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倒され、のこぎりで切られた木

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【詩】
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#ポエム

【詩】9月になったら

九月になったら あなたは白い風船を買ってくるだろう できれば束ごと風船売りから買ってきてほしい それを仔犬の散歩のように連れてきてほしい ベンチで休むぼくの額の前で 指にからんだ糸をいっせいにほどいてくれないかな 風船は白い花びらのように青空へひろがり やがては昼の月に蕾のすがたで収斂する 風船を見ているあなたをぼくは見る あなたとぼくを新しい季節へ放り込むのは言葉 それはすなわち その瞳のガラス質を滑るいくつもの白い影 __________________________

【詩】幢幢白白

雪は炎 なぜなら炎は 千切れゆくいのち その無限 雪は心臓 なぜなら心臓は 今よりあふれる 柔らかな衝撃 雪は花 なぜなら花は 目的地をもたない 旅のとちゅう 雪は声 なぜなら声は いく重にもかさなった 一つの景色 雪は毛布 なぜなら毛布は 忘却されゆく時間 そのやさしい匂い 雪は肌 なぜなら肌は もどってくる時のために のこしておく温もり 雪はあなた 雪を見つめるあなたの中に あなたが積もる 雪は明日も降り積もるでしょう となりであなたを見ている ぼくがいても

【詩】インチキ ランチ

給食はきらい にんじん きらいじゃないよ ブロッコリーとも 仲良くやれる 牛乳飲めるし おさかな平気  でも 給食 キライ 真っ直ぐな線路が好き ぼくは生まれたときすでに  三十歳だったのだろう、ね 給食たべ終わるの すごくきらい 風船はじけたみたいに  クラスメイトが 遊び出す 遊ぶの きらい 自由時間 きらい 「好きなことしていいよ」 好きなことって何? ぼくには無いよ 給食たべている間 とてもきらい モノを噛んでいると 聴こえてくる あのヒトとあのヒトの ののしりあう

【詩】絶海の囚人

目醒めれば 絶海の囚人であった 樹々はなく 草もなく 屋根もない 荒れた岩肌だけの孤島に 置き去りにされていた 見上げれば 微動だにしない太陽 夜は来ず 月もなく星もない 空と海とが 青々とした口を開く 灼熱のいがみ合いに 延々と眼を焼いた 千万年と続く青と青との争いに 放り込まれる刑罰なのか 両手で顔を覆い 岩肌に縮こまっても 目裏に押し付けられるのは 真青なる焼鏝 聞き覚えのない声が 番号を発し それが僕のことのようだと 目を開けば 絶海を背にして 真っ白なキャンバ

【詩】方舟はもう戻らない

そよご 冬青 風よんで そよご 赤い実 そよ吹かれ いい気になって おどったら おっちょこちょいが ころんと落ちた 沖には 方舟 もう見えない ぼくが乗るはずだった 舟 水平線で くるんとめくれ 地球の裏側 星の国 そよご 冬でも 青い葉が 消えた 赤い実 風に訊く 見えなくなった あの舟で ぼくを探している人 いるのかな 方舟に乗れなかった者 すぐに死が来るのでしょうか 来ないとおもう人 手をあげて そよごの葉陰 ふて寝をするのは ぼくとおんなじ  乗せてもらえなかった

【詩】あしたの夜もここにきて

小さなけもの達は  こおりの夜  さがしものをする とうのむかしに やんでしまった曲 星をすかした枝々は 凍ての夜 うごきだそうとする なくした楽器に ふれていた指づかい こんなにも こんなにも あふれだす 憎しみは 透明で 純粋で 北風の夜は 解析度があざやか すれちがう人々は すれちがうこころ こんなにも こんなにも 透明に純粋に 夜をおおう 貴方はなにに つかれていますか なくしたんだっけ? あのプリズム ぼくのたからもの かざした指のあいだから 虹がうまれ き

【詩】鬣よりも 牙よりも

弱いから 連れて来られた 大人しいから 閉じ込められた 鬣を持たず 牙はなく ナイフのような爪もないから 貧弱な檻を 与えられた 強いから 銃で撃たれた 野蛮だから 遠ざけられた 鬣を靡かせ 牙を磨き お前らを切り裂ける爪があるから 朝日のように 尊ばれた ぼくを切り裂いた肉を どうするんだい? 四肢を切断され 腹を裂かれ 臓腑を引き摺り出される 一刻一刻 ぼくの瞳は あなたを視ている 檻に閉じ込めたおれを どうするんだい? あいつの檻より頑丈な檻に閉じ込めて 熱風に黄

