全身の毛が抜け落ち、生えない病気「汎発性脱毛症」になって10年。今になって思うこと。
はじめに
私のことを知ってくれている人の多くは衝撃かもしれないが、これは18歳~19歳の頃の私である。昔はちゃんと髪があったのだ。
はじめましての人のために改めてお話すると、私には髪の毛が無い。一本も。頭髪はおろか、腕も、脇も、胸も下腹部も、すねも。
これが今の私である。↓
大学1年生の秋、18歳の時に全身の毛が抜け落ちた。正確には、19歳の秋。
「正確には」の意味は、続きを読んで頂けたらわかると思う。
今でこそこんな感じだが、実は幼い頃は毛深いのがコンプレックスだった。
腕の毛がすごく濃かったのと、なぜか耳の裏のくぼんだ部分(耳たぶを首に向かって押した時にあたる部分)にも毛が生える謎の体質。それが嫌で嫌でしょうがなかった。
ここで詳細には述べないが、小学生の時はいじめにあっていたので恰好のいじりネタである。あったらあったでいじられる。剃ったら剃ったでいじられる。
「うぶ毛~うぶ毛~うぶ毛~剃っただろ~♪」といじめっ子3人のコーラスが流行ったのは今でも覚えている。今思い返すとあれはちょっとセンスはあるけど。
当時は多感な時期。もちろん私にそんな余裕は無い。
言い返す勇気も無いし、下を向いて時間が過ぎるのを待つだけ。
「なんで僕は毛深く生まれたんだ!毛なんていらない!」
そんな風に思っていたら10年後に根こそぎ持っていくんだから神様というのはなかなか残酷である。
ただそんなことを言いながら、実は私は「脱毛症になってよかった。」と心から思っている。
もちろん抜けていく最中はつらかったし、受け入れるのに少し時間はかかった。
ただ、今はもう生えてきても剃ってしまうだろうなと思うくらいには今の状態が気に入っているのだ。
脱毛症の何がいいのか、なぜ私はこんなに強く生きているのか、この記事では内容をまとめてみたいと思う。
見た目にコンプレックスがある人の背中が押せたら嬉しい限りである。
◎脱毛症になった理由
まずよく聞かれるのだが、理由は不明である。
この病気自体は「汎発性脱毛症」と呼ばれるもの。
実は円形脱毛症の一種である。
免疫細胞が異常をきたし、毛根を攻撃してしまうために毛が抜け落ちるんだとか。
ただそこに至る経緯は謎。
ストレスが原因となるのケースが多いらしいが、心当たりは無い。
と言ったらウソになる。
今は人が変わったように朗らかで良い親父って感じで、帰省した際には一緒にサウナに行ったり食事に行ったりと良い関係だが、昔は父のことがとにかく嫌いだった。心から。
なぜなら父は「誰のおかげで飯が食えてるんだ?」を本心から言うタイプ。
そのくせ子離れができず、大学生になっても「今どこにいるんだ?何してるんだ?早く帰ってこい。」の電話が鳴りやまない日々。
普通の飲食店のアルバイトですら「帰りが遅い」とキレられていた。
実家から通える範囲であるにも関わらず奨学金を借りてまで一人暮らしを始めたのは言うまでもないが
父と暮らしたくなかったから。である。
テイのいい言い訳として使った「大学の研究が忙しいから」では無い。
細かな話は言い出すときりが無いので割愛するが、とにかく父に対してのストレスは尋常では無かった。
私が人生で1度だけキレて暴れたのも、父が原因。大学生になって数か月後、抑圧に耐え切れなくなって夜中に家で叫び、泣き、暴れたことがある。
当時の様子を見ていた弟は「本当に気が振れてた。父を〇してしまうんじゃないかと思った。」とのこと。
そのくらいの強いストレスを受けていたのだ。
脱毛症の原因がストレスであるならば、父が原因であろう。
母や弟との関係は良好だったし、友人にも恵まれていたのでストレスという意味ではこれといって心あたりが無い。
はっきりと結果が出るもので無くて良かった。2人の性格的に時間が経ては修復するだろうが、少なくとも数年間は父との関係が壊れてしまってもおかしくなっただろう。
とまあ理由はこんな感じ。
脱毛症という病の原因の特定は難しいものなのだ。
◎脱毛症を発症してから今までの経緯
ずいぶん長くなってしまったが続いては経緯について。時系列順に簡単に説明していこうと思う。
簡単に言うと18歳の秋に抜け、
10か月ほどかけて生え、
19歳の秋にまた抜けて、
今である。
写真を見ながら振り返ってみようと思う。
冒頭で述べた通り、最初の発症は18歳の秋。
「ちょっと髪伸ばしてパーマでも当ててみるかな~」考えていた時である。
いつも通り洗面所で髪をセットしているとやたらと毛が抜ける。最初は気のせいかな?と思っていたが抜けるスピードは日を追うごとに早くなる。
