。一応、メイたんの方が年上。メイたんと「たん付け」で呼んでほしいとは、彼女のリクエスト。私の趣味じゃない。 ナンは3つ年下だけど、実は彼女が一番しっかりしてる。計画性という意味では私の方が勤勉だけど、彼女のしっかりは「自分軸をしっかり持っている」って意味で、私たちの中で一番しっかりしているわ。 私から見ると、メイが妹でナンがお姉ちゃんのような存在ね。末っ子メイたんに合わせてあげる長女役なのよ、あの子は。メイはそんな風に思っていないでしょうけどね。 そんなメイから私宛にポケベルのメッセージが届いた。 「NEXT570 2940」 ネクスト コ・ナ・ン? カモン(come on/来て)って言いたいのかな? 「2940」は、きっと福島県ね。 つまり、このメッセージは「次の旅先が決まったから家に来てよ」ってことかな? あ~もー! 普通に電話してほしいわね。あなた、ピッチ持ってるでしょ! もう21世紀になろうっていうのに、ポケベルが青春だった女子高生時代から卒業できていないのよね、あの子は。 とりあえず、私もメッセージを返しておくか・・・ 「1571(行かない)0843(おやすみ)」 おやすみのメッセージをメイたんのポケベルに送ってから、13回の就寝を経て、私たちは福島県会津若松市に来た。 3本勝負の2本目は、さすがに3人分すべてを経費で落とすのは無理かと思ったが、殺人事件に遭遇した私たちのメンタルを気遣ってくれた編集長と、地元のスポンサーらが、カンパもしてくれて、3人での旅行を許してもらえた。 ただ、宿泊費が安いからと、泊まる宿は編集長の指定の宿となったわ。ところが、そこが意外と穴場。この業界が長いだけあって、編集長はこういう穴場に詳しいのよね。 それに何よりメイたんは、あれでいて人たらしなのよ。末っ子気質と言ってもいいかな? 彼女自身は自分をリーダー気質と思っているようだけど、とんでもない! なかなかの彼女はトラブルメーカーだわ。 だけど、周囲はそれを許しちゃう「人づき合いのうまさ」が、彼女にはあるの。 ただ、今回ばかりは、そのトラブルもちょっと質が違うようね。 なんと私たちは、またしても殺人事件に巻き込まれたのだ。 ???「いやー! そ、そんな! どうしてこんなことになったの?!」 そう悲鳴を上げたのは、東京から来たマンガ研究会の大学生、下霧すずめ(したぎり すずめ)さん。大学生活最後の冬を、旅行も兼ねた漫画合宿で、こちらの民宿に泊まりに来たそうだ。どこかで著名な漫画家が泊まる噂を聞きつけ、合宿先にこちらの民宿を選んだって言ってたわ。 ところが来て早々、さっき出迎えてくれた民宿のオーナーさんが客室で殺されているが見つかった。到着からわずか4時間後の出来事よ。 4って数字は、死を連想すると言われているけど、本当に4時間後に死ぬなんて・・・。 「すずめ、大丈夫だよ! もう僕たち2人だけでも、今から東京に帰ろうね」 そう下霧すずめさんの両肩に手を添え、優しく提案したのは、同じ大学のマンガ研究会のメンバー、笠田次郎さん。お地蔵さんのように優しい微笑みを浮かべている。 下霧すずめさんさんとは恋仲だろうか? イイ男じゃない、下霧さん。 結局男は優しさよ。 漫画サークルのメンバーは、他にもマンガ研究会代表の内田葵(ないた あおい)さん、副代表の猿谷勝善(さるたに かつぜん)さん。そして医学生の手鳩珠(てばと たま)さん。 オーナーの死は、手鳩さんが確認して間違いなく亡くなっていると言っていたわ。ミーハー心がなければ、こんな目に遭わずに済んだだろうに災難だったね、君たち。 学生さんたちは、男2人と女3人の計5人。女性の方が多いからと、もう帰る方向で彼らは意見がまとまっているようね。 「だだだだだ、だめですよー! みなさん、この場から動いちゃダメですー!」 慌ててそう学生さんたちを諭しているのは、刑事の今泉さん。 なんとも挙動がオドオドしていて、ややオデコが広く後退している、そんな特徴を持つ30代くらいの男性だ。 