吉岡睦雄が覗いた『シュシュシュの娘』〜第七章:44歳の地図〜
第7章「44歳の地図」
10月某日
撮影前日に再び深谷入り。
明日撮影するシーンは・・なかなか問題のシーンです。
僕がある人物と会話をするシーンなのですが、脚本上では「他愛もない会話。街のこと。家族のこと。」みたいな記述しかないのです。
そしてどう考えても僕が会話をリードする立場なのです。
入江さんからも、「何を話すか考えておいてくださいね」
と言われています。
いやいや・・
ずっと考えましたよ。
色々な案が浮かんでは消えていきました。
「撮影が始まれば何か思いつくに違いない」
と信じようとしました。
撮影は始まりましたが、なんにも思いつきません。
気がつけばもう明後日じゃん。
ヤバイヤバイと家でウロチョロしていると、昔友人から貰って押入れに入れたままにしていたある物を発見しました。
ピンときました。きちゃいました。
困った時の小道具頼み。
問題のシーンでこれを小道具に使う事に決めました。
いま脚本を見直すと、そのシーンのとこに唯一こんな書き込みがしてあります。
「プルミエール 最初の夢」
レーヴ・ド・プルミエールっていうのは撮影場所としてお借りしたお店の名前、フランス語で最初の夢という意味です。
脚本に書き込みをするか、しないか。色んなタイプの役者がいますよね。
自分のセリフには線を引く人、とにかく色々書き込んで脚本真っ黒な人、自分なりのカット割りを考えて絵コンテを書いている人。
僕はほとんど何も書き込みません。
ホントに大事で決して忘れてはいけない事だけ書き込みます。
睦雄よ。
何でこの大事なシーンのとこにわざわざお店の名前を書き込んだんだろうか?
話す内容について書き込むべきでしょう。
話す相手との関係性、感情、解釈…いっぱい書き込む事があるでしょう。
何でいきなりお店の名前なのよ。ここだけ。
他のシーンではこんな書き込みがしてありますよ。
ここもある人との真面目な会話シーンです。
どういうつもりなんでしょうね、睦雄は。
パンチ定食というのは、埼玉県ローカルチェーン「山田うどん」の名物モツ煮定食の事です。
もちろんこの映画とは無関係です。
劇中で誰もパンチ定食食べてませんよ。
ティアーモ(愛してる)とかバッチャミ(キスして)とかイタリア語が書かれていますが、もちろんこの映画はイタリアとは無関係です。
劇中で誰もイタリア語話してませんよ。
実は僕の役はイタリア人でした!とか、もちろんそんなネタバレないですよ。
恥ずかしながら間違いなくこれは僕の筆跡です。
一体何を考えていたんでしょうね?睦雄は。
当時44歳ですよ、睦雄は。
44歳が「パンチ定食」って書き込みするのNGだよ。
脚本の一番最初。
入江さんが前書きとして4つの覚書きを書いておりました。
①商業映画では作れない、いびつで過激な映画を作りたい。
など。
その横にこんな書き込み、もはや落書きと言った方がいいですね。
It's impossible to love and to be wise.
イッツ インポッシブル~。
恋は盲目、好きになったらおかしくなっちゃうぜ。
みたいな意味です。
「トゥルーロマンス」の惹句みたいだよね。
もちろんこの映画には不釣り合いな文だよ。
隣に書かれているのは笠原和夫さんのシナリオ骨法十箇条です。
とても有名な脚本術であります。
なぜだろう。
なぜここに知識をひけらかすかのように書き込んだんだろう?
自分が怖いよ。
睦雄よ…お前がインポッシブルだよ。
もう二度と脚本には書き込みとか落書きをしないことをここに誓います。
本題に戻りましょう。
何日かいない内に色んな変化が現場にも生まれたようです。
ヤングマンの動きにキレが出てきています。
高校時代に応援団にいたというトミーもやたらと馬鹿でかい声を出しています。
イナリョウも以前は生気の抜けた亡霊みたいでしたが、何やらハツラツとしています。
京都から参戦している演出部の田中さくらさん。
男子よりも元気に動き回っています。
カチンコを叩く音にもキレが出てきたようです。
(さくらさんとトミーは入江組参加後、自分が監督して自主映画を撮ったみたいです!すごいね)
制作部のヤングマンたちもすごい気遣いをしてくれます。
(今回の撮影中のご飯は美味しかったですねえ。
トウタさんのケータリングなんて打ち震えましたよ)
撮影後も公開に向けてコギトワークスにて色々動いてくれている中村優里さん。
いつも元気で笑顔な役者でもある佐藤京さん。
それを傍から見守るメガネオッサンの橋野純平さん。
ハッシーは色々な作品で活躍している役者で、今回も出演して面白い芝居をしております。
ん? 見慣れない顔があります。
ドカジャンにエプロン。
パーマにメガネにヒゲ。
怪しい奴の条件を全てカバーしているこの男。
ちょうどブツ撮り(ペンとかコップやらのアップを撮影したりする事)をしていたのですが、ブツの角度を変えたりしています。
小道具担当のヤングマン濱中春さんに優しく指示を出したりしている、この男。
この男、武富洸斗さん。
入江さんとはギャングースなどで組んでいる小道具さんです。
撮影が終わり、ちょうど入江さんと武富さんが打ち合わせしていたので、用意してきた小道具を持っていきました。
「おおっ、なかなか良いですねえ」
ということで無事採用になりました。
タケトミーとは宿も一緒だったので、その夜お酒を飲みながら色々お話ししました。
その落ち着いた風貌。
あまりの職人技に50歳くらいのベテランさんかと思っていたらまだ30歳!
今まで小道具の方とちゃんとお話したことなんてありませんでした。
ビックリしたのは、ちゃんと登場人物の背景やらを細かく考えていて、
「ここはこんな感じで芝居したいんだけど、どう思います?」
なんて質問しても、
「ああ良いですねえ。でもこんな感じもアリですよね?」
と僕がまるで考えて無かった案を返してくれたりします。
とにかく発想力も素晴らしく、僕が持ってきた小道具もタケトミーのアイデアで他のシーンでも使われる事になりました。
そして次の日。
レーヴ・ド・プルミエールでの撮影。
入江さんが言いました。
「ここはテストせずにいきなりカメラ回していきましょう。」
いいですねえ。
テストなし本番。
ワクワクします。
持ってきた小道具の事は相手役の方には伝えてありません。
本番でいきなり使うことにしました。
結局何回か本番をしましたが、用意した小道具もナイスな効果を発揮して素敵なシーンに仕上がりました。
その後のシーンでは大事件がありました。
福田さんと僕のシーンだったのですか、入江さんからOKが出た後でまたハイタッチしちゃいましたよ!
この間の「笑うホルモン まるこげや」に続いて二回目のハイタッチ。
前回は少しお酒の勢いもあったかもしれません。
今回は完全にシラフですよ。
この二回のハイタッチは撮影を通じての僕の宝物です。
まさか…福田さん忘れたりしてないよな…よくあるからなあ…ある人にとっての宝物が、他の人にとってはただのゴミであること…
今度聞いてみよう。
ハイタッチした後に撮影したのが、林の中で柄シャツの僕が笑ってるスチール写真です。
さすがはアンディ伊藤、ナイスタイミング。
この少し気持ち悪いインポッシブルな笑顔は、ハイタッチの余韻が残ってる笑顔なんですねえ。
そして撮影はいよいよ佳境へと進んでいくのです。
(最終章へつづく)