美容師のお兄ちゃんに相談してみると「秋は抜けやすい時期よ!」とのこと。
その言葉で少し安心して落ち着くのを待っていたが抜けるペースは速くなる一方。最終的には洗面所で軽く頭を振るだけでこの抜け方である。
それから3か月経ってこんな感じ。
ちょっとショッキングな状態になってしまったのでこのまま残すくらいなら……と思い坊主にすることに。
坊主にしたすぐはこんな感じ。
詳細は割愛するがそこから約半年。実は一度、髪の毛は綺麗に生え揃った。
期間が短いので数は少ないが、元通りに生え揃って一安心……
かと思いきや悲劇はもう一度。
全体的に抜けていた1回目とは違い、今度は複数の円形脱毛症が。
そこを起点に脱毛していったのだった。
こんな状態で残しておいても仕方ないので再度坊主に。
今更思うが、良くここまで細かく写真を残しておいたものである。
こんな形で役に立つとは1㎜も考えていなかった。
ありがとう。当時の自分。
坊主にして待ってれば、もしかしたら去年のように生え揃うかも……。
という期待も虚しく今に至るが、今ではこんなもんどうしようもない!と振り切って治療も辞め、明るく生きている。(治療の過程についてはここでは割愛)
実を言うと最初の頃こそ若干ショックではあった。ただ、昔から人を笑わせるのは好きだし、いじられることや自虐に抵抗は無いので、こういう材料があるのは正直美味しいなと思ったりもする。
「頭を素材に笑いが取れる」これは脱毛症になってよかったことの1つだが、実はまだまだある。次章では、スキンヘッドのメリットについて触れていこうと思う。
◎脱毛症になって良かったこと
冒頭でも述べた通り、強がりでもなんでもなく私は「脱毛症になってよかった」と思っている。
正直もう今から生えてもらっても剃る。
「はい、遅いでぇ~~~す。」と思いながら。
そこまで思える理由がちゃんと存在するので、ここではそれを書いてみることにする。
理由は次の3つ
お金と時間が浮きまくる
覚えてもらいやすい
清潔感がある
1.お金と時間が浮きまくる
スキンヘッドであること。言葉にするとシンプルだが、その時間と金銭的なメリットは計り知れない。
まず朝、寝ぐせを直して髪をセットする時間が不要になる。
10年も前なのでよく覚えてないが、セットする日しない日があることを考えても、平均15分はかかっていただろう。
これで「0.25時間×340日=85時間」
(家に引きこもる日を想定して340日。)
更にお風呂が早い。頭を洗わなくていい分人より5分は短いはずである。
更にお風呂から出た後体毛が無い分体を拭く時間も短ければ髪の毛を乾かさなくて良い。ので計10分は得している。
これが毎日続くと、「1/6時間×365日≒61時間」
そして美容院。家から15分の所にあるとして、往復+髪を切ってもらう時間で1.5時間。これが2か月に1回行くとしよう。「1.5×6=9時間」
これらを合計すると…なんと「年間155時間」得している。
日数に直すと6日とちょっと。
こんなの細かく計算したことが無かったが、驚愕の数字である。
実は私、ちょっと人生が変わるレベルで得をしている。
時間に比べてやや精度は低いが、お金についてもざっくり考えてみる。
まずは美容院代だろう。私が学生時代に通っていたところは確か4000円くらいは取られていた。ただ世間の男性の平均は2000円とのことなので、平均して3000円としよう。
「3000円×6回=18000円」
そして世間の意識の高い男性は今「脱毛」ということをしているらしい。
費用感が全くわからないが、20~30万というレベルでかかるとのこと。
学生の頃の記憶を呼び覚ますと、ヘアーセット用品に月1000円程度は使っていた気がする。
シャンプーは…と言いたいところだがボディソープで代用していて実質コンディショナー代のみ。これは10年の間に相場を忘れたし微々たるものなので省略する。
年間2万円程度+脱毛代と考えるとこれもそこそこ大きな出費である。
お金も時間も浮きまくる脱毛症、きっちり計算してみるとやはり素晴らしいものなのでは?と思えてならない。
2.良くも悪くも印象に残りやすい
続いてはこちら。「良くも悪くも印象に残りやすい」という点にも触れていきたい。
逆だと思われるかもしれないが、スキンヘッドはコミュニケーションにおいて明確に「有利」である。
確かに全く関わりの無い人からは怖がられている。
相手が大人であってもそうだし、1歳の姪っ子や先輩の娘さんも何度会ってもギャン泣き。本当に申し訳ない気持ちになる。
