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コンプレックスと後悔

私の両親は、私が大学1年生の時に別居した。
元々夫婦仲は良くなくて、喧嘩も耐えなかったし、
家族で喧嘩もよくした。
家族については、他の時に語るとして、
とにかく、別居により私は母と二人暮しになったのであった。

大学の授業料が払えない

まず現実問題として立ちはだかってきたのが、経済面の問題。
母は私を生んでから、正社員ではなくパートとして働くようになり、収入が減った。
一方、一応正社員として働いていた父だが、貯金もなく、私達に仕送りをする程お金に余裕はなかった。
さらに、お金が必要なら取りに来いと言うものだから、私も母も嫌だと言って断ったのだった。

結果、国立大学で学費は安い方だが、母の収入だけでは到底払うことができず、大学に学費免除の申請をした。
卒業までは、全額免除の時もあれば、半額免除の時もあった。途中、利子のつかない奨学金のみに申請したり、返金不要の奨学金に申請したりして、幸い何とか留学までして、無事卒業した。

しかし当時は、“授業料免除の申請をする=貧乏人”と思われることを恐れ、周りにはあまり言わなかった。
今思えば、何を恐れていたのか分からないし、私の友人達はその事実を知っても貧乏人だなんて思うほどレベルの低い人達ではなかった。さらに言えば、知りたいと思う人もいなかったにも関わらず、なぜか聞かれることを怖がっていた。

自分に自信がなかったからなのか、とにかくまた自分にマイナス点が付いたかのような感覚だった。

バイト三昧

大学に入り、まずは競技ダンスサークルに入るも、飲み会が多くて、お金が飛んでいくので、すぐに辞めた。
代わりに塾のバイトを週5でやり、夏休みもほぼバイトをして終わった。
2年生からは、心にも何となく余裕ができたからか、バイトはほどほどに、他のダンスの部活を始めた。

大学では、色々なイベントや有名な人の講演などがあったが、ほぼバイトを理由に申し込みせず終わった。
著名人の経験を聞く素晴らしい機会を何度も棒に振っていたかと思うと、後悔の念しかない。

大学生活を通して、“私は学費の支払いもままならない貧乏な子”という思いがずっとあり、友人にも、バイトをする理由や飲み会に行かない理由やイベントに参加しない本当の理由は明かしてこなかったと思う。(いや、だから知りたいとも思ってなかっただろうに)

こういうのは、一種のコンプレックスみたいなものだったのだろう。
私は貧乏な子だと思われるのが嫌で、バレないように生きようとしていた。
(いや、何度も言うが、実際言ったところで貧乏なやつと変な目で見られることはなかったとは思うが‥‥‥)

留学と部活引退

留学はお金がないからと諦めていたが、心の底で行きたい行きたいたと思っていた。

結局は行けることになるのだが、留学が決まってからは、大学終わりの塾のバイトの他に、朝のコンビニバイトを追加した。
留学までにどれだけお金が稼げるか、必死だった。

無事に留学も終わり、帰ってきた私は部活に復帰した。

が、留学に行っていたせいで、一学年下の子たちと練習しなければいけなくて、気を遣いすぎて疲れた。
家庭の事情もあって、早々と部活を引退した。
本当は最後まで続けたかったし、もっと気を遣わずに打ち解けようと努力すれば良かったのにと本当に後悔している。

最後に‥

私の大学時代は本当に後悔とコンプレックスにまみれていた。
自信なんてかけらもなかった。

しかし、部活みたいに最後までやりきらなかったら後悔することを学んだし、

著名人の講演のように、ここでしかできない体験や経験の大切さを知った。

今では両親が別居してることを打ち明けることなんて、どうとも思わないし、授業料の支払いもかつかつだったことを知られることも怖くない。
周りがそれでどう思おうが気にしない。

強くなったというより、私が悩んでいたことって、案外しょうもないことだったんだと知ったから。

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