遠方に思いを馳せて

めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな/紫式部

せっかく久しぶりに会えたと思ったのに、もう帰ってしまうのか。雲に隠れてしまった夜中の月のように。

めぐり逢ひて、と一息で始める部分や、「わかぬま」、「よわ」といった音の響きから、全体的にたおやかな一首。

紫式部は一時京を離れて暮らしたことがあったようで、都から会いに来てくれた友達(女性)が、あわただしく帰ってしまった様を詠んだときの歌だ。どこか寂しさが感じられるのはそのため。相手は男性ではないかという説もあるそうだが、同性間の友情と解釈したほうが、『源氏物語』の作者という稀代の作家の実生活リアルを垣間見るようで味わい深いと思うのだがどうだろう。

「遠方にいる」という感覚は、今とは比べられないほどのことだろう。その気になれば一日で北海道と沖縄に行って来られる今の感覚で、昔の歌を読んではいけない。

遠方を思うといえば、石川啄木のあの歌。

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく

これも簡単には帰れない時代だからこその、歌の痛みがある。

さだまさしの『案山子』とか、中島みゆきの『ホームにて』とか。遠方への思いが歌になったのは、昭和までであったか。今は新幹線も飛行機もあるし、メールもラインもあるものね。

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