たまたま、まったく別の事件の捜査で仙台を訪れたあと、こちらの民宿に立ち寄ったってことらしいけど、警察や刑事ってやっぱり職業柄、こんな風に殺人事件に遭遇することって多いのかしら? 私たちなんか普通のOLなのに、いまのところ“月イチ”で泊まった宿で殺人事件に巻き込まれている。 メイたんが私を探偵みたい、なんてカラカウから引き寄せたのよ、きっと。 もう、ホントにこの子ったら! そんなメイたんは、今泉さんとは別の、もう一人の男性の方に視線を動かしたわ。 「んふー、ふっふっふ~。 今泉くん、刑事の君がそんなにあたふたしたら、余計に若いお嬢さん方を不安にさせるでしょ、おバカさん! 君は一回、向こうで深呼吸しなさい」 そう言ったのは、警部補の古畑任三郎さん。今回の殺人事件に巻き込まれた2人の刑事のうち、おそらく今泉さんの上司、あるいは先輩と思われる初老の男性が古畑さんだ。 「警部補」って役職が、正直私はよくわからない。家に帰れば、iMacがあるからインターネットで調べられるだろうけど、外出先じゃネットの閲覧はできない。 だけど、古畑さんのこの態度を見れば、今泉さんより偉いのは分かるわ。 ただ、なんとも掴みどころのない飄々とした感じや、襟足の髪が長く伸びている様は、優秀なのかそうでないのか、従うべきなのかどうか、なんとも判断がつかない。 「さて・・・」 古畑さんは左手を下にし、右手で「パン」と音が鳴るように手を組むと、私たち宿泊客の方に体を向けました。 「今泉くんはこんな感じではありますが、ただ、やはり皆さんには、この場から動いてもらうわけにはいきません。 申し訳ございませんが、少なくとも今夜は私に付き合ってもらいます。 そして、それまでに私が、この事件の真相を解き明かします。」 なんと、古畑さんは今夜中にこの場で犯人を見つけ出すつもりのようだわ。 ってことは、すでに古畑さんは犯人の目星がついているのかしら? そんな古畑さんの言葉に反発したのはマンガ家の磯山はじめさんだった。 「ふざけるな!私は気分転換に1日だけ福島に来ただけで、すぐにでも帰って原稿を描かないといけないんだよ」 漫画研究会の学生さんたちが、この民宿を宿に選んだのは、間違いなくこの大御所漫画家、磯山はじめさんが目当てだったろう。私でも名前は聞いたことがある。デビュー作の「新弟子の巨星」が大ヒットして以降、ヒット作を産み続けている伝説の天才漫画家だ。メイたんも、サインをもらいたいって言ってたわ。 「私だってイヤです! 同じ屋根の下に死体があるなんて! 早く帰りたい! 帰らせてくれないなら、私はもう舌を噛み切って一言もしゃべりませんから!」 磯山先生に呼応するように反論したのは、下霧すずめさんだった。 人が暴力に訴える時、何も相手を攻撃するとは限らない。自分を傷つけて、自分の主張を通す暴力の使い方もあるのだ。 笠田次郎さん、その子と付き合うのは危険かもしれないわよ。 そこまで私は恋愛経験豊富ってわけじゃないけど、ネットで読んだばかりで、お姉さんは心配よ。 「あの~ 真相を解明するってことは、つまり古畑さんは、この中から犯人を見つけるって言ってるんですよね? それってこの中にオーナーさんを殺した人がいるって事でいいんですよね?」 そう問いかけたのはナンだった。そんな露骨な言い方をしたら「女の子たちがヒステリックを起こすじゃない」って、私は少し焦った。でも、思いのほか女の子たちは、冷静だった。 実は私もナンと同様に、古畑さんは犯人の目星がついているのかと疑問に感じていたところだった。 ただ、私は観察することに徹する傾向があり、何事も慎重だ。ミスが怖いのだ。 でも、ナンはこういう時に鋭くメスを入れるタイプなのよね。 「んふー、ふっふっふ~ いい質問ですね~ お嬢さんお名前は?」 「あ、申し遅れました。私は、札幌でタウン誌の編集をしている、金田一って言います。こちらの2人は私の先輩です。」 学生さんたちとは、民宿に到着してすぐに談話室で挨拶して、お話も少ししていた。 