メイたん テイ子 ナン -旅好きOL- トラベル・トラブル (福島県編/前編)
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福島県編 前編 プロローグ
こんにちは。
私は伊貞芽衣子(いさだ めいこ)です。
調べ物が得意だった私は、メイたんから旅行計画を丸投げされることがとても多いです。 なぜかっていうと、まだナンが入って来る前に、こんなやり取りがあったの。
「テイ子って、自宅にパソコンあるし探偵みたいよね! あ、名前もさぁ、この「にんべん」と「貞」をくっつけたら、探偵の「てい」じゃん! ねぇテイ子、私の専属穴場探偵になってよ〜」
こんな調子で、いつしか私が旅行計画を立てる役割を押し付けられた。 ナンが、私たちの旅トモになるまでは、諸々の手配も私がやっていた。
年齢は27歳で、メイとは年齢違いの同学年。 一応、メイたんの方が年上。メイたんと「たん付け」で呼んでほしいとは、彼女のリクエスト。 私の趣味じゃない。
ナンは、三つ年下だけど、実は彼女が一番しっかりしてる。 「計画性」という意味では私の方が勤勉だけど、彼女の「しっかり」は、「自分軸をしっかり持っている」って意味で、私たちの中で一番しっかりしているわ。
私から見ると、メイが妹でナンがお姉ちゃんのような存在ね。 末っ子メイたんに合わせてあげる長女役なのよ、あの子は。 メイは、そんな風に思っていないでしょうけどね。
そんなメイから私宛にポケベルのメッセージが届いた。
「NEXT570 2940」
ネクスト・・・、 コナン?
「カモン(come on/来て)」って、言いたいのかな? 「2940」は、きっと福島県ね。 つまり、このメッセージは「次の旅先が決まったから、家に来てよ」ってことかな?
あ~もー! 普通に電話してほしいわね。 あなた、ピッチ持ってるでしょ! もう21世紀になろうっていうのに、ポケベルが青春だった女子高生時代から卒業できていないのよね、あの子は。 とりあえず、私もメッセージを返しておくか・・・
「1571(行かない)0843(おやすみ)」
「おやすみ」のメッセージをメイたんのポケベルに送ってから、13回の就寝を経て、私たちは福島県会津若松市に来た。
3本勝負の2本目は、さすがに3人分すべてを経費で落とすのは無理かと思ったが、殺人事件に遭遇した私たちのメンタルを気遣ってくれた編集長と、地元のスポンサーらが、カンパもしてくれて、3人での旅行を許してもらえた。
ただ、宿泊費が安いからと、泊まる宿は編集長の指定の宿となったわ。ところが、そこが意外と穴場。この業界が長いだけあって、編集長はこういう穴場に詳しいのよね。
それに何よりメイたんは、あれでいて人たらしなのよ。末っ子気質と言ってもいいかな? 彼女自身は自分をリーダー気質と思っているようだけど、とんでもない! なかなかの彼女はトラブルメーカーだわ。 だけど、周囲はそれを許しちゃう「人づき合いのうまさ」が、彼女にはあるの。
ただ、今回ばかりは、そのトラブルもちょっと質が違うようね。
なんと私たちは、またしても殺人事件に巻き込まれたのだ。
旅先・事件巻き込まれ in 福島県 前編開幕
???「いやー! そ、そんな! どうしてこんなことになったの?!」
そう悲鳴を上げたのは、東京から来たマンガ研究会の大学生、下霧すずめ(したぎり すずめ)さん。大学生活最後の冬を、旅行も兼ねた漫画合宿で、こちらの民宿に泊まりに来たそうだ。
