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フルーツサンドと水、光{web版・日日の灯 2023.09.15}



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昼すぎに東京へ向かったらはげしい雨にあった。雨も東京に到着したらしい。高円寺に雷が落ちる前にどこか屋根のある店に入らなくてはいけない、と思いながら住宅地を早歩きで移動して、ひらがなで可愛らしい名前の喫茶店に入った。

青い服を着た女の人に「奥までみてから席を決めていいですよ」と言われて、この店は見かけによらず奥行きのある空間を隠し持っているんだなと思いながら、突き当たりの、なにかあったら逃げ遅れそうな奥まった席に鞄を置く。ビート板くらいの大きさの黒板を店員がみせてくれる。本日のおすすめメニュー。シャインマスカットとナガノパープル、ピオーネ。葡萄の名前はたまに馬の名前にきこえる。

桃と葡萄のフルーツサンドは堂々たる風格と気品を合わせもった三角柱だったので、僕はその場で尻込みをしながら胸のうちで歓声をあげた。絵皿の上では角の立った淡いパンが、鉱石のような果実の断面をクリームごと抱きかかえていた。クラシックなソーサーに乗ったホットコーヒーも従えている。

後ろの席では2人の女子学生が久しぶりの再会に興奮していた。最後に会ったのいつだっけ、と1人が訊き、首里城が燃えた年だよ、ともう1人が答えていた。首里城のほうの女の子は、いま付き合っている彼氏がしっくりこなくて、デートっぽいことをしてもあんまりときめかないらしい。

「海で知り合ったから、泳いでるときはカッコよかったんだけどね。陸にあがるといまいちピンとこなくて。ずっと水の中にいてくれたらいいんだけど」と彼女は言って、僕はすでに4つあるフルーツサンドを2つ平らげていた。フルーツサンドは食べるのがむずかしく、あふれだしたクリームが指の先にまとわりつく雲みたいだった。

「いい人だったから好きになりたかった。でも無理だった」
「福岡にも行ったの。でもただ食べ物がおいしいだけだった」
立て続けにその子がまくしたてるあいだ、容赦のない雨と稲光りが容赦のないその恋の独白を、窓ガラス越しにすっぽりと覆った。
「ときめかないのはアウトでしょ」
もう1人が審判を下して、2人はチーズケーキにとりかかった。

フルーツサンドを食べ終えると、肩までずぶぬれの別の女子学生が3人揃って入ってきて、店員がカウンターからタオルを渡したりしていた。彼女たちはさっきまで水の中にいたのかもしれない。にわか雨が過ぎ去った気配がして、会計を済ませて店を出る。通りに出るといきなり尿意に襲われて、駅までの道をすこし急いだ。


web版・日日の灯 2023.09.15
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このweb版不定期連載では、{日日の灯}を発行しているのもとしゅうへいが生活のなかで起こったことを短く書きます。生活のメモです。

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