けど、磯山さんと古畑さんは部屋にこもっていることが多く、挨拶はまだだったわね。 私もナンの紹介を受けて、古畑さんに挨拶をした。 「どうも、伊貞と申します。」 メイたんは、磯山先生の怒鳴り声や、下霧すずめさんの悲鳴に動揺しているようで、露骨に狼狽している。 「あ、・・・宮迷です」 やっとそう言えた。 私は、メイたんの肩を掴み、自分の方に引き寄せてあげた。くっついていた方が安心するだろうと思ってそうしたんだけど・・・。 あぁ、メイって温かいわね。 私の鼻からフゥーと息が漏れた。 「なんだ、私も彼女とくっついて安心してるんだわ」 そう思った矢先、ナンも私たちにくっついてきた。 そうよ、私たちは温泉街の取材で、連続して殺人事件に巻き込まれてるんだもの。ナーバスにもなるわ。 そんな私たちの不安を知ってから知らずか、今泉さんが私たちの方に近づきこう言った。 「いいな、僕も混ぜてよ~ こ、怖いんだよ~」 この人は刑事なのに、何を言っているのよ。 「怖い」って、こういう事件は、はじめてなのかしら? 「だ、だってさぁ、さっきさぁ~、死体が動いていたんだよ〜」 あららら、急にオカルトな展開なの? 「ちょっと刑事さん、頭だいじょうぶ? 頭髪が後退しているけど、そっちじゃない意味でね」 メイは、心の声が独り言として口に出るんだったわ。 なのに、これが逆にカワイイと言われるくらいには、彼女は天然の人たらしなのよ。 今泉さんも複雑そうな顔の中に、少しニヤニヤした表情か見え隠れしていたわ。 「彼女の言うとおりだと僕は思うね。 古畑さんも今泉さんもおかしいよ。 僕は売れっ子漫画家だよ? 僕が原稿を遅らせれば経済的な損失はでかい。 それをわかった上で、君たちはここに残れと言ってるのかね? 今日じゃなくても捜査はできるだろ。」 磯山先生は、語気を強めてそういった。 メイとちがって可愛げがまったくない。 それに捜査を遅らせれば、それだけ真相が闇の中へとなる確率は上がるだろう。 それくらいは素人でもわかりそうなものじゃないの。 この人って傲慢ね。 名作を生み出すっていうから、てっきり人格者だと思っていたわ。 この状況・・・、どうすればいいの? 私は、メイとナンに触れる手にさらに力を込めてギュッとし、古畑さんが何を言うか注目した。 「んふー、今日帰ったら困るのは磯山先生、あなた自身なんじゃありませんか?」 誰もが、この古畑さんの発言に疑問符を持った。 というより、理解が追いつかいって感じね。 談話室にいる誰もが虚をつかれた顔している中、磯山さんはこれに反論します。 「何を言っている? なんで私が困るというんだね? 説明してもらおうじゃないか!」 「んふー、そうですね~。 それじゃ、私よりも今泉君に説明してもらいましょうか? 今泉くん、君は死体が動いたのを見たんだよね? そのときのこと詳しく話しなさい。」 「は、はい。 え~、そうですね、そのですね・・・。」 「なんだ、歯切れが悪いな。 早く話したまえ。」 「だ、だ、だから、殺されたオーナーの死体は103号にあったはずなんですよ。 だけど、古畑さんに言われて、改めて死んでいるか確認しに行ったら、103号室がなくなっていたんですよ! それで101号室、102号室、104号室って部屋番号になっていて、104号室って普通はこういう民宿では縁起が良くないから“そういう部屋番号”は、ないはずなんだよ~! 祖母ちゃんが言ってたんだよ~。4は、死を連想させるから縁起悪いって。 でも、刑事だからさー、ぼ、ぼ、僕は101号室から全部確認したんだ! だけど、どの部屋にもオーナーの遺体は無くなっていたですよー!」 今泉さんの話は、恐怖で考えがまとまっておらず、整理された内容ではなかったけど、意味は理解できたわ。 つまり、103号室で他殺され状態で見つかったオーナーの遺体は、すっかり消えてしまったと。 しかも、その103号室ごと消えたしまっていて、代わり104号室が出現したと。 もうこれって、トライワイトゾーンとかそういう話よね。 