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板挟みが好き!? 編集者の大事な「調整のお仕事」

本づくりはなかなかまっすぐには進みません。
なぜなら、たくさんの人が関わっているからです。
本づくりに関わるのは著者、編集者だけではありません。

こんにちは、高橋ピクトです。
池田書店という出版社で実用書を作っています。
  
本づくりには、デザイナー、イラストレーター、カメラマン、校正者など、たくさんの人が必要です。作る側だけではありません。出版社の営業や、書店など本を売る側も、本づくりに関わるといってよいでしょう。
 
なぜなら、今は本が売れない時代。
以前のように著者と編集者に任せておけば本が売れる時代ではありません。
今は、本の制作者と営業、書店、皆で知恵を出しあって、少しでも売れる本をつくるのが主流となっています。
 
ただ、そこで問題になるのが、編集者の板挟み問題。
この世の中に板挟みじゃない仕事なんてないですが、それにしても関わる人数が多く、その責任が一人の編集者に負わされる実用書の現場では、さまざまな人の意見をまとめる調整力が求められます。
 
本づくりに関わる人たちの“意見があわなくなる”とき、どうしたらいいのでしょうか。今日は私が遭遇した出来事を紹介しながら、「調整のお仕事」で勉強になったことをお伝えします。

タイトル決めで著者ともめた

以前担当した「勝ち馬がわかる 競馬の教科書」という本のタイトルを決めるときに、著者の鈴木和幸さんと私たち出版社の意見が合わなくなりました。

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そのときに出ていたタイトルの案は、以下のとおり。
「勝つ考え方がわかる 競馬バイブル」
「勝ち馬がわかる 馬券の事典」
「勝ち馬がわかる 競馬の教科書」
 

 池田書店の会議(営業部と編集部が集まって、企画をはじめタイトルやカバーを決める会議)では「勝ち馬がわかる 競馬の教科書」がよいということになりました。
 
ギャンブルの「競馬」と、「教科書」という言葉のギャップに惹かれるという理由で選ばれました。今は「~の教科書」というタイトルの実用書は多いですが、当時はそれほど多くありませんでした。
 
しかし、著者の鈴木和幸さんに電話で提案すると(鈴木さんはあまりメールをしない方なので)、「俺は、教科書なんて作りたくない。そのタイトルにするならこの企画はなかったことにしくれ」と言われました。

これは大変。板挟み発生です。

著者は「競馬の教科書」に反対しているけど、 会社も簡単には譲りません。
私は編集長についてきてもらい、鈴木さんと3人で、対面で打ち合わせをすることにしました。編集長は鈴木さんの以前の本を担当していて、気心も知れているからです。
 
打ち合わせでは、編集長が鈴木さんを説得すると思っていました。
しかし、編集長からのタイトルの話は冒頭で少しだけ。ほとんどの時間は鈴木さんがいかに教科書というタイトルが気に入らないかを聞くことでした。
 
「自分がやってきたことは、教科書とは逆の事だ」
それが鈴木さんの主張でした。
 
しかし、「競馬の教科書」でまとめていたのは、鈴木さんの正攻法の予想方法。「競馬新聞を読み解く、レースを復習する、パドックに足を運ぶ」という基本に忠実な予想を解説しています。だからこそ、この本には教科書というタイトルは適していると感じていました。
 
さらに話を聞いていくと、鈴木さんは長年培ってきた技術や知識を「教科書」というありきたりの言葉に置き換えられるのが嫌だということがわかりました。
 
そこで、鈴木さんから提案があったのは、
俺の過去のG1に関する予想コラムを入れてほしい。競馬が教科書どおりにはいかないことがわかるから」ということでした。「それを飲んでくれたら、競馬の教科書というタイトルを認める」と。
 
入稿まで1カ月を切ったところで、64ページの増ページ。
これはスケジュール的にも、予算的にも可能なのか、すぐには判断できませんでしたが、タイトルに了承が得られるならと調整に走りました。
 
結果、1ヵ月の遅れはありましたが、2010年の10月(秋のGIシーズンぎりぎり)に「競馬の教科書」は刊行されました。鈴木さんのGIコラムを掲載した形で。

学んだのは「説得しない」ということ。

この出来事で学んだのは、物事の調整には、相手に会って、話を聞くことだということでした。とても単純なことですが、なかなか人に会うことができなくなった今、人と面と向かってゆっくりとした時間をもつことの大切さを感じます。zoomじゃこれができない……。皆さん、どうしていますか?

相手の考えを聞き、本当に考えが合わないのか、歩み寄れるところがないのかをまずは確認すること。そして、少しでも考えがあっていたり、お互いに理解し合えるところがあるなら、そこから話を広げていくのが大事だと感じました。
 
編集者の仕事は、人に話を聞き、その考えを自分なりにかみ砕いて、誰かに伝えることです。冒頭に伝えたように、関わる人が多いために、ときに板挟みにあうこともあります。以前は、つらいと思う時もありましたが、今では仕事と割り切ることができますし、そこで得られることの貴重さを知ってからは、とても幸運な仕事だと感じています。
 
いろんな人のこだわりを聞くことができるのは、誰にでもできる仕事ではありません。そのこだわりから漏れ出てくる、人の生き方を感じるのが私にとってのやりがいです。
 
編集の仕事は本当に難しくて、この仕事を続けていいのかと今でも思います。でも、この板挟みでやりがいを感じるときには、これが天職かもと思います。
 
「競馬の教科書」は2010年に刊行されてから、競馬愛好家から競馬業界のプロまで多くの方から愛読され、2021年には改訂版を合わせて10万部を突破しました。鈴木さんの丁寧に解説してくれた「正攻法の予想」と、土壇場で追加された「ままならない現実」が多くの共感を呼んだ成果だと思っています。
 
 #天職だと感じた瞬間 #編集者

文 高橋ピクト
生活実用書の編集者。『新しい腸の教科書』『コリと痛みの地図帳』などの健康書を中心に担当。『競馬の教科書』『新しいキャンプの教科書』など、遊びの本を真剣につくるのが本当に楽しい。「生活は冒険」がモットーで、楽しく生活することが趣味。ペンネームは街中のピクトグラムが好きなので。鈴木さんとは歳がかなり離れているので、今でもひよっこ扱いです。でも、とてもよくしてもらっています。

Twitter @rytk84

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