どこかで著名な漫画家が泊まる噂を聞きつけ、合宿先にこちらの民宿を選んだって言ってたわ。 ところが来て早々、さっき出迎えてくれた民宿のオーナーさんが客室で殺されているが見つかった。到着からわずか4時間後の出来事よ。
4って数字は、死を連想すると言われているけど、本当に4時間後に死ぬなんて・・・。
「すずめ、大丈夫だよ! もう僕たち2人だけでも、今から東京に帰ろうね」
そう下霧すずめさんの両肩に手を添え、優しく提案したのは、同じ大学のマンガ研究会のメンバー、笠田次郎さん。お地蔵さんのように優しい微笑みを浮かべている。 下霧すずめさんさんとは恋仲だろうか? イイ男じゃない、下霧さん。結局男は優しさよ。
漫画サークルのメンバーは、他にもマンガ研究会代表の内田葵(ないた あおい)さん、副代表の猿谷勝善(さるたに かつぜん)さん。 そして医学生の手鳩珠(てばと たま)さん。
オーナーの死は、手鳩さんが確認して間違いなく亡くなっていると言っていたわ。 ミーハー心がなければ、こんな目に遭わずに済んだだろうに災難だったね、君たち。
学生さんたちは、男2人と女3人の計5人。女性の方が多いからと、もう帰る方向で彼らは意見がまとまっているようね。
「だだだだだ、ダメですよ! 皆さん、この場から動いちゃダメです!」
慌ててそう学生さんたちを諭しているのは、刑事の今泉さん。 なんとも挙動がオドオドしていて、ややオデコが広く後退している、そんな特徴を持つ30代くらいの男性だ。
たまたま、まったく別の事件の捜査で仙台を訪れたあと、こちらの民宿に立ち寄ったってことらしいけど、警察や刑事ってやっぱり職業柄、こんな風に殺人事件に遭遇することって多いのかしら?
私たちなんか普通のOLなのに、いまのところ“月イチ”で泊まった宿で殺人事件に巻き込まれている。 メイたんが私を探偵みたい、なんてカラカウから引き寄せたのよ、きっと。もう、ホントにこの子ったら!
そんなメイたんは、今泉さんとは別の、もう一人の男性の方に視線を動かしたわ。
「んふー、ふっふっふ~。 今泉くん、刑事の君がそんなにあたふたしたら、余計に若いお嬢さん方を不安にさせるでしょ、おバカさん! 君は一回、向こうで深呼吸しなさい。」
そう言ったのは、警部補の古畑任三郎さん。 今回の殺人事件に巻き込まれた2人の刑事のうち、おそらく今泉さんの上司、あるいは先輩と思われる初老の男性が古畑さんだ。
「警部補」って役職が、正直私はよくわからない。家に帰れば、iMacがあるからインターネットで調べられるだろうけど、外出先じゃネットの閲覧はできない。だけど、古畑さんのこの態度を見れば、今泉さんより偉いのは分かるわ。
ただ、なんとも掴みどころのない飄々とした感じや、襟足の髪が長く伸びている様は、優秀なのかそうでないのか、従うべきなのかどうか、なんとも判断がつかない。
「さて・・・」
古畑さんは左手を下にし、右手で「パン」と音が鳴るように手を組むと、私たち宿泊客の方に体を向けました。
「今泉くんはこんな感じではありますが、ただ、やはり皆さんには、この場から動いてもらうわけにはいきません。 申し訳ございませんが、少なくとも今夜は私に付き合ってもらいます。 そして、それまでに私が、この事件の真相を解き明かします。」
なんと、古畑さんは今夜中にこの場で犯人を見つけ出すつもりのようだわ。 ってことは、すでに古畑さんは犯人の目星がついているのかしら?
