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きんからきん日記 7/5から7/12


7/8

その日は昼過ぎにオンライン打ち合わせの予定が入っていたので、上野から自宅へ帰る途中に横浜駅で途中下車することになった。わざわざ横浜駅で降りたのには理由がある。横浜駅に連結された商業施設の並んだ通りの、カメラ屋にフィルムを買いに行くのだ。

ちょうど1年前に、映画を撮っている友人にもらったフィルムカメラは、一台に4つぶんのレンズ穴が開いた可愛らしいおもちゃのような代物で、当初セットしたフィルムの上限は24枚だった。それをちょうど使い果たしたため、新しいものを一つ選ぶ。やや値段は高くなるが、36枚まで撮ることのできるフィルムもある。でもそれだと少し多いような気がして、24枚のほうを買った。夏が来ると写真を撮りたくなり、それはどうしてだろうかと考える。夏は日差しが高く強いから、日向の道でまばたきをするだけで、視界が写真のように眩む。まぶたがカメラのようになるから、いろいろなものが写真になってしまうのだ。それから以前はもう少し夏のことが好きだったような気がする。幼い頃は、夏の中にいる自分たちが好きだった。今はただ、終わってしまった映像を思い出すように断片的に光っている夏の記憶が好きなばかりである。それは夏とは少しちがうのかもしれない。

リモートで打ち合わせをするために、MacBookを開いて座ることのできる手頃な場所を探す。JOINUSのある地下街から地上に出て、NEWoManのエレベーターを8階まで上がる。映画館のあるフロアのソファで画面をつなぐと担当編集さんの顔が映る。お疲れ様です。音声が聴こえない。あれ、おかしいですね、すみません。Wi-FiをiPhoneからテザリングで飛ばしているせいですかね。一旦電話をかけてみますね。とミーティング用のチャットで会話して、トークルームを退出してエレベーターに再び乗り込む。

1階に降りて、広々とした駅前広場の吹き抜けをエスカレーターで2階へ上がり、半屋外になっている木製のベンチスペースまで移動して再びMacBookを開く。今度は駅構内のWi-Fiをつかまえたので、無事に会話ができるようになる。やはりこれからは自宅か大学で、オンラインの打ち合わせをしようと思う。

7/10

午前中はゲラの確認をした後、漫画の原稿に色を塗っていた。午後に御茶ノ水へ行く。この日は詩人の大崎清夏さんが明治大学で詩の講義をすることになっていて、授業前につながりのある数人でランチをした。自分の周りに普段詩を書く人間がほとんどいないので、詩人に囲まれて会話をすると不思議な気持ちになる。御茶ノ水は若い人の多い町で、明治大学は男性用小便器の上部に大学のロゴの透明シールが貼ってあった。「もう一歩前へ。明治大学」と書いてあるのを、小便をしながらじっと見つめていた。

7/12

明日までに出すネーム作業を昼過ぎに終える。洗濯物は外に干すか迷ったあげく、結局寝室の内側へ干すことにした。

Iが真鶴に来たので、夕方一緒に自宅のそばの居酒屋へ行く。雨が続いていたせいか、この日はめずらしく港でほとんど魚があがらず、その影響で魚介のおかずはあまり出せないかもしれない、とお店の人に言われていたが、どっこいここは魚以外の単品料理もおいしいのだ。開いたピーマンの内側へチーズを敷き詰め、中央に明太子をのせた炙り焼きを箸でつつく。タバスコを少量かけて口の中に放り込むと、これはもうピザの味である。それからムギイカとズッキーニをガーリック風味にあえたソースを、バゲットですくい取るようにしていただく。最後の締めに頼んだのはお茶漬けだった。お茶漬けにはいくつか種類があり、Iは鮭を、自分は梅を選んで食べた。

カウンター席の隣でIは、職場の同僚女性から聞いた台湾旅行の話をしていた。細かな内容は忘れてしまったが、同行していた同僚女性のパートナーが、現地の観光客を狙った詐欺まがいの商品勧誘の一切をあしらうことなく、あまりにも丁寧に一件一件応対するので一向に旅が進まず、危うく離縁するところだった、というものだった。彼女の語るところによれば、交際相手を見極めるのに台湾はすこぶる適しているらしく、旅費も安いし、食事もうまい、文化的な趣も申し分なく全員行くべし、とのことだった。会計を済ませて店を出ると外は暗く、降りやんだ雨が駅前を黒く光らせていた。


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