見出し画像

ドゥームズデイクロック実況感想③『NOT VICTORY NOR DEFEAT~勝利も敗北も知らず~』

※この記事にはネタバレが含まれます!※

コラム『超人理論』

まず始まるのはコラムだ。こうして章の間にコラムや本の抜粋が挟まるのは実にウォッチメンらしい。それがネット記事となっているのは、まさしく時代の変化とでも呼べるものだろう。
そこに書かれた内容は”超人理論”なるものだった。この理論が出て以降『なぜアメリカに異常なほど超人メタヒューマンが集中しているのか』という議論が世間を騒がせているのだという。日本でもよく見られる煽り記事のような文体が、この記事が問題を恣意的に扱っているのを想起させ思わず口元が歪む。
使っているブラウザにはレックスネットの文字がある。レックスコープに関係したインターネットサービスだろうか?
これが事実だとするなら、情報戦においてレックスルーサーは一歩先を行っているように思えるが、はてさて。

話を戻そう。そこで語られているのは、メタ遺伝子の存在だ。全人類の約12パーセントにも及ぶ、危機的状況に際して遺伝子を書き換え超人的な能力を覚醒させる遺伝子の存在
異星人の侵略に際して判明したとされるこれは、その数字が事実かどうかはともかくとして、極めて問題のある数字だと言わざるを得ない。
なぜなら世界人口が70億人だとしても、12%とはすなわち約8億4000万人もの人類がメタヒューマンに覚醒する可能性を持っているということである。それは、マイノリティとして処理するにはあまりにも大きすぎる数字だ。そしてその遺伝子が果たして人種的な偏りがあるのかどうか。そこまでは作中で判明していないらしい。

記事を読み進めていくと、ここにきてどうやらこの遺伝子を外科的に取り除く技術を巡ってレックスコープとウェイン社が争っている結果となっているらしい。彼らはそれぞれこれら遺伝子の研究を行ってきた企業や研究所を次々と買収しており、横に書かれた逮捕されたウェイン社の人間もまたこのことに関係しているようだ。
逮捕された四人の人間は情報漏洩の罪で逮捕されているとのことだが……そもそも問題はそんなことではない。果たしてこのメタ遺伝子は本当に外科的な手術その他で取り除けるものなのか。そして取り除いた副作用はないのか。議論されるべきはそちらではないだろうか。取り除くかどうかの是非は、それこそ自由意志の侵害にすらなりかねないので慎重に議論されるべきだろう。
そしてそれらのことは記事には書かれていない。そしてまた、超人理論をきっかけとした起きたアンチヒーローブームのようなそれは、さながら現実世界におけるヒーローの精神性を否定して回る人々を見ているようですらあった。
だが忘れてはいけないことがある。なぜあの時、かつてウォルターコバックスが絶望し涙を流したのか。敵を否定し、その存在を拒絶することは、決して問題の解決足りえないのである。

さて、企業としての立ち回りそのものが不利な状況の中、問題を起こしたとある研究所を買収したウェイン社の株は急落しているという。恐らく感想記事②でのルシアスとの揉め事はこれらを発端としたものだろう。
ヒーローは、その行動の根幹にヒーローを名乗る者達の“善意”という自由意志によってもたらされる。だが、経済人、そして経営者としてはそれら善意の自由意志は企業運営には極めて不適当な行動原理とならざるを得ないことが多いだろう。そして誰よりもそれを理解しているからこそ、ブルースはこの状況をどうにか収めようともしているように感じる。
なぜなら企業の混乱は経済の混乱を招く。それがウェイン社という巨大企業ともなれば、なおさらであるのだから。

そして最後に、もう一つ記事が別のウィンドウで小さく表示されていた。これはロイス・レーンによる記事だ。彼女の立場を考えればスーパーマンの立場に寄り過ぎている、あるいはそうならざるを得ないともいえるが、書かれた内容は至極真っ当な指摘だ。その記事内容は事実、ルーサーが突かれたくない部分を的確に指摘している。
そして案の定、その記事を書くにあたって彼からの返答は一切ないそうだ。

過去から始まる現在の悪夢

割れるジンの瓶。1人の男が、手ひどく殴りつけられ、そして窓から投げ捨てられた。やがて地面へと到達し、死を迎えるその男──コメディアンと呼ばれる男の景色は血に濡れたボタンを置き去りにして突然海の上へと変わる。
突然のダイビングに混乱しながらもどうにか岸へと這い上がる彼に声をかける青白い男がいた。

「やあ、ブレイク」

そして場面は前回へと戻ってくる。
血を流し倒れるルーサー。
追い詰められたオジマンディアス。
対峙し、彼の今を、今の彼を皮肉るコメディアン。
コメディアンは言う。