初めてコミュニケーションを取った瞬間のことを「第一印象」というのに対し私は「第ゼロ印象」という表現を使うが、この言葉を使った「第ゼロ印象が悪い」というのがしっくりくる。
ただし、第ゼロ印象が悪いからといってそれだけで嫌われることは無い。
「ちょっと怖いな…」程度である。コミュニケーションをとる機会さえもらえればこちらのもの。
私は割と物腰が柔らかいので、「(思っていたよりも)いい人」という印象が付きやすいのである。
「実際に話すまでは怖かったけど話してみてめちゃくちゃ良い人でびっくりしました!」この手のセリフを何回聞いたかわからない。
また会社ではこんな見た目ですれ違う人全員に元気に挨拶するものだからすこぶる評判がいい。特に清掃のおじちゃんからは大人気である。
ただ見た目にインパクトがあるというのは諸刃の剣。良いも悪いも印象は増幅される。私のように明るい性格であればかなり得をするし、ムスッとしてたり口下手であれば逆にひどい方向に働く可能性は大いにある。
自分のコミュニケーション能力の賜物であると言ってしまえば感じは悪いが嘘では無い。「覚えてもらいやすい」というのは少なくとも私にとってはメリットなのである。
学生時代、就職活動が始まる前はかなり怖かったが終わってみれば面接で落ちた企業は一社も無く、スキンヘッドに限った話ではあるが、見た目は就職活動に影響しないことがはっきりと分かった。
3.清潔感がある
何となく3つ無いと気持ち悪いので絞り出したが、毛が多い人というのは清潔感が無い。
好感度と清潔感は直結するので、その面で間違いなく有利である。
特筆すべきはやはり、顔や体用の汗拭きシートで頭まで拭けてしまうことだろう。
私はメーカー勤務ではあるが建築や土木関係の商材を取り扱っているため工事現場に出向く機会が多く、現場の埃や汗ですごく汚れやすい。
車や事務所に戻って一瞬でリフレッシュできるのは実はめちゃくちゃ大きいのだ。
脱毛症によるメリットは以上。
どう考えても合理的なヘアースタイルであると私は思う。少なくとも地肌が見え始めたおじさんは全員やった方が良いだろう。
最後に総括をして、本記事を締めようと思う。
◎さいごに
私は今、最高に楽しい日々を過ごしている。
副業を通して多くの仲間に出会い、Twitterでは多くの方にフォロー頂き、私のnote記事がこうして多くの方の目に触れるようにもなった。
私はあらゆるメディアで顔出しをしているので、脱毛症であるということは印象付けの意味で大きな役割を果たしているはずである。
脱毛症歴約10年の間に色々と珍しい経験をさせてもらった。
どきどきしながら就職活動に挑んだし、どんな反応されるんだろう?と思いながら成人式にも出席した。
結局成人式では数えられないほど写真を撮って、学生時代と全く変わらないノリでバカ騒ぎして、朝の5時まで飲み歩いた。
唯一のデメリットは、1歳の姪っ子が顔を見るたびに泣くことぐらいである。
紆余曲折を経て最終的には「脱毛症になって良かった」と思えるのは、サポートしてくれた実家の家族や、変わらず接し、面白おかしくいじり続けてくれた友人たち。
そして何より、妻のおかげである。
今の私があるのは間違いなく全員のおかげなので1人1人お礼を言いたいが、文字数の都合もあるのでここでは妻へのお礼を。
本編では触れなかったが妻とは髪の毛が無くなる前から交際している。
2023年7月7日でちょうど10年である。
脱毛症がひどくて初めて坊主にしたときも
「それはそれでいいやん!似合う似合う!」
とケラケラ笑ってくれ、脱毛症の治療で入院した時は遠くからバスを乗り継いで1日も欠かさずお見舞いに来てくれた。
こんなことを書いたら怒られるかもしれないが、学生時代、気の迷いで私から別れを切り出した時は号泣して「絶対に嫌だ」と言って間違いに気づかせてくれた。
感謝しなければいけないエピソードは数えきれないほどあるが、私にはもったいない自慢の妻である。
もし彼女と出会っていなかったら、全く違う自分になっていたことだろう。
このnoteに気付くことはまず無いと思うけど、いつも心から感謝しています。そして今も、これからもずっと大好きです。いつもありがとね。
このnote記事を最後までお読み下さったあなたにも改めて感謝申し上げます。拙い文章にお付き合いくださり、誠にありがとうございました<(_ _)>
しゅーぞー
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