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きんからきん日記 7/12から7/19


7/13

Iと岩海岸へ向かう途中、右手の小道を灰色の猫が横切ったので、ついていく。両脇を花のあふれた民家に挟まれながら急な坂を下るのだが、猫は見当たらず、下まで降りるとそこは古びたコンクリートの建物だった。横浜国立大学臨海環境センターと書いてある。たぶん何かしら海の研究をするための施設なのだと思う。前方は緑色のフェンスに阻まれていて、この道からは海岸へ降りられないらしい。もう一度来た道を上って引き返す。7月ともなると、岩海岸には子どもが増え、沖合には見たこともない大型の遊具が浮かんでいた。空気を入れて膨らませるタイプの滑り台が、うっすらとした真鶴のビーチに鮮やかに浮かんでいる。にぎやかな歓声の合間を縫うように湿った砂浜の上を歩いた。Iは陶片が落ちていないか気にしていたが、波打ち際には木片と海藻が散らばっているだけだった。昨日の夜は雨が降っていたのだ。

夜中に駅前の日本料理屋・ぎほうに行く。ここは、畑でお世話になっているサムカワさんが姉妹で営んでいるお店だ。この日はサムカワさんだけが店におり、17時過ぎに入ると他の客はまだ一人もいなかった。しばらくすると地元のおじいたちが2人、3人と奥の座敷に座りはじめる。サムカワさんは厨房で魚を切りながら、手が足りないからビールは自分で注いでちょうだいと言う。これはいつものやり取りらしい。ここは客使いが荒いんだから、とおじいたちは笑いながら、がやがやとカウンター脇へ連れ立っていく。その後、2人連れの旅行客が僕らの卓の後ろに座った。彼女たちは群馬からあちこち移動しながら旅をしていると話し、もうすでに結構酔っ払っているみたいだった。宿はどうするのとサムカワさんが訊くと、宿はないと笑っていた。車で来てはいるものの、お酒を飲んでしまっているから今夜はパーキングで車中泊かな、とのことだった。それからもしばらく色々なことを話したような気がする。帰りがけにサムカワさんに呼び止められて、何かと思えばチョコレート菓子とクッキーの袋を2つ、持たせてくれた。

7/14

昼時に福寿司の暖簾をくぐると、〈本日入荷の地魚〉と書いた黒板に、かんぱち、たい、いなだ、うすばはぎ、こむつ、あかいか、ちだい、といった魚名がずらりと並んでいた。昨晩はかんぱちと中トロ、いかとかつおの刺身を食べたところだったので、煮魚定食を頼む。地魚を柔らかく煮た大皿に出汁の効いた味噌汁と卵焼き、生野菜などが膳にのっている。来客がないとこういう店にはほとんど足を運ばないので、ここ数日はめずらしく贅沢な食事が続いている。真鶴は小さな町だが、食べることには事欠かない場所だと改めて思う。14時過ぎに熱海でIを見送り、東海道線に乗って鎌倉で降りる。

7/16

週末の20日(土)に下北沢のブックマルシェに出店することになった。会場はボーナストラックという場所で、今年の4月に個展をやった本屋B&Bさんが店舗を構える通りである。その時お世話になっていたお店のスタッフさんから、よかったらどうですかと出店のお誘いをいただいたのだった。本以外のものも持っていきたくなり、キーホルダーを作ってみる。水彩紙に水性インキと透明水彩で絵を描いて、それをカットしてアクリルケースの内側へおさめる。表には植物の絵を、裏側には混色した絵の具を一面にのせ、両面でコントラストを楽しめるように仕上げてみる。それを透明なケースにぱちりと嵌め込むと完成だ。水さえあればどこでも描けるから、と水彩画を描いている友人が言っていたのを思い出す。その友人はイタリアの港で、海水で絵の具を溶いて絵を描いていた。自分はそれをフィンランドの小川あたりでやりたいなと思う。

キーホルダーは、ぜんぶで31個できた。最近は本当に、何かをつくることで喜びが完結している。でも、つくったものを売るのも好きだということに気がついた。突き詰めると自分はお店が好きなのだと思う。何かをつくり続けて、それをみせたり渡したりする場所に興味がある。ゆくゆくはお店をやります、とか言い出すのかもしれない。水彩画はこの先も続けてみる。

7/19

図書館の事務室で、昼休みにメールを返す。図書館の勤務時間には1時間の休みと15分の休みが定められていて、自分はその両方の時間をメールを返すのに使っている。決められた時間のあいだになるべく多くの連絡に目を通し、返信を送る。図書館の仕事には、肉体的な激しさを伴う作業はあまりないので、仕事をしている時間よりも、休憩中のほうがたくさん手を動かしている。しかし、そんな生活も今月でおしまいだ。自分は7月末で図書館の仕事を辞めてしまう。だからもう、昼休みに事務室でメールを返すことはない。図書館の事務室は、メールを返すのにとても適した場所のような気がしていたから、それは少し淋しいのだった。それとももしかすると、この先メールを返すたびに、自分は図書館のことを思い出すのかもしれない。それはちょっとどうなのだろう。

夏が来てから時間が経つのが早い。一週間が一日の速度を追い越して、光りながら自分のことを見下ろしているような気がする。



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