「──なんてこたねえ。暗闇こそ俺の居場所だ。オジー……てめえもだろ」

一片の疑いも持たず放たれた言葉。彼の表情を見ると、それは悪辣なジョークであると同時に、自身と同じ存在を哀れんだ言葉にも思えた。

そしてその後放たれたコメディアンのセリフから察するに、どうやら彼は窓から落ちたその後に起きたことを知っているようだ。
────となれば、それを教えたのは一人しかいないだろう。

それにしても、オジマンディアスの戦いは、なんというか、掛け声と言い体操でもしているようだ。武闘家や、あるいは武術を嗜む者としてのそれではない。だが反面その実力も、殺傷能力も、彼がヒーローを演じるにあたって充分なのだろうことが窺える。事実、彼はまたしても逃げおおせた……。
オジマンディアス。実に面白いキャラクターである。描かれるごとに、その時間が割かれるごとに、彼の存在がどれほど滑稽で、どれほどチープなのかが明かされていくのだから。
このこと自体はウォッチメンでもそうだったが、これらは意図的に描かれているのだろう。これは確かに、コメディアンならずとも失笑せざるを得ない。

場面はどんどんと移り変わっていく。
ウォッチメンの時と同じく、時を同じくして、或いは前後して事態は進行していくからだ。それは止められない時計の針そのものを指しているかのようだ。

バットマンは自らの秘密基地ケイブへと侵入した男、ロールシャッハを胡乱な目つきで見つめている。それもそうだろう。
震えた様子の声。さながらシェイクスピアのような語り口。
バットマンからすれば、そういう手合いがどんな風にカテゴライズされるかよく知っているはずだ。

さらに場所は変わり、あっさりと脱出したマイムとマリオネットの二人。
どうやらオウルシップは潰れたサーカスか何かにいるらしい。或いは遊園地かもしれないが、前時代的な人間を見世物にした場所であったことが背後のポスターから窺える。そんな中マイムが指摘して言う「たちの悪いジョークよ」という言葉は、まさしくオジマンディアスの性質そのものだろう。
だが彼のたちの悪さは、それを自覚しながらもそれを前提として自らを賞賛と崇拝の立場にしようとしているところにある。自覚しながら露悪的に自身をすらジョークにするコメディアンと対照的なのはそういう部分だ。

さらに場面が変わる。ロールシャッハの手記を見て描写されるバットマンの6つの表情が面白い。
感心、疑惑、推察、驚き、諦観、沈黙。
それはひとりの男が病的なまでの備えから残した日記だ。知る者が見ればそれは情報の宝庫だろう。だがロールシャッハ二世は忘れていることがある。ここは彼の世界ではない。そもそもの歴史も、科学技術も、何もかもが異なる世界であるということだ。バットマン自身異なる世界へ行った経験はあるはずだが(このバットマンがそうであるかは知らないが、少なくともリバースで時間を超えた経験があることは語られている)、前提となる知識がなければこの手記は単なる狂人の日記だ。しかしバットマンはそれでもそこから読み取れる何かを得ようとはしている。沈黙したのは、横で立つ彼が果たして会話に値するのか文字通り値踏みしている部分もあるのだろうが。

さて、次なる場面は老人ホームだ。テレビにはかつての白黒映画が映し出されている。チャンネル権を求めて揉める老人達の横で、一人窓の外を眺める老人がいる。リバースでも登場した老人。
名前はジョニー・サンダーだったか……?
彼は家族が迎えに来るのを待っているのだという。
もう夜の10時だというのに。
……彼が失ったのは、単にスーパーパワーそのものだけではないのかもしれない。

再びロールシャッハへと場面は切り替わる。
わたしが完璧な執事は誰かと問われたらまず思い浮かべる人物がいる。アルフレッド・ペニーワースだ。皮肉屋で、老人とは思えない身のこなしの持ち主。バットマンにとって最愛の家族。そんな彼は急な来訪者であるロールシャッハ二世にも物怖じしない。どうやら彼がブルースの朝食として作ったパンケーキは、このロールシャッハを名乗る男の味覚を刺激したらしい。
ロールシャッハを名乗る男……マスクを取った下には、若さが残る黒人の青年の姿があった。
シャワーを浴びながら彼は悪夢に苛まれる。1人で浴びるシャワー。自身を責めるような幻聴。過去のトラウマ。かつてのロールシャッハがどうだったかは知らないが、彼がシャワーを嫌うのはこれが理由だろう。
わたしもそうだが、一人で浴びるシャワーは不思議と自身のトラウマを刺激する。水滴が不思議と過去を想起させるのだ。そして過去彼らは一斉にわたしを責め立てる。