「だけど、なんで古畑さんは今泉さんに改めて、オーナーさんが亡くなっているか確認に行かせたんですか?」 ナンのその問いはもっともだわ。 私もそこに引っかかった。 オーナーの死は手鳩さんが確認していたわ。 しかも、彼女は医学生よ。 古畑さんは一体、何を知っているの? 早く古畑さんの話を聞きたい。 でも、その問いに答えたのは今泉さんでした。 「だから、僕が覗き窓からオーナーの遺体が歩いているところを見たんだよー! しかも、1体じゃないんだよー! 何体もオーナーの遺体が歩いて移動してたんだ! だから、古畑さんに報告しに行ったら、脈でも瞳孔でもなんでもいいから、僕に本当に死んでるか確認しろって、古畑さんが言ったんだよー!」 「え?! 歩いていた死体が1体じゃないって・・・、それって他にもこのフロアには殺された遺体があったってこと?!」 思わずメイたんが、今泉さんのあまりに現実離れした話に対して、疑問を投げかけたが、それについては、私が現実的な可能性を話した。 「たぶん、犯人がオーナーの遺体を移動していたんじゃないかしら? 複数の人が、実は殺されてました。 しかも、その人たちは死後も歩きます・・・ってのは、あまりに荒唐無稽すぎるわ。 ていうか今泉さんはもちろん、その歩く遺体の顔は見ているんですよね? 間違いなくオーナーさんでしたか?」 その私の問いに、今泉さんは急にモジモジとし、トーンの下がった声で答えました。 「そ、それが・・・、ハッキリとは見てないです。 なんかこう、昔話の笠地蔵に出てくる藁みたいな傘を被ってて、顔はよく見えなかったんです。 でも、103号室の方にそいつら向かっていたんだよー」 「なんだ、その話は! 君は、顔を見ていないのに“窓から見た歩く3人”が、オーナーの遺体だと言っているのか? 実に、当てにならない話だ!! そんなもんは、普通に外を歩いていた地元の人だっただけの話しだろ!」 今まで黙って聞いていた磯山さんがそう突っ込んだ。 ただ、このツッコミには、なにか違和感があるわ。 磯山さんは、「遺体は外を歩いている」と、イメージしている。 だけど、私はこの談話室を歩いていたとイメージした。 どうして? なぜ? この違和感は、なんなのかしら?
【第1話|音声読上げ】メイたん テイ子 ナン-旅好きOL-トラベル・トラブル【熱海旅館編】
*‐‐‐*概要*‐‐‐* [短編コメディ小説] やたら殺人事件に遭遇する小学生が現存する一方 北海道札幌市にオフィスをかまえる地元旅行誌 『powaro』でOLをしている3人娘が行く先々で 殺人事件に遭遇して、偶然居合わせた探偵とかに 事件を解決してもらうストーリー。 >>このページは高速音声聞流しです<< ▼本編はコチラ https://note.com/shyr/n/n9b3c1c663935?sub_rt=share_h *‐‐‐*‐‐‐*‐‐‐* はーい! 私は宮迷メイ(みやまい めい)よ。 北海道の地元情報誌「Powaro」でOLやってます! 今日は仲良しOL3人組で熱海温泉に来ました~ 「メイたん、さすがに今回はやり過ぎよ。ほとんどプライベートの旅行なのに3人分の宿泊費を経費で落とすなんて!」 彼女は伊貞芽衣子(いさだ めいこ)。 私たちはテイ子って呼んでるわ。 私がメイでややこしいから「貞」「子」で「テイ子」ね。 「さだこ」は本人が絶対NGってことで「テイ子」に落ち着いたの。 「だいじょうぶですよ うちみたいな弱小雑誌なんてそういうとこゆるいですもん。人手不足で私たち本来の業務以外もやらされてますし、たまのご褒美です!」 この子は金田一奈々。 一番年下で、ニックネームはナン。 うちに遊びに来た時に「奈々!」って呼んだら、私の「ママ」が返事をしてしまって、それから「ナン」って呼ぶようになったの。 ローマ字で「nana」だから語尾の「a」を取ったって感じね。 