そんな古畑さんの言葉に反発したのは、マンガ家の磯山はじめさんだった。
「ふざけるな!私は気分転換に1日だけ福島に来ただけで、すぐにでも帰って原稿を描かないといけないんだよ」
漫画研究会の学生さんたちが、この民宿を宿に選んだのは、間違いなくこの大御所漫画家、磯山はじめさんが目当てだったろう。私でも名前は聞いたことがある。
デビュー作の「新弟子の巨星」が大ヒットして以降、ヒット作を産み続けている伝説の天才漫画家だ。メイたんも、サインをもらいたいって言ってたわ。
「私だってイヤです! 同じ屋根の下に死体があるなんて! 早く帰りたい! 帰らせてくれないなら、私はもう舌を噛み切って一言もしゃべりませんから!」
磯山先生に呼応するように反論したのは、下霧すずめさんだった。
人が暴力に訴える時、何も相手を攻撃するとは限らない。 自分を傷つけて、自分の主張を通す暴力の使い方もあるのだ。
笠田次郎さん、その子と付き合うのは危険かもしれないわよ。 そこまで私は恋愛経験豊富ってわけじゃないけど、ネットで読んだばかりで、お姉さんは心配よ。
「あの~ 真相を解明するってことは、つまり古畑さんは、この中から犯人を見つけるって言ってるんですよね? それって、この中にオーナーさんを殺した人がいるって事でいいんですよね?」
そう問いかけたのはナンだった。 そんな露骨な言い方をしたら女の子たちがヒステリックを起こすじゃないって、私は少し焦った。 でも、思いのほか女の子たちは、冷静だった。
実は私もナンと同様に、古畑さんは犯人の目星がついているのかと疑問に感じていたところだった。 ただ、私は観察することに徹する傾向があり、何事も慎重だ。ミスが怖いのだ。
でも、ナンはこういう時に鋭くメスを入れるタイプなのよね。
「んふー、ふっふっふ~ いい質問ですね~ お嬢さんお名前は?」
「あ、申し遅れました。 私は、札幌でタウン誌の編集をしている、金田一って言います。 こちらの2人は私の先輩です。」
今泉さんや学生さんたちとは、民宿に到着してすぐに談話室で挨拶して、お話も少ししていた。 けど、磯山さんと古畑さんは部屋にこもっていることが多く、挨拶はまだだったわね。 私もナンの紹介を受けて、古畑さんに挨拶をした。
「どうも、伊貞と申します。」
メイたんは、磯山先生の怒鳴り声や、下霧すずめさんの悲鳴に動揺しているようで、露骨に狼狽している。
「あ、・・・宮迷です」 やっとそう言えた。
私はメイたんの肩を掴み、自分の方に引き寄せてあげた。 くっついていた方が安心するだろうと思ってそうしたんだけど・・・。
「あぁ、メイって温かいわね。」 私の鼻からフゥーと息が漏れた。
「なんだ、私も彼女とくっついて安心してるんだわ」
そう思った矢先、ナンも私たちにくっついてきた。
そうよ、私たちは温泉街の取材で、連続して殺人事件に巻き込まれてるんだもの。 ナーバスにもなるわ。 そんな私たちの不安を知ってから知らずか、今泉さんが私たちの方に近づきこう言った。
「いいな、僕も混ぜてよ~ こ、怖いんだよ~」
この人は刑事なのに、何を言っているのよ。
「怖い」って、こういう事件は、はじめてなのかしら?
「だ、だってさぁ、さっきさぁ~、死体が動いていたんだよ〜」
あららら、急にオカルトな展開なの?
「ちょっと刑事さん、頭だいじょうぶ? 頭髪が後退しているけど、そっちじゃない意味でね」
メイは、心の声が独り言として口に出るんだったわ。 なのに、これが逆にカワイイと言われるくらいには、彼女は天然の人たらしなのよ。 今泉さんも複雑そうな顔の中に、少しニヤニヤした表情か見え隠れしていたわ。
「彼女の言うとおりだと僕は思うね。 古畑さんも今泉さんもおかしいよ。 僕は売れっ子漫画家だよ? 僕が原稿を遅らせれば経済的な損失はでかい。 それをわかった上で、君たちはここに残れと言ってるのかね? 今日じゃなくても捜査はできるだろ。」
磯山先生は、語気を強めてそういった。 メイとちがって可愛げがまったくない。 それに捜査を遅らせれば、それだけ真相が闇の中へとなる確率は上がるだろう。 それくらいは素人でもわかりそうなものじゃないの。 この人って傲慢ね。 名作を生み出すっていうから、てっきり人格者だと思っていたわ。
この状況・・・、どうすればいいの? 私は、メイとナンに触れる手にさらに力を込めてギュッとし、古畑さんが何を言うか注目した。
「んふー、今日帰ったら困るのは磯山先生、あなた自身なんじゃありませんか?」
誰もが、この古畑さんの発言に疑問符を持った。 というより、理解が追いつかいって感じね。 談話室にいる誰もが虚をつかれた顔している中、磯山さんはこれに反論します。
「何を言っている? なんで私が困るというんだね? 説明してもらおうじゃないか!」
「んふー、そうですね~。 それじゃ、私よりも今泉君に説明してもらいましょうか? 今泉くん、君は死体が動いたのを見たんだよね? そのときのこと詳しく話しなさい。」
「は、はい。 え~、そうですね、そのですね・・・。」
「なんだ、歯切れが悪いな。 早く話したまえ。」
「だ、だ、だから、殺されたオーナーの死体は103号にあったはずなんですよ。 だけど、古畑さんに言われて、改めて死んでいるか確認しに行ったら、103号室がなくなっていたんですよ!