「もっとマシな選択肢があったはずだ!」と。

頭を洗う彼を苛む汚れ。それはシャワーでは落とせないものだ。頭から流れ落ちていく泡と共に、かきむしられた皮膚からは血が溢れ、それは彼の顔を伝い涙のように流れていく……。

混入した異物

マイムとマリオネット。ある意味では異世界から現れた彼女達だが、その行動に特別な変化はない。何故なら彼女達は悪党なのだから。ヴィランとは、ある意味でヒーロー以上に縛られない存在であり、同時にまた縛られてしまった存在だとも言える。
訪れたのはジョーカーのシマである、さびれたBARだ。当然、ピエロめいた格好で訪れた彼女達は絡まれる。
だがジョーカーの部下を名乗る連中にとって、相手が悪かった。
見えない銃。見えないナイフ。そして顔や銃、あるいは手首をもあっさりと斬り落とす鋼糸。鋼とは書いたが、これらの物質は一体なんだろうか。
単なるピアノ線金属には銃をあっさり切断するほどの強度はない。
そうして暴れまわった彼女たちは、どうやら一杯ひっかけた後にジョーカーを探すようだ。混沌としたゴッサムは、どうやらまだまだ退屈する様子もないらしい。

まだまだまだまだ場面は転換する。テレビから世界情勢が入ってくる。
メタヒューマンの検知器、探知器。なるほど、いくつかの国ではこの遺伝子を検出する検知器を国民に使用しているらしい。
それもそうだ。世界中に8億人以上超人に成れる存在がいるなら、国家の選択肢は、特に軍事政権の取るべき手段は決まっている。
人工的な超人の育成すら視野に入れたメタ遺伝子の覚醒。ゆくゆくはそれらを備えた軍隊の設立が目的だろう。
だが、個人的な考えで言わせてもらえばそれは非常に愚かな選択肢と言わざるを得ない。例え脳内に爆弾を埋め込み、或いは彼らから感情を奪えたとしても、ネズミの国を守るネコは気分ひとつでネズミらを皆殺しに出来るのだから。ゆえにこそ、善意によってヒーローをする存在の熱力学的奇跡以上のそれを指導者らは自覚するべきなのだから。

再び切り替わる場面。ロールシャッハ……ロールシャッハ二世がなぜよりによってロールシャッハになろうと思ったのかはまだわからない。恐らくは彼の父親がきっかけなのだろうが。だが彼の心を苛むモノの正体はわかった。あのイカ爆弾だ。人類の脳裏に刻まれた狂気の存在。死する為に、狂気と悪夢を振りまく為に創り出された人工生命体。その時の記憶が彼を蝕んでいる。

そんな悪夢を見ながらも24時間以上眠っていたという彼のことを、ブルース・ウェインが起こしに来た。ロールシャッハ二世はひどく疲労していたようだ。それもそうだろう。
あれをマスクを被るだけで演じ、動き続けるウォルター・コバックスがそもそも異常なのだ。彼が持つ異常性は、その精神以上に肉体の頑健さそのものも含まれているのだから。

バットマンとロールシャッハ……二世。並び立つ彼らの姿は、わたしも待ちかね望んでいた光景だ。
だが残念なことに、それはバットマンにとっては違ったらしい。
それもそうなのだが。

彼らがやってきたのはアーカムアサイラム。
……オチは見えたが、そのことを知らないロールシャッハ二世にとっては関係ないことだ。彼はバットマンをすっかり信用している。よほど心細かったのだろう。人は追い詰められた時、暖かい食事と寝床を提供してくれた相手を信用せざるを得ない。それはすなわち、彼の魂が善に属していることを示している。

謝りながらも、お前の場所はそこだ、と告げるバットマンの表情に後悔はない。彼からすれば今やるべき問題は山積みなのが現状である。わざわざ自分の居場所を訪れた精神異常者を相手してやる必要はない……と彼は判断したのだ。
それを責める筋合いは、我々にはないだろう。なにせバットマンはまだ知らないのだから。青白い彼の存在を。
日誌に書かれたDr. マンハッタンの実在を。

だが彼は既に接触している。間接的に、時間の果てで死を迎えたリバースフラッシュを通じて。

自分をそこから出すよう要求するロールシャッハ二世の姿は、皮肉にもかつてマスクを奪われたウォルターコバックスの叫びと似通っているように感じた。

────牢屋の壁に刻まれた『ここにいる奴らは全員イカれているWE'RE ALL MAD HERE』という刻み文字。

果たしてここHEREとはどこまでのことを示しているのだろうか。

案外、我々の住む世界もまた……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?