赤毛のアンのアン・シャーリーは、自分の名前のスペルにこだわりがあって「ann」ではなく「anne」って書くようにマリラに要望を出していたっけ? ナンはそれとは逆のパターンよね。わかりやすいでしょ? 私たちは北海道生まれだけど出身はバラバラで年齢も同い年はいない。 それでも旅行好きで気が合うのよね。 それで、だいたい私が中心となって「旅行に行きたい!」っていうと、テイ子が計画してくれて、ナンがパシリ役でいろいろ予約してくれるんだ。 職場で年々お局化してきた私は取材と称して旅費を経費で落とすこともあったけど、今回は「北海道と有名温泉街の3本勝負」って企画で宿泊費をまるまる経費で落とす暴挙に出てやったわ! さっきテイ子が私に苦言を言ったのはこの事ね! ナンは私の舎弟だから、うまいことテイ子を説得できたみたいだけど・・・・ あらあら? もしかしてバチでも当たったのかしら? なんと私たち、泊まりの旅館で、とんでもない事件に巻き込まれてしまったのです。 ???「みなさん、この部屋から誰も出ないでください。」 部屋の隅の壁にもたれかかり座るミドルな男性は言いました。事件に巻き込まれた私たちでしたが、どうも偶然にもこの旅館には、探偵としてそこそこ名の知れた「眠り小五郎」こと、探偵の毛利小五郎さんが泊まっていたのです!! 毛利小五郎「そこのお嬢さん方、あなたたちもです。ここから出ないでください。なぜなら犯人はこの中にいるからです。」 こっそり抜け出そうとしたナンと、それに続こうとした私をみつけ、毛利さんは制止するためにそう言いました。 テイ子は冷ややかな目で私とナンを見てる。 「へへ」と、とりあえず愛想笑いしてみた。 その愛想笑いの途中で私は肩をすくめビックとしました。 ???「は? なにをふざけたことを!」 声の方へ顔を向けると、50代くらいに見える男性が毛利さんに手を広げ、大きなジェスチャーとともに反論していたわ。 「ここにいるのは全員被害者みたいなもんだろ!」 そう主張したこの50代の男性は、奥さまとご夫婦で27年越しの新婚旅行に来たという田中夫妻の旦那さん。体格もよく声も大きいから 「びっくりしたな~ もう」 あらためて私とナンはテイ子を見習い、毛利さんの方へと向き直り、事の成り行きを見守ります。 毛利「たしかに、一見するとこの場にいる人は事件に巻き込まれた被害者と言えます。しかし、それはそう見えるだけです。そしてこの中にいる犯人によってそれは仕組まれたことなのです。」 私とナンはお互いに顔を合わせ、そしてお互いの頭の上にはクエスチョンマークがポツリと出ているのがハッキリと見えたわ。 テイ子は相変わらず無表情で毛利さんの方を観察しいるわね。テイ子には「犯人によって仕組まれている」という意味が分かっているのかしら? てゆうか、犯人って誰なのよ??? 毛利「そう、犯人によって仕組まれている・・・、つまりアリバイ工作がされたということです。そうですよね? 支配人の鈴木さん!」 毛利さんがそう言って挙げた名前は、この旅館の支配人の鈴木さんでした。 名探偵とは言え、さすがにこの推理に対して私たちは、なんでそうなるの?」って毛利さんに不信感を抱きました。 だって、事件が起きたのって毛利さんの話だと午後1時前後ってことでしょ? いやいや、その時間は支配人さんって、 「車で私たちを駅まで迎えに来てましたや~ん」 私は心の中でそう毛利さんに突っ込んだ。 波風立てたくないから声には出さないけど。 「だから、それがアリバイ工作なんでしょ。てか、メイたんは独り言デカイから注意しなさい。世渡りは有能なのに変なところで天然よね、貴女は」 え? あたし声出てた? いや、てか天然じゃないし! 3人組のリーダーだし! テイ子の辛辣な補足説明と急な私の性格診断に思わず反論したくなったけど、その前に支配人の鈴木さんが毛利さんに反論を始めました。 「ちょ、ちょっと待ってください。毛利さんもご存知の通り、私はお昼過ぎには車で今日お泊りのお客さんを迎えに駅に向かったじゃないですか。 