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檸檬

檸檬は神の最高傑作だ、と彼はよく言う。
好きな食べ物は何かと訊かれると、彼は檸檬だと答える。好きな言葉は何かと訊かれると、彼は檸檬だと答える。最後の晩餐も、無人島に一つだけ持っていくものも、檸檬がいいと答える。

「檸檬の旬はいつか知ってるか?」
彼は私に訊いてくる。
まだ布団の中のぬくもりを堪能していたい気持ちを抑え、私は布団から顔をひょっこりと出す。カーテン越しの窓から牛乳の色をした空がうっすら見えて少し眩しい。

コーヒーの香りが私の鼻をふわっと突いてくる。台所には既にスーツ姿で真っ黒なコーヒーを淹れている彼がぼんやりと見える。檸檬の旬。私は知っている。

「知らない。いつなの?」
開ききらない目をこすっているフリをして、私はとぼける。
「なんだ、そんなことも知らないのか?」
彼が朝から檸檬の話をするのは珍しいことではない。おはようと挨拶を交わすより、檸檬の話をした方が有意義だろ?と彼は言っていた。

「夏かな?」
冬だ。私はとぼける。
「みんなそう言うんだ。檸檬と夏のイメージを勝手に重ね合わせる。でもな、逆なんだよ。冬なんだよなあ。面白いよなあ」
サンタクロースからプレゼントを貰った少年ような笑顔で、彼は微笑む。

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