すうがくぶんかアドベントカレンダー2023 12/8 「2項定理のq-変形」
すうがくぶんか講師の会沢です。すうがくぶんかアドベントカレンダーの一環として、最近研究で使った「2項定理のq-変形」に関する解説記事を書きました。
冒頭では高校数学レベルで楽しめる、2項定理の味わい方も載せています。
1.通常の2項定理とその拡張
まず高校数学でも扱うような、通常の2項定理とは次のようなものでした。
数$${a,b}$$に対して、
$$
(a+b)^n = \sum_{k=0} ^n {}_nC_ka^{n-k}b^k
$$
ここで$${{}_nC_k:=\frac{n!}{(n-k)!k!}}$$は2項係数で、n個のものからk個選ぶときの選び方の総数です。
2項定理の証明の方針としては主に次の2つが考えられます。
$${(a+b)^n}$$を、n回掛けたものとみる。$${a^{n-k}b^k}$$が現れるのは、$${a}$$をn-k回と$${b}$$をk回選ぶものなので、係数に$${{}_nC_k}$$が現れる。
nに関する帰納法。n乗の展開を仮定して、さらにもう一度$${(a+b)}$$をかけることでn+1乗の展開公式を導く。
帰納法による証明では2項係数に関する公式として、次を用います:
$${ {}_{n+1}C_k = {}_nC_k + {}_n C_{k-1} }$$
この公式自体も興味深いもので、いくつか説明の仕方があります。
2項係数の定義に従って、右辺を通分計算する。
n+1人からk人の選び方を考えるとき、1人を特別視して、それを含めずにk人選ぶorそれを含めて残りk−1人の選び方 とみる。
パスカルの三角形において、n段目からn+1段目を求める演算そのもの。
先ほどの記述ではあえて数$${a,b}$$に対してとぼかした記述をしましたが、単に実数や複素数などの時には気にする必要のなかった仮定として、$${a,b}$$は可換であるというものがあります。行列のような常に可換とは限らない数体系を考えるにあたり、2項定理をどんな2数にも適用することはできないということです。
そこで、2数が可換であるという仮定を弱めて、
2数$${A,B}$$が$${AB=qBA \;(\exist q\in \mathbb{C})}$$という関係にある
という広義の可換性のもとでどのような2項展開が得られるのか、ということを考えてみます。
まずは記法は後回しにして、どのような表式になるかを述べることにします。2項展開にかなり近しい形になっていることが見て取れます:
$$
(A+B)^n=\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^k
$$
この右辺に現れる$${[n]!}$$などの記法を詳しくみていきましょう。
2.q-整数
$${n=0,1,2,\dots}$$に対して、q-整数を次の形で定義します:
$${[n]_q:=\frac{1-q^n}{1-q}}$$
これは$${n\ge1}$$に対しては次のような多項式です。
$${\frac{1-q^n}{1-q}=1+q+\cdots+q^{n-1}}$$
これは整数の拡張と呼ぶべき概念で、$${q=1}$$を代入する($${q\to1}$$の極限を取る)ことで$${[n]_1=n}$$であることがわかります。
そこで、q-整数の階乗とは次のとおりです:
$${[n]!:=[n]_q[n-1]_q\dots[2]_q[1]_q}$$
$${n=0}$$に対しては$${[0]!=1}$$と約束しておきます。
2項定理のq-変形の式
$${(A+B)^n=\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^k}$$
とは、展開係数が2項係数$${\frac{n!}{(n-k)!k!}}$$のq-変形で与えられることを述べています。
3.帰納法によるq-変形2項定理の証明
最後に、2項定理のq-変形を証明してみます。帰納法による証明は、通常の2項定理の証明とかなり似通っています。q-可換性に注意しながら計算を進めてみます。
$${(A+B)^n=\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^k}$$
を仮定する。
$$
\begin{array}{}
(A+B)^{n+1}&=&\{\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^k\}(A+B)\\
&=&\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^kA+\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^{k+1}\\
&=&\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^kA^{n+1-k}B^k+\sum_{k=0}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}A^{n-k}B^{k+1}\\
&=&A^{n+1}+\sum_{k=1}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^kA^{n+1-k}B^k+\sum_{l=0}^{n-1} \frac {[n]!}{[n-l]![l]!}A^{n-l}B^{l+1}+B^{l+1}
\end{array}
$$
次に両端$${ A^{n+1} B^{n+1} }$$以外のΣ項を処理します。2つ目の和ではあえて$${l}$$に関する和で書いていますが、$${k=l+1}$$に関する1からnまでの和に書き換えて、
$$
\begin{array}{}
&&\sum_{k=1}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^kA^{n+1-k}B^k+\sum_{l=0}^{n-1} \frac {[n]!}{[n-l]![l]!}A^{n-l}B^{l+1}\\
&=&\sum_{k=1}^n \frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^kA^{n+1-k}B^k+ \frac {[n]!}{[n-k+1]![k-1]!}A^{n-k+1}B^{k}\\
&=&\sum_{k=1}^n \left[\frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^k+ \frac {[n]!}{[n+1-k]![k-1]!}\right]A^{n+1-k}B^{k}\\
\end{array}
$$
通分するため、分母を大きい数でくくります:
$$
\begin{array}{}
&&\frac {[n]!}{[n-k]![k]!}q^k+ \frac {[n]!}{[n+1-k]![k-1]!}\\
&=&\frac{[n]!}{[n+1-k]![k]!}\left[[n+1-k]q^k+[k]\right]\\
&=&\frac{[n]!}{[n+1-k]![k]!}\left[\frac{1-q^{n+1-k}}{1-q}q^k+\frac{1-q^k}{1-q}\right]\\
&=&\frac{[n]!}{[n+1-k]![k]!}\left[\frac{1-q^{n+1}}{1-q}\right]\\
&=&\frac{[n]!}{[n+1-k]![k]!}[n+1]\\
&=&\frac{[n+1]!}{[n+1-k]![k]!}
\end{array}
$$
これはまさしくn+1乗もq-変形2項係数により展開されることを示しており、これで帰納法が回りました。
会沢は執筆時点では、2項展開を組み合わせ論的に証明するもののアナロジーがq-変形の場合にもあるのかわかっていません。もしご存知の方がいたら教えてくださると嬉しいです。
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