普段はちゃんとドライバーを雇っていましたが、そのドライバーが当旅館の南側の裏口で、屋根から落ちた雪でケガをしたために、私が代わりに出向いたんです。 それを私が仕組んだというなら、どうやってそんな偶然を私は引き起こしたんですか? その瞬間はうちの仲居によって目撃されていたと毛利さんも言ってましたよね? 仲居は私を見たと言っているんですか? だいたい殺された議員さんってのも、私の父の代から世話になっている地元のヒーローですよ。なぜ私が彼を殺害する理由があるんです? そもそも殺された推定時刻の12時50分には、私もう外出した後でしょう。この推定時刻はまさに毛利さん、あなたが言ったことですよ。」 「んだんだ」とナンと私はうなづき、テイ子は雪女のような冷たい目で一瞬だけこちらをチラっと見て、また毛利さんの方に顔を向ける。「なにその目?」って、一瞬思ったけど、私とナンも毛利さんの言葉に集中する。 眠り小五郎の毛利さんは、明らかに声のトーンがあがった声量でこう言いました。 「鈴木支配人!今あなたはなんと仰いました!?私は旅館の従業員が裏口で落ちた雪でドライバーさんが怪我をする瞬間を目撃していたと言っただけですよ。 なぜ、あなたはそれが仲居さんだと知っているのですか? 2つある裏口のうち、あなたはそれが南側の裏口であることも言い当てた。まるでその場にいたかのように! それどころか、私が議員が殺されたのは13時10分前後だろうと言ったことに対して、それを12時50分と断定したのはなぜですか? いいですか鈴木さん、今あなたが言ったことはすべて正しいのです。すべて正確なんです。 そうまるで犯人でしか知りえないことを話しているかのように!」 鈴木支配の顔が一気に青ざめたわ。なぜか仲居さんも「ああ!」って青ざめた顔で支配人を心配そうに見つめている。 ってか、これは間違いなく完全に鈴木支配人が犯人だ。ここまで見事にしっぽ出す、普通? 犯人しか知りえない情報のデパートでしたよ、さっきの鈴木さんは。 でも、なぜこんなに良い人に思えた支配人の鈴木さんが殺人を犯したの? しかも、古くから付き合いのある議員さんを?? そんな私たちの心の中の疑問に答えるかのように、毛利さんは鈴木さんに語りかけるのでした。 「『地元のヒーローと言われていても、黒いうわさの絶えない人です、あの人は』と、ケガをしたドライバーさんは私にそう言いました、鈴木支配人。 送迎のドライバーさんは、そもそも高齢で『もう長くは続けられないだろう』『だけど、この旅館は残したいと思っている』と、そんな風に語っており、怪我をしてしまったことについて私が尋ねると、『支配人には申し訳ないことをさせてしまった』と話していました。 いいですか? 私はドライバーさんがケガをしてしまったことで、仕事を休まざるを得なくなったことについて、今後ドライバーさんはどうするのか聞いたんです。 その回答が『させてしまった』でした。 いくら高齢と言っても66歳で、まだまだしっかりした人です。なのにここだけ会話がつながらないのです。 それと、『怪我をしたおかげというのも変だが、労災がおりるそうでね。しばらくは収入が確保できたんだよ』とも仰っていました。笑いながらそう言っていたんです。 まるで最初から仕組まれように出来すぎた話です。」 鈴木支配人と仲居さんはブルブルと震えている。 これは私でも何となくわかってきた。仲居さんはドライバーさんがケガする瞬間にその場にいた。これは証言通りだろう。 しかし証言にはない、もう一人の人物がそこにはいた。仲居さんもドライバーさんもそれを知っていて、あえて証言をしなかった。なぜか? 「3人が共犯者だったのね・・・」 そういったのはナンだった。 「ドライバーさんからは、まだまだ色々お話しを聞いてますよ。」 毛利さんの話は止まらない。 「殺された議員さんは駅周辺などの繁華街ではヒーローであっても、郊外の山奥で暮らす人たちには、なかなか手厳しい提案をしてきたそうじゃないですか? こちらの温泉旅館も若い人はすっかり客足が減り、売り上げも年々落ちてると聞きました。