それで101号室、102号室、104号室って部屋番号になっていて、104号室って普通はこういう民宿では縁起が良くないから“そういう部屋番号”は、ないはずなんだよ~! 祖母ちゃんが言ってたんだよ~。4は、死を連想させるから縁起悪いって。
でも、刑事だからさー、ぼ、ぼ、僕は101号室から全部確認したんだ! だけど、どの部屋にもオーナーの遺体は無くなっていたですよー!」
今泉さんの話は、恐怖で考えがまとまっておらず、整理された内容ではなかったけど、意味は理解できたわ。 つまり、103号室で他殺され状態で見つかったオーナーの遺体は、すっかり消えてしまったと。 しかも、その103号室ごと消えたしまっていて、代わり104号室が出現したと。 もうこれって、トライワイトゾーンとかそういう話よね。
「だけど、なんで古畑さんは今泉さんに改めて、オーナーさんが亡くなっているか確認に行かせたんですか?」
ナンのその問いはもっともだわ。 私もそこに引っかかった。 オーナーの死は手鳩さんが確認していたわ。 しかも、彼女は医学生よ。 古畑さんは一体、何を知っているの? 早く古畑さんの話を聞きたい。
でも、その問いに答えたのは今泉さんでした。
「だから、僕が覗き窓からオーナーの遺体が歩いているところを見たんだよー! しかも、1体じゃないんだよー! 何体もオーナーの遺体が歩いて移動してたんだ! だから、古畑さんに報告しに行ったら、脈でも瞳孔でもなんでもいいから、僕に本当に死んでるか確認しろって、古畑さんが言ったんだよー!」
「え?! 歩いていた死体が1体じゃないって・・・、それって他にもこのフロアには殺された遺体があったってこと?!」
思わずメイたんが、今泉さんのあまりに現実離れした話に対して、疑問を投げかけたが、それについては、私が現実的な可能性を話した。
「たぶん、犯人がオーナーの遺体を移動していたんじゃないかしら? 複数の人が、実は殺されてました。 しかも、その人たちは死後も歩きます、ってのは、あまりに荒唐無稽すぎるわ。 ていうか今泉さんはもちろん、その歩く遺体の顔は見ているんですよね? 間違いなくオーナーさんでしたか?」
その私の問いに今泉さんは急にモジモジとし、トーンの下がった声で答えました。
「そ、それが・・・、ハッキリとは見てないです。 なんかこう、昔話の笠地蔵に出てくる藁みたいな傘を被ってて、顔はよく見えなかったんです。 でも、103号室の方にそいつら向かっていたんだよー」
「なんだ、その話は! 君は、顔を見ていないのに“窓から見た歩く3人”が、オーナーの遺体だと言っているのか? 実に、当てにならない話だ!! そんなもんは、普通に外を歩いていた地元の人だっただけの話しだろ!」
今まで黙って聞いていた磯山さんがそう突っ込んだ。
ただ、このツッコミには、なにか違和感があるわ。
磯山さんは、「遺体は外を歩いている」と、イメージしている。
だけど、私はこの談話室を歩いていたとイメージした。
どうして? なぜ?
この違和感は、なんなのかしら?
~ 福島編 後編に続く ~
▼ シリーズ一覧
第1話 熱海編(本編)
第2話 福島県 前編(本編)
第3話 福島県 後編(本編)
最終話 熊本阿蘇編(本編)
エンディングテーマ曲:悪の事件
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