【詩】ふたりは音楽

鶺鴒の高らかな歌声は 銀色 咲きそめし花水木の梢より さし出される光の指 居ずまいをただして 四番目の指へとおさまる その啼き声のカンタータは 銀色のまばゆい指輪 風にめくれるページの音は 草色 初夏の午前 書に耽るきみの栗色の目が 夢のつづきを追うように 空の果てへと移ろえば ページの鍵盤が奏でるのは 草色のグリッサンド 煉瓦路の落葉を駆けゆく音は 深紅色 出会うより以前の日々を 記した二冊のノートブック ひと日会う度ひと日を破り 彩雲の空へとふり撒くぼくら 夕陽の炎の

【詩】海に一色だけ残るとしたら

  Ⅰ おまえのことならよく知っている、あめふらし 海浜の浅瀬に生息し 時折はその海へ紫の雨をとりとめもなく 柔らかな筋肉の奥の一箇所に 祖先の貝殻を捨てきれずに宿し 泥塊さながらの姿で 岩砂の起伏を緩慢に越えゆく雨虎 あめふらしに生まれた不思議 シンデレラウミウシ/ガーベラウミウシ/シロウサギウミウシ 見目良くその名さえ麗しいウミウシに生まれなかった不思議 おのれの名さえ知らない不思議 宝玉のようなおまえの近縁者を羨むでもなく誹るでもなく 平然と海中を這い 必要とあらば煙

【詩】知っていることを書きつづけよう、知らないあなたのために

ぼくが知っているのは 風化の流砂にさそわれた一対の喉仏 ぼくが知っているのは なにも開けられない鍵の冷ややかな稜線 ぼくが知っているのは 明日ここを立ち去っていく あなたという肉体の重量 あなたのそのか黒き先端は 今はもう あなたではなくなった或る男 過去にしか存在しない所作が  生きたいあなたを末端から蝕む壊疽となる すでに不要となったその男を あなたは 襤褸となった肌着できつく縛り  切り落とせと  ぼくに命じる ぼくが怯えるのは 肉体上の痛苦と醜悪 腐肉 血みどろ

【詩】A song for two boys

わたしは泣いたことがない 呟く彼女 泣き虫だった少年は 泣き虫だったのに 自分のことを 言い当てられた気がした 確かに抽斗を開けると いちども火を着けたことのない ロウソクが一本あった その白さ 的に当たった矢羽根がゆれる (彼女のその後はまた別の物語) 濃い眉毛 短いまつ毛 きみを挿入している時に 左目尻へと触れてみる すきだな、この黶 への字に曲がった口が呟く 「キライなんだ、泣き黒子」 堅い毛髪を両の手のひらでつつみ ぼくはもっときみへと降りていく 「泣き虫だったから

【詩】ロールシャッハに梢は萌え

ロールシャッハに梢は萌え 空に序楽の羽ばたきを     ❅   ❅   ❅   ❅ 指させば かならず 示したかった的から 数センチ逸れてしまう 指の先 青春の特権さ 紺色の寝台車は 蔦の葉末のそよぐ 白い駅に 泊まるから ブレザーと ネクタイと ワイシャツは いい相性で 生れた街から そういえば 遠くへ離れたことのない 十六歳のからだには 一方通行の抜け道は あってもいい ワイヤレスイヤホンが フレデリック・マーキュリーの 扉を立て付けるのは 片方ずつ の、 彼と彼

【詩】時計と花

ほんとうの時計の針を 見たことがあるかい そう訊かれて女は 水面にうかぶ花びらのように 男の影を眼球の端から端へと ゆるやかに流した この男に厭きない為に いつのまにか自身にほどこしていた 装飾だった ほんとうの時計の針は 左回りに回っているのさ ぼくたちには決して 追いつけないスピードでね そいつらが走り去る時 落して行った物を拾うため 針の影は 右回りに回っている ———それで今夜の貴方は わたくしになにを下さるの——— ぼくたちは、だから一度だって ほんとうの

【詩】ぱりんの日

国道246号線 高架沿いのアスファルト 狭い郵便局と看板のはげたケーキ屋の間 ちいさな窪み 道の傷 アスファルト色の雨が溜まる 冬の朝、ついに氷になる この地区ではめずらしいけど 氷だよ。 急ぎ足のみなさん、氷ですね。 自分の靴の裏側を、とっくり見る人なんていないよね。 靴の裏っていうのは、むしゃくしゃさせる物の影を 踏むためにあるのだし。 氷かな? 氷ですか? キミ、氷? 男の子が立ち止まる 氷だと確かめたくて割ってみる  今年さいしょでさいごの氷 惜しげもなく、ぱり