Fiction. but

「気が変わったら教えてね。」
僕は君の目から視線を床に落とし、声を詰まらせながらそう伝えた。君は優しい笑みを浮かべながら「あなたもね。」と僕の目を見て呟いた。

僕に対する愛情が薄れたり、飽きてしまって君の気が変わったらいつでも言ってねと常々言っていた。これは保身だったのだろう。

僕は当時、最愛の人に見限られることを極端に恐れていたのだ。

昔から自分の本当の気持ちを外に放つことが苦手だった。何をするにも相手や周りの感情を勝手に理解した気になって、全てを他者に委ねて生きて来た。それは徐々に自身を蝕み続け、いつの間にか自分の本心が所在が掴めなくなり、次第にその事実すら忘れ去られてしまった。

その結果、交友関係は常に良好で男女問わず親しい関係を築くことにそう苦労はしなかった。しかし、そんなハリボテの関係など殆どが一過性のものに過ぎず、おそらく多くの人間を傷つけてしまっていたのだろう。

そしてこの罪は、そこからそう遠くない未来の僕に当然の如く罰として返って来た。

それは皮肉にも、僕が人生で初めて心から愛した人と出会い、結ばれ、僕にとって幸せな時を共に過ごしていた矢先である。

感情の表現法はおろか、自分の本当の気持ちがわからなかった僕は今思えば強がりや虚勢とも思えるような時に投げやりな言葉を吐き捨てることが増えていった。当時の自分でもわかるほどにそれは本心とはかけ離れていた言葉であった。しかし、どうすればいいのかわからなかった僕はただ傍観し続ける他なかった。

僕は自分の本心をありのままを伝えることで誰かを傷付けることを酷く恐れたのだ。

そんな思い込みをした僕は、思ってもいない言葉で大切な君を傷つけ続ける自分が徐々に嫌になり無意識のうちに塞ぎ込むようになった。そして君もまたそんな僕に対し、きっと耐え難い悲しみに悩み、そして幾度となく傷付いただろう。

そして、君は去っていった。

当然の報いである。

その時、愚かにも僕は初めて自分の犯した過ちの大きさを実感した。しかし、気付くのがあまりにも遅過ぎたのである。

それでも、僕は自分勝手にも君が戻って来てくれることを望んだのである。

そして僕は

「気が変わったら教えてね。」
今度は君の目を真っ直ぐ見つめ、自分でも違和感を覚えるほど震えた声でそう伝えた。君は相変わらす優しい笑みを浮かべ静かに頷いた。


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