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星野博美『みんな彗星を見ていた』

私的キリシタン探訪と銘打った、星野さんのノンフィクション・エッセイ。

とても良かった。この"私的"と言うのが、どの程度なのか、以下の文章からも良くわかると思う。


タブラチェアを手に沈黙する私に、先生が「どうかしましたか?」と声をかけた。
「できれば、この時代のオランダは避けたいところです」
確かにオランダにはリュート曲がたくさんあるが、お国柄なのか、音楽は合理的つまらない部分があると、先生は私に気を遣って消極的な同意を示した。
いやいや、オランダ文化を否定するつもりは毛頭ないし、自分にはそんな資格は無い。医術など、日本がオランダから学んだ事はたくさんある。ただ、筋の問題なのだ。
「オランダは、原城に立てこもった島原の民に向けて、大砲をぶっ放しました。それだけは忘れられない」
先生は青ざめ、「わかりました。じゃぁオランダやめておきましょうね」と言ってタブラチュアをファイルに戻した。
「イタリアなら大丈夫ですか?」
「日本文化に適応せよ」と言う基本路線をしたイエズス会のヴァリアーノ。今日の日本人使徒に愛されたオルガンティーノ。セミナリヨで絵画や楽器の作り方を教えたニコラオ。彼らはイタリア人だった。イタリアなら筋が通る。私は黙ってうなずいた。
そうして当面は、イタリアのリュート曲を中心に練習することになった。

星野さんの、土地や歴史への関わりかた、そのバランス、とても好きだ。


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