逆に、繁華街は豪華なホテルが立ち並び、ますます発展している。 鈴木支配人、あなたはお父さまの代から『議員さんには世話になっている』と言っていましたが、それってたった一回、土砂崩れで損壊した旅館の修復費用を立て替えてもらっただけでしょ? たしかに、その金額は現在の価値に換算すると大金だったでしょう。ですが、それからというもの議員さんは土砂崩れのリスクがあるこの辺りに無駄にコストを掛けるよりも、いっそ温泉旅館そのものをつぶして、余った予算を繁華街に充てようとしてたんじゃないんですか? この土地に沸く温泉は長年にわたってこの村を、そして鈴木家を代々支えてきた大切な資源。それを踏みにじられることが、鈴木さんをはじめ、ここの人たちにとって許せないことだったんじゃないですか? そう考えると鈴木さんには議員さんを殺す動機があることになります。」 毛利さんはそう鈴木支配人に厳しくも同情心のこもった深い温かみのある声で伝えると、鈴木さんはその場にあぐらをかいて座り込み、大きく肩を落として我々の前で泣くのでした。 「ちくしょう!ちくしょう!」 多くは語らずただそう言うと、まるでマンガのように腕で涙をぬぐいながら1回、2回、3回と「ちくしょう」と悔しそうに泣き続けました。 今回、「Powaro」では北海道の温泉スポットを特集する中で、昭和から続く温泉旅館にライター自ら赴いて、「3本勝負」と銘打った企画から、この取材は始まりましたが、そんな中で偶然にも、当雑誌記者が殺人事件に巻き込まれるという数奇な体験をしました。 急きょページ数を増やして、この時の体験を記事にまとめましたが、私たちが旅行を楽しむ裏側では、こんな泥沼の事件もあるんだな~って・・・・ 「う~ん、なんか思わずすごい体験して編集長に直談判で裏話を記事にさせてほしいって言ったけど、どうも最後の締めくくり方が私には書けないよ~」 ここは札幌にある「powaro」の事務所だ。 いまは半分以上蛍光灯を消して私だけがオフィスに残っている。 「こういうのは本当はテイ子の方が得意なのよね。私には無理だわ。」 テイ子は「人が死んでるのにそういうのは趣味じゃない」と手伝うそぶりも見せずに帰宅して、ナンはナンで「あはは・・・」って気のない愛想笑いでそそくさと帰った。 「あいつら・・・。」 ナンはパシリ役であってパシリではない。 私の舎弟には変わりないが、舐められてるのも事実。 言い出しっぺは私だし、残って記事をまとめていたけど、実は私も飽きてきている。今回の体験と、本来のタウン誌「powaro」のコンセプトと、どう内容を繫げオチをつけるかで、すでに2時間も悩んでいる。 一回、これをほっぽって気晴らししたい。 だけど次は経費で落とすの、さすがに難しいだろうなぁ・・・。 「あぁ、でもこうして札幌に帰ってこれて本当によかった。」 名探偵コナンとか金田一少年とか、私も漫画好きで読んでたけど、なんであの人たちって、あんなにしょっちゅう事件に巻き込まれるの? 「ありえないわ」って、思ってたけど、まさか私たちが巻き込まれるとは思わなかったわよね。 ああいうのは人生で一回で十分よ。 そして、北海道に無事に戻ったことで、急きょこれを記事にしたいって情熱はさ、すでに下火になっているのよ。 だから、ぜんぜん最後の締めくくりが書けない。テンションあがった私の末路を良く知っているテイ子とナンがさっさと帰るのも納得だ。 「メイは天然すぎるんだよ」 テイ子の言葉が思い出される。 「天然かぁ~」 冬のが旬で天然ものが美味しい料理というキーワードから、私の頭の中の旅好きデータベースから「フグ」や「アンコウ」が検出された。 私はバッグからポケベルを取り出すとテイ子に連絡をした。 「NEXT570 2940」 ポケベルが送信されるのを確認したところで、私は椅子から立ち上がり原稿をクシャっと丸めてゴミ箱に捨てた。 「よし! 帰ろう!」 次の旅行先が決まった私は、過